脱獄者と女王
ムンブラの朝は警報のブザーで始まるのが日課になっていた。
「理事長大変です! 昨日入った五人の囚人の内二人が監視官のすきをついて館内を脱走し、門番数人に重傷を負わせ外に逃亡したもようです。今数人体制で捜索に向かっております」
「ダボスはどうしたんだ?」
「はっ、ダボス殿は昨日から休暇を取って里帰りしております。本日は代わりの者が見張りをしておりました」
「そうだったな…わかった俺も捜索に向かう。昨日入った奴らの顔ぶれではお前達では追いかけても捕まえるのに時間がかかるかもしれないからな。ここの鎮圧はお前達に任せる。手に負えないようなら、女子塔からビーデ殿とメルデ殿に連絡して手伝ってもらえ」
「はい!」
監視官の一人はセジードに頭を下げると慌てて理事長室を飛び出して行った。セジードは理事長室の壁に掛けていた自分の剣を手に取ると腰に付け、マントをかけて一瞬窓の外に見える山を眺めながら、昨夜のビーデの言葉を思いだしていた。
「そろそろ本当の名でか…今更何になるってんだ」
セジードはそうつぶやくと、それを振り払うかのように頭を横に振り、急いで部屋をでて馬屋に向かった。セジードは門をでると真っ直ぐにイリニアの方角に馬を走らせた。セジードは馬を走らせながら再び昨日のビーデの事を考えていた。
(ムンブラの今の状況では休暇を取るなど論外だな。今の総責任者では頼りにならないし、代理人を捜すだけでも難しいだろうしな、まったくランシェルドの奴め、フィスノダ地区の元監獄に罪の軽いものばかり収容して、こっちには若い凶悪な奴らばかり送り込んできやがる)
セジードはそう独り事を呟きながら前方に微かにみえてきた修繕が済んで蘇ったキューラ城を睨みながら独り事を呟いた。それからセジードは馬を走らせ続け、ちょうど二リアを通り過ぎ、十年前の火事で唯一燃え残ったシアフィスの森のある方角に馬を走らせた。囚人達の逃げたがる方角はいつも同じだったからだ。最近のムンブラに送り込まれて脱走を企てる囚人達はみな山には逃げ込まず、門を突破し迷宮と異名の残るシアフィスの森に逃げ込んでフィスノダ地区のペルトウ平原に逃げ込んだ方が逃げ切れると思い込んでいるようだった。
いつもはダボスが門を守っている為、脱獄は失敗に終っているのだが、今回は囚人達にツキがあったようだ。セジードはそんなことを考えていると、前方に馬に乗った女性らしき姿とそれを遮るように取り囲んでいる二人組が見えてきた。どうやら逃げた囚人達のようだ。だが、彼らはどうやら、その馬に乗った女性から馬や金品を奪うつもりらしくその女性と一戦交えているようだった。どうやら、囚人達は剣も奪って逃げているようだった。
「いったい誰が相手をしているんだ? 確か報告書では逃げた奴らはかなりの剣使い手だったようだが、そいつらを足止めしているとは・・・」
セジードはまだ距離があるせいではっきりとは見えていない前方の様子を目で追いかけながら馬をよりいっそう急がせた。ようやく土煙が舞い上げリ、剣のぶつかる音が響く音が大きく聞こえてくる距離まで近づいてくると、馬に跨りながら剣を振りかざし、囚人二人を相手に剣を軽々しく振り回しながら、囚人達の相手をしているのはどうやら顔まではわからなかったがすらりとした体格の女性のようだった。白馬に跨りダークブラウンの色の乗馬服を着て長い金髪をなびかせているその姿はまるで女神のようだった。
セジードが腰の剣を抜き、急いでその中にわってはいろうと近づいたその時、突然、その女性が笑いながら叫んだ。
「あなた達、いい加減に観念しなさい。この私に剣を向けてきたのが運のツキよ、その服はムンブラの子達ね。そろそろ観念してムンブラに戻った方がいいわよ。今なら何も斬らずにいてあげるわよ!」
セジードはその声には聞き覚えがあった。あまりの驚きでそばまで近づき暫く呆然としてしまった。その時、また高い透き通った声が辺りに響いた。
「ジイール! 何ぼーっとしているの! この子達はあなたのところの子達でしょ。押さえ込むのを手伝いなさいよ!」
その女性は器用に馬を操り二人の男達の剣を巧みに交わしながらセジードに向かって叫んだ。その声を聞いて一斉に後ろを振り向いた二人の囚人達は青ざめたようにあわてて女性の横を通り抜けようとした。その瞬間一人は女性に剣を払われ、後の一人は一瞬早く、セジードに追いつかれ、簡単に剣を抑え込まれた。二人はあっという間にセジードによってその場に縛られて捉えられてしまった。彼らは逃げられないように両手両足を縄で縛られ、その場にまとめて縄で縛り上げられてしまった。
「まったく、私を誰だと思っているの? この私から金品を奪おうなんていい度胸してるわねあなた達!」
「脅すのはその辺にしといてやってくれないか。普通お供もつけないでそんな格好で一人で馬に乗っていたら誰も女王様なんて思わないぜ」
「あなた達、この国で生きて生きたいのならこの国の女王の顔ぐらいきちんと覚えておきなさいよ!」
マルーシャはその場に縛り上げられ地面に座り込んでいる囚人達の前に馬をつけ、囚人達を見下ろしながら怒鳴りつけた。囚人達はビックリして失神寸前のように青ざめてしまっていた。セジードは笑いながら囚人達に向かって話しかけた。
「お前達に選択史を二つ与えてやろう。女王陛下襲撃罪で今すぐ城に連行されて特別牢に収監されて死罪になる方がいいか、俺と共にムンブラに戻って二度と脱獄しないと誓うか、さあどっちにする?」
囚人達はすぐに声をそろえてムンブラに戻ることを選択した。それを聞いてセルジドはさらに声を上げて笑い出した。それを聞いたマルーシャは今度はセジードに向かって話しかけた。
「まったく、脱獄者を出すなんてムンブラの看守はどうなっているの? アンル先生にこのことが知れたら大目玉よ」
「ランシェルドに伝えといてくれ、やっかいな囚人共ばかりよこすんなら、もっと腕の立つ看守をよこせってな。それにしても、この国の女王はお供もつけないで一人で遠出するのか? 女王の身に何かあったらどうするんだ。自覚がたりないんじゃないのか」
セジードはお供らしい騎士の姿を捜すそぶりをしながら、いつものことだろうとそれほど驚いた様子をみせないで聞き返した。
「まったくランドと同じことを言わないでよね。城を出る時はついてきていたわよ。そろそろ追いつくんじゃないかしら? でも最近じゃあランドも暇さえあればいつもアーノルの相手ばかりして私が一人で遠出しょうがあまり気にならないみたいなのよね」
「なんだ、自分の子供にやきもちやいているのか? それですねて城出か?」
「失礼ね。そんなんじゃないわよ。視察から戻ったらちょうどあなた宛の呼び出し状をもった伝達係にでくわしたから私が代わりに届けにきてあげたんじゃない。あなた、ランドからの呼び出し状いつも無視しているんでしょ」
マルーシャは長い髪をかき分けながら自分の服のポケットから一通の封筒を取り出してセジードに手渡した。
「緊急の要件があるなら、そっちから出向いてくればいいことだ、こっちはこいつらのおもりで忙しいんでね。さあお前ら戻るぞ!」
セジードはその封筒を受け取るとそっけなく言い返し、囚人達を立たせ足の縄だけをはずし、囚人達を縛った縄の先を片手で持ち、自分は乗ってきた馬に跨り来た道を引き返し始めた。
「ジイール! 大変なのはわかるけど、今回は顔をだしなさいよ」
マルーシャの言葉にセジードは返事の変わりに大きく右手をあげて手を振り返し囚人達を引き連れて元来た道を引き返して行った。