後日談〜みぶろう
閲覧、ブックマーク、いいね、評価ありがとうございます。
完結後、この小説だけではなくこれまで書いた小説まで読んで頂いたみたいで、本当に感謝です。
嬉しさの余りに侑士視点の後日談を書いちゃいました。
よろしければお付き合い下さい。
2023.10.01 誤字修正
社会人四年目のゴールデンウィーク後半。
『みぶろう』の五人が揃うのは、友久と由恵の結婚式以来になる。
あの時は主役の二人とゆっくり話せなかったから、本当に楽しみだ。
東京から来る水奈都と途中の駅で待ち合わせてまずは友久と由恵の家へと向かう。
新築の家は三階建てで家の前には車二台分の駐車スペースが確保されている。
一台は軽自動車で、水奈都曰く由恵の車らしい。
もう一台は七人乗りのSUVだった。
二列目にチャイルドシートが乗せられている。
友久のところの子供は女の子で、一歳半の詩花ちゃんだと紹介された。
二人目も今月中旬を予定していて、もういつ産まれてもおかしくない状態だそうだ。
泊まりの荷物だけ家に置かせてもらったら、そのまま由恵の実家へ行くと言われて車に乗り込んだ。
同い年の夫婦がもうすぐ二児の親になるということが感慨深い。
克己もグループチャットで『入籍した』という報告があったので、お祝い事が続いている。
正直な事を言えば、克己は結婚には興味がなさそうだと思っていたから、突然の報告に随分と驚いた。
俺と水奈都は、キャリアを積むことが優先になっていて、結婚はまだまだ遠そうだ。
特に水奈都は今年に入ってからようやく夢だったショーウィンドウディスプレイのチームにアサインされた。
学生時代からずっと希望していた事を知っているだけに応援したいと思っている。
地元で父の会社を継ぐ事に決めている俺としては、結婚する時には水奈都に仕事を辞めて地元に来てもらうしかなく、心残りにならないように今は専念して欲しい。
俺も水奈都も今年で二十六歳になるがまだ独身でも珍しくない年齢だ。
とはいえ、跡継ぎを望む親の圧が増しているのが、辛いところではある。
そろそろ丸三年付き合っているにも関わらず、結婚の『け』の字も出ないことに親が焦れているのはわかっている。
もの言いたげな父の視線と母の小言を思い出して、小さく溜め息を溢した。
車は然程時間をかけることなくサテライトへと着いた。
むき出しの土のままの裏庭を駐車場代わりにしていて、軽自動車二台分程のスペースなので、七人乗りのSUVにはかなり狭い。
タイヤ半個分道路にはみ出る形でなんとか停められた。
由恵が大きなお腹で詩花ちゃんをチャイルドシートから地面に降ろすと、すぐに抱き上げてもらおうと両手を上げてアピールしている。
「お家に入るだけだから頑張って歩いて」
由恵は大きく張り出したお腹を擦りながら詩花ちゃんを宥めた。
「おばちゃんの抱っこでいい?」
あまりにも詩花ちゃんがごねるので見かねた水奈都が声を掛けて詩花ちゃんを抱きあげる。
幸いにも人見知りはなく、小さな手でギュッと水奈都に捕まっている。
「オ…バ、たん」
「違う違う水奈都お姉ちゃん」
水奈都を真似ておばちゃんと呼んだ詩花ちゃんに、由恵がすかさず訂正する。
「ミナチュ……ミニャ……ミナたん!」
「ははは。水奈ちゃんか。いいなそれ」
舌っ足らずでちゃんと言えなかった詩花ちゃんは、途中を大胆に省略する事にしたらしい。
水奈都が声を出して笑ったからか、詩花ちゃんも得意気に笑っている。
笑顔の二人の姿に、俺の顔もつられて緩んだ。
由恵を先頭に詩花ちゃんを抱いた水奈都が続いて、俺もその後に続こうとすると友久に肩を引いて止められた。
「大丈夫か?」
「何が?」
友久の脈絡の無い質問につい聞き返してしまう。
「……溜め息吐いていたから」
由恵がチャイルドシートの隣に座ったから俺が助手席だったのだが、小さな溜め息だったにも関わらず隣に居た友久には届いてしまったらしい。
相変わらず目敏くて優しい奴だな、と思ったら自然と「ふっ」と口から笑いを漏らしてしまった。
「ああ、まさか克己に結婚先越されると思って無くてさ」
「はははっ。オレもまだ克己が義兄になった実感は無いな」
「……義兄?」
「あれ?聞いてなかったか?克己の結婚相手、由恵の姉だ」
色々と頭の中を駆け巡るが言葉にならない。
まさに絶句とはこういう状態を指すのだろう。
そもそも元カノと親友が結婚した時点で変わらず仲良くしているのも考えられないが、その上元カノの姉と入籍してしまうなんて鋼の心臓だな。
「まさか出来婚……」
「どうだろう?それは考えなかったな」
「そうか……」
挙げ句に頭の中に巡った言葉をそのまま口に出してしまい、なんともばつが悪い。
俺はその場の空気を誤魔化すように水奈都の後を追った。
由恵の実家は、二階建てで外にある階段を昇れば居住区の玄関らしいが、今日は人数が多いので閉店後の店内で晩御飯にするのだと、裏口に案内された。
裏口を開けると右側に靴箱、その先の一段高い位置に一畳ほどの板間があり棚が置かれていて、その奥に二階へと続く少し急な階段がある。
反対の左側には扉の無い入口で、換気扇の回る音や美味しそうな匂いが漂ってくるから厨房へと続くのだろう。
ちらりと覗くとやはり厨房で、由恵の母親が調理をしている。
そのまま前進して浅葱色の暖簾を潜ると店内になる。
テーブル席を二つ繋いで用意された席は、左右に四席ずつ八席ありその内の一席が幼児用の足の長い椅子になっていた。
壁際の席に友久、詩花ちゃん、由恵が座る。
向かい側、友久の正面が空席で詩花ちゃんの前に克己、水奈都、俺と続いた。
ちなみに克己が詩花ちゃんの向かいなのは、詩花ちゃんのご指名だ。
産まれた瞬間から妙に懐いているらしい。
由恵は近藤家はみんなメンクイで、全員克己の顔に弱いのだと自嘲していた。
「カァたん」
「しーちゃん、それ母さんに聞こえるから、おじちゃんって呼んで」
「私がお姉ちゃんなら克己はお兄ちゃんじゃ無いの?」
「実際、伯父だからいいのよ」
「えっ?」
結局『お姉ちゃん』でも無く『ミナたん』で定着していたが、水奈都は同い年の克己が『おじちゃん』なのが気になったのだろう。
由恵の返答に初耳だった水奈都は理解が追い付かず固まっている。
俺と同じ反応をしているのでやっぱりそうなるよな、と思いつつ先程友久から聞いたばかりの話を伝える。
「克己の相手、由恵のお姉さんだって」
一瞬、水奈都の瞳が揺れて、でもすぐに笑顔を作って、彼女は克己を振り返った。
「沙恵さんとだったなんてそれも一緒に伝えてくれたら良かったのに。職場の人とか私達の知らない人が相手だからだと勝手に思い込んでいたよ。ちゃんと聞けば良かったな」
少し早口になって言葉数が増えている水奈都は、考え過ぎている時だ。
きっと『また自分だけが知らなかった』と思ったのかもしれない。
「俺もついさっき友久に聞いて驚いた」
水奈都の肩をポンポンと軽くたたいて、俺も初耳だったと伝えた。
俺の意図はちゃんと届いたようで、水奈都の肩からストンと力が抜けたのが見えた。
「今日、沙恵さんは?」
幾分か落ち着いたトーンで水奈都が克己にそう質問した。
「仕事。アパートに寄ってから来ると思うよ」
「アパート?まだ引き払ってないの?」
「ゴールデンウイーク終わってからじゃないとまとまった休み取れないんだって」
克己の返答に反応したのは由恵だ。
沙恵さんは動物園に勤めているので、世間がお休みの土日祝はなかなか休めないそうだ。
「もう引っ越したと思ってた」
「五月中に終わらせるって言ってた」
大学時代の時と比べて、由恵は随分と自然体で話すようになった。
ふいに裏口が開く音がする。
「ただいま」
沙恵さんの声に「おかえりなさい」の大合唱だ。
ちょうど智恵さんの料理も作り終わったらしくカウンターに並べたものを、克己がカウンターから更にテーブル席へ運んでくる。
特に言葉を交わしたわけでもないのに阿吽の呼吸だった。
沙恵さんはヘルメットや鍵を階段下の棚に置くとこちらに合流した。
「何の話をしていたの?」
「お姉ちゃんも克己もこっちから聞かなきゃ何も教えてくれないって話」
そんな話だったか?と思ったが、大まかに纏めれば確かにそうなるかもしれない。
でも、それに関しては学生時代に克己と付き合っている事を懸命に隠していた由恵も人の事は言えないだろう。
まぁ由恵の場合は、隠しきれていなかったが。
「そんな事も無いけど?」
「あるよ」
帰ってくるなり由恵に絡まれ沙恵さんは困った顔をした。
そこに料理を運び終えた克己と智恵さんが合流する。
克己の隣に沙恵さんが、由恵の隣に智恵さんが座った。
それから詩花ちゃんの「いたぁきましゅ」にみんな揃って後に続いた。
「沙恵さんと克己の馴れ初めが知りたいです」
「馴れ初め、ね……」
おもむろに水奈都がそんな質問をして、沙恵さんは深く考え込んでしまった。
「あら?多美子ちゃんの二次会じゃないの?」
黙ってしまった沙恵さんに智恵さんが首を傾げる。
「多美子ちゃんが新婚旅行のお土産をうちに持ってきた時に克己の話を聞いたわ」
「克己の?」
「沙恵が新郎のお友達に絡まれていた時に、ちょうど克己が迎えに来て助けたって」
智恵さんの暴露話に、克己以外の卒制メンバーはそんな事があったんだと驚き、沙恵さんは顔を赤くした。
「初耳!そもそも何で克己は迎えに行ったの?」
沙恵さんが黙ったままだったので、由恵がターゲットを克己に切り替えて質問する。
克己は何か言いかけたが、沙恵さんが縋るように克己の腕に手を置くとその手に空いた手を重ねにっこりと微笑んだ。
「呼ばれた気がしたから」
「それって実際呼ばれたわけじゃなくて?」
「うん」
「何その野生の勘みたいなヤツ」
「そうかも」
一拍おいて話し始めた克己の言葉は少しふわふわしていて掴みどころが無かった。
「聞いて!この二人付き合っていないって言ってた二日後に入籍したんだよ」
「二日後……!」
それが二週間程前の話だそうだ。
由恵の暴露に俺は思わず声を上げていた。
入籍と同時に克己はこの家で暮らしているし、沙恵さんも近々引っ越してくる予定だそうだ。
ということは、今は姑と二人暮らしということだ。
「沙恵さんと一緒に引っ越しでも良かったんじゃないか?」
疑問がそのまま言葉になった。
嫁の居ない嫁の実家に住むなんて緊張しないのだろうか。
「でも、僕サテライトで働いているし、通勤なくて楽だよ?」
「ん?玩具メーカーだったよな?」
「辞めた。今はサテライトのお手伝いと、あとフリーランスでデザインの仕事してる」
三月いっぱいで退職したという。
今日は克己に驚かされてばかりだが、よくよく考えてみれば学生時代から突拍子もない言動は珍しくもないかもしれない。
「ねぇ侑士、この前話していたパッケージデザイン。克己に依頼してみたら?」
「そうか!フリーランスって言っていたな」
うちの会社はいわゆる総合商社になるため、三年前までは自社開発商品は本格的に作ってはいなかった。
出来上がった商品には自信があるのだが、どうも見た目のインパクトに欠けるようで手にして貰える機会が少ない。
それでパッケージ変更の話が出たのだ。
俺が芸大を卒業するタイミングでその部署が出来たのだが、俺もデザインが専門という訳では無いし、社内でデザイナーも育てていなかったため外注しようと考えていたのだ。
広告代理店に勤める水奈都には、デザイナーに心当たりが無いか相談していた。
「克己、ポートフォリオとかあるか?適当に実績見せてくれてものいいけど」
「仕事のマッチングサイトに登録しているやつでいい?」
「ああ」
仕事をお願いする前にまずは克己のデザインスキルを確認したい。
克己も俺と同じ造形出身なのでどんなデザインをするのか知らないのだ。
「ご飯が終わってからね」
そのままカウンターの片隅に置いてあるパソコンを起動しようと立ち上がりかけた克己と俺に、智恵さんが釘を差した。
「おわってからね〜」
智恵さんの真似をした詩花ちゃんにも釘を差され、大人しく座り直す。
ポートフォリオはお預けになったが、サラリーマン時代の克己は販促をしていてPOPのデザイン経験があるという話が聞けた。
それから話題は、他の人の近況に移った。
沙恵さんは根っからの動物好きのようで、まだまだ飼育員の仕事を続けるそうだ。
会う前は出来婚を疑ってしまったがこの様子だとそれは無いだろう。
由恵の二人目は予定日が今月末でもういつ産まれてもおかしくない状態だそうだ。
二人目も女の子らしく、友久が名前に悩んでいた。
「それで二人の予定はいつ頃?」
「今のところ予定は無いな」
由恵の質問に水奈都が淡々と答える。
そんなに淡白な反応をされると少し寂しい。
「水奈都次第だな」
つい意地悪な言い方をしてしまっていた。
二十六歳で独身なんてまだ全然普通だとか、水奈都の仕事を応援したいだとか思っていた筈なのに、俺は自分の本音を自覚した。
この話題はそれで終わったけれど、俺の言葉に水奈都は申し訳無さそうな表情を浮かべていた。
食事の後は克己のポートフォリオを見せてもらった。
克己の性格からはっちゃけたデザインかと思っていたが、そんなことは無くてファンシーなものからメカニックなものまで自在だった。
「お前なんでコンピューターグラフィック系の学科に行かなかったんだ?」
「ん?学校って知らないことを学ぶところだよね」
思い返してみれば、彼は遅刻は度々していても、課題提出を怠った事は無かった。
克己が卒制で次々と意見していたのも、ちゃんと課題に向き合っていたからだろう。
「……そうだな」
確かに俺も人体工学を学ぶ為に芸大に入った。
結局仕事と二足の草鞋で、学ぶというよりは捌くのに必死になってしまって忘れてはいたが……。
克己は思考回路も能力も外見も凡人の俺とは全然違ってインパクトのある言動が記憶に残りがちだけど、本質は真面目なんだと気付いた。
うちの会社からここまでは片道一時間半から二時間くらいかかる。
来れない距離でも無いし中間地点で待ち合わせてもいいが、わざわざ顔を合わせて打ち合わせする必要も無い。
克己に電話とメールでやり取りすることに合意を貰い、詳細はゴールデンウィーク明けに改めて連絡すると約束をした。
夜もだいぶ深まってきて、詩花ちゃんはすっかり眠ってしまった。
今日は友久と由恵の家に泊まらせてもらう予定だ。
克己と沙恵さんと智恵さんにお暇の挨拶をして俺達は友久が運転する車に乗せてもらった。
翌朝、俺と水奈都はそれぞれの実家に帰る予定だ。
ホームのベンチで並んで座って電車を待っていると水奈都がポツリと呟いた。
「来年引っ越そうかな……」
「唐突だな。何かあった?」
「今の仕事クリスマスで終わりだから」
「でも、他の仕事も好きだろう?」
駅構内の広告や雑誌のサイト作成、新商品のキャッチコピーの作成、これまで水奈都が手掛けてきた仕事は、いつも沢山悩んでちゃんと成果を出してきた事は知っている。
「うん、好き。でも、来年、侑士の地元に引っ越したいと思ったんだ」
ちなみに水奈都の会社の支社はうちの近くには無い。
だからこれは仕事を辞めるって話で……。
水奈都は躊躇いながらこっちを見ると頬を赤らめた。
「転職先を探すのが大変だけどちゃんと見付けるから、住むところ探すの少し手伝ってもらっていい?」
思わせぶりに頬を染めて永久就職の話かと思ったら別居する気満々じゃないか。
「なんで?」
「あっ。やっぱいい。一人で大丈夫。侑士が忙しいの分かっていたのに手伝って欲しいなんて我儘だったな」
俺の発した疑問に水奈都は前言撤回をした。
彼女は相変わらずすぐに一人で抱え込もうとしてしまう。
でも、最初に「手伝って欲しい」と言えただけでも成長したのかもしれない。
「むしろもっと我儘言って欲しいんだけど」
俺は手を伸ばして水奈都の手を握った。
「なんで、一人暮らし前提なんだ?」
「……侑士。周り人が見てるから手は離して」
「水奈都が質問に答えたら」
「それは、侑士が笑ったからだ。……しーちゃん抱っこした時、そんな笑い方もするんだって……その、なんていうか、遠距離に耐えられなくなったっていうか、もっと会える時間が増えて侑士の事知れるといいなと思って」
―――参った。
一人暮らしの理由にはなっていないけど、俺からすれば手を繋ぐよりも恥ずかしい事を素で言ってくるから困る。
「理由言ったから手を離して」
それで手を離したら離したで少し寂しそうな顔をするんだ。
むず痒くて押し倒しそうになったが、勿論公共の場でそんなこと出来る筈もなく、物凄く自制心を試されてしまった。
丁度ホームに、間もなく電車が来るというアナウンスが流れてきて気が逸れなければ、危なかったかもしれない。
来年の今頃は二人で同じ場所へ帰る為にも、今年を無駄にはしない。
到着した電車に乗り込みながら、俺は密かにそう決意を固めた。