会議①
最後の来城予定者であるアンルフィアとランナフィア、それにカルタスの長老グラシャス・アデが城に到着したのは夕刻を過ぎた時間だった。ちょうど会議が始まると聞くと疲れも見せず、三人共会議に出席するといい、予定通り極秘会議が夕刻行われることとなった。
久しぶりに集結したラールノダ王家の面々、この会議はあくまでも表向きはラールノダ王国の更なる発展の提案と現状報告会という名目が掲げられていた。一堂が席に付きバルジ王国の王女アルテ二アス王女とカルタスの長老のために自己紹介を済ませたところでマルーシャが立ち上がり出席している面々をゆっくり眺めながら話し始めた。
「自己紹介が済んだところで、今回の議題の鍵を握る三人を紹介するわ。あなた達、入ってきなさい」
マルーシャは閉じられている扉に視線を向けながら言った。すると扉が少し開いて正装した三人の子供が姿を現した。マルーシャは席から歩き出し、扉の前で硬直している三人に歩み寄り三人の後ろにまわり込み腕をまわして紹介し始めた。
「アルテ二アス王女様は初めてでしたわよね。紹介しますわ。右から私の息子のアーノルド・ラールノダ、そして娘のレニシィア・ラールノダ、そしてセルダス・ラールノダですわ」
マルーシャがそう紹介した瞬間、三人は同時に驚きの表情をマルーシャに向けた。特にセルダスは突然のマルーシャの言葉に今にも顔面が蒼白になりアルーシャの顔を見上げていた。最初に声をだしたのはレニアだった。
「お母様、セルダスの名前はセルダス・アズべリオですわよ。ノア―ヌおば様はセルダスの育ての親ですけれど、養子縁組はしていないはずだわ。セルダスの本当のお母様は既に死んでいて、お父様はジイール・アズベリオ、あの方ですわよね」
「ふふっレニア、セルダスのことになるとやけに詳しいわね。そうね、セルダス、今日からあなたもラールノダの姓を名乗りなさい。理由はそうね。後でわかるわ。それからレニア、あなたもこの会議への出席は許したけれど、発言権は許可した覚えはないわよ、おとなしく聞いていられないならでていってもらいますからね」
真っ赤になってマルーシャに食ってかかろうとしている娘にマルーシャはしゃがみこみレニアの頬に軽くキスをしてから小声で何かを囁いた。レニアは不服そうだが、軽く頷いた。
そして驚きの表情をしているセルダスに視線を向けた。
マルーシャが再びセルダスに視線を向けた瞬間セルダスはいつもの無表情に戻って視線をそらした。そんなセルダスにマルーシャはそっと近づき、ギュッと自分の胸に抱き寄せ、セルダスにだけ聞こえるような小さな声でセルダスの耳に話しかけた。
「アーノルから伝言は聞いたでしょ、今夜、あなたが知りたかった全ての真実を教えてあげるわ。あなたの知りたがっている真実の思いをね。あなたが見た過去の世界は人の心の中までは読み取れなかったでしょ。ここにいる人達はあなたを命がけで守ってくれる人達よ、あなたは一人じゃないのよセルダス、あなたの思いをぶつけてごらんなさい。そして気がすんだら、あなたしか知らない真実をここにいるみんなにも教えてあげてくれないかしら?」
マルーシャはそう言うとセルダスから体を離しセルダスの驚いている顔を見ながらウインクしてみせた。セルダスは何か言いたげだったが、何も言わず下を向いてしまった。そんなセルダスにマルーシャはそれ以上何も言わず、突然セルダスの手を掴むと、無言のままセルダスをジイールの座っている席の隣まで引っ張って行った。
「さあ、あなたの席はここよ」
マルーシャの言葉にセルダスは一瞬顔を上げ緊張した表情と不安な表情を見せたが、また直ぐに視線をそらし無言のままその席に着いた。ジイールもまた窓の外をじっと眺めたまま視線をセルダスに向けようとはしなかった。そんな二人をマルーシャはため息混じりに交互に眺めたが何も言わずその場を離れようとした時、レニアがすかさず駆け出し、セルダスの隣の空いている席に座ろうとした。そんなレニアの前にマルーシャが立ちはだかり言った。
「あなたは私の隣よ、アーノルはランドの隣」
マルーシャはそう言うと、入り口でまだ立ったままのアーノルに向かって言いながら嫌がるレニアの腕を掴んで自分の席まで戻った。マルーシャの隣で露骨にふくれている娘を気にする様子も見せず、出席している顔ぶれを一通り見渡してから立ち上がり、話し出した。
「みんな、忙しい中わざわざ集まっていただきありがとう。まず最初に、アルテニアス様。この度はお忙しい中、我がラールノダ王国の為にはるばるきていただきありがとうございます」
マルーシャが窓際の離れた場所に一つだけ豪華な椅子に腰掛けていたアルテニアス王女を紹介するとアルテニアスは立ち上がり会釈して挨拶した。
「マル―シャス女王陛下、突然の訪問にもかかわらず、暖かいおもてなし感謝いたします。本来ならば他国の人間であるわたくしなどこの会議には出席できるはずがないのは承知いたしておりますが、今回女王陛下にご無理を言って見学させていただくことになりました。わたくしのことはどうかおかまいなく会議をお進めくださいませ。わたくしの命に誓いましてこの会議で聞いたことは他言しないと誓いますわ」
アルテニアス王女はマルーシャに一礼してから出席者全員を見渡してからもう一度頭を下げ腰を下ろした。それを見届けてからマルーシャが再び話し始めた。
「みんなも、いろいろ意見はあると思うけれど、今回、アルテニアス王女様にこの会議に出席してもらったのには理由があるの、実は彼女から話しをお聞きする限り、ラールノダの歴史に関してすばらしい知識をお持ちのようなの。もちろん、考古学に関してはアンル先生が一番お詳しいと思いますが、隣国のバルジ王国はみんなも知っての通り、我が国より歴史のあるお国柄、私達が知らない古いわが国の歴史も数多く書物にしるされているらしいのよ。王女様はその研究を幼い頃からなされてきたらしいの。そこで、そのお知恵をお借りしようと私の一存で出席してもらうことになりました。長老様もどうかご理解いただけますようにお願いいたします。さて、今回皆様に召集をかけたのは、メンバーを見れば大体の想像がつくかと思うけど、この十年間何事もなく平和に過ぎてきたけれど、ギロダ国の動向も気になるんだけど、十年前一塊になっていた剣の固まりがこの数ヶ月で形が激変し、鈍い青白い光を放つようになってきたの。まず、言葉で言うよりみてもらったほうが早いわね」
マルーシャはそう言うと、会議室の中に円を描くように真ん中に向かって並べられている机の中央の机まで歩み寄ると、白い布がかけられた布を取り除いた。そこにあったのは星の形のような銀色の置物だった。
「マルーシャ、もしかしてこれが例の剣だと言うんじゃないだろうね」
レニアの隣の席に座っていたアンルがマルーシャの顔を見ず、その置物に視線を向けたまま聞き返した。
「そのまさかですわアンル先生、この十年、ランナフィア女史のご指示通り、この城の地下の聖域の中に湧き出ている井戸の水の中に浸し続け、点検のために一年に一度、引き上げる事はありましたが、ずっと聖水の中に浸し続けた結果少しずつ形を変化させてきたのです。今では、かなり先端が溶け出し、半分ぐらいの大きさになってしまいました。以前の点検までは黄金色に光輝いていたのが今回点検の為引き上げてみると、このように青白い光を放ち始めていたんです」
「形が変わるかもしれんとは想像しておったが、光までもが変わるとは・・・」
アンルの左側の席に腰をかけていたランナが食い入るようにその星型の置物を見詰めながら呟いた。
「形は縮んだというより、これは元の形に戻ったと言った方が正しいであろうな。その証拠に三箇所欠けたような後があるじゃろう」
ランナが呟いた言葉の補足をするかのようにそれを眺めていたカルタスの長老グラシャス・アデが口を開いた。
「グラシャス殿それはどういう意味だい?」
グラシャスの言葉に隣の席に座っていたアンルが聞き返した。
「実は女王陛下から依頼を受けて、カルタスで湖底を長年探索していてこの間ようやく湖の底に沈んでいた聖石を発見し引き上げに成功しましてな。解読してわかったことなんですよ。言い伝え通り、あの湖にはギュース城らしき城跡が沈んでおりましてな、かなり深く浸水できる者にも限度があったのですが、今年の間伐の影響で湖水の水位がかなり下がっておりまして発見につながりました。まず最初に女王陛下に報告せねばと思いましてな。アンル殿には報告が遅れてしまいましたわい」
「はあ…まあしかたないね。私も噂で湖底探索をしているとは聞いていて気にはなっていたんだよ。でっなんて書いてあったんだい?」
「はい、ラールノダの栄光を支えたとされている四つの宝剣は元々、カルタスの遥か南に位置する死の谷から切り出した銀鉱石の塊から作られたものだとされておりましたが、実は、神が天界へと帰る為の物であると記されておりました。その形は五角形からなる形をしており、定められし地で中央に神である証しの宝玉をはめ込めみ、聖声を奏でれば天への扉が開くと記されておりました。おそらくのちに何者かがその聖石を使って四つの剣を作りだしたのではないかと思われます」
「はい質問! 誰が形を変えたんだ? そんなことをした神様たちが天へ帰れないんじゃないのか?」
手を挙げたのはルカだった。
「たぶんだけど、神様の誰かでしょうね」
答えたのはマル―シャだった。
「神様だって? じゃあ天へは戻りたくなかったっていう神様がいたってことか」
「そうね、たとえば時間稼ぎとかね」
「なんだそれ」
「まあ今はまだ詳しいことは何もわからないわ」
「四つの宝剣が揃って剣のさやに記された文を唱えれば光に変わると伝えられているのは、この聖石自体に何かしらの天の力があるからだろうね」
「じゃあ、剣のさやの言葉が重要になってくるってことよね」
アンルの言葉にマルーシャが付け加えた。
「当時の人もその剣に記されている文から聖声がどう結びつくのかがわからなかったようですが、ただ、その剣のさやにかかれている言葉をこの城の聖なる場所で唱えると、宝剣が光り輝いたことから、幸福がもたらされると信じられていたようですな。おそらく、ラデュル神の本来の目的は聖声なのではないかと思われます。ラデュル神は長い間、天へと帰る為の聖声を探しているのではないか思うのですが、その聖声とは何をさしているのかがまだ我々にはわからないのです。おそらくラデュル神自身も」
「ラデュル神がこの十年何も仕掛けてこなかったのは、あの時偶然にもマルーシャが火の中に剣を放りこんだせいで、本来の形が何なのか思い出したからなんじゃないのですか?」
話を聞いていたサミュが言った。
「そうだろうね。宝剣が元の形に戻るのを待っていたのもしれぬな。宝剣が元の形に戻り、青白い光を放ってきたところをみると、もしかしたらラデュル神はこれを奪いにくる可能性もあるかもしれないね」
「気をつけねば、ラデュル神がどこかから仕掛けてくるやもしれぬな。やつより早く聖声とやらを捜しだして永遠にラデュル神を消滅させるか、天へ帰ってもらうかの二択しかないだろうね。そうしないと本当の平穏は訪れないであろうな。だが・・・肝心の宝剣に記された剣に刻まれた文字がわからねば話にならないのだが・・・」
「そうじゃな、三つの宝剣に記されていた文字ならば、一度読んでいるゆえわかるが、最後の宝剣だけは私は見ていないから全ての呪文はわからないねえ」
アンルが言うと黙って聞いていたジイールがしゃべり出した。
「三つの調べが約束の地に集いし時」
「お主それはもしかして、光の剣に記されていたラールノダ文字の言葉か?」
それを聞いたアンルがジイールに向き直りたずねた。
「確かそう書いてあったはずですよ」
「おお、でかしたぞ。さすがは撰ばれし光の子じゃな。それで繋がったぞ」
「アンル先生、それで、四つの宝剣のさやを続けて読むとなんと書いてあったのですか?」
「そうせかすでないわ、今思い出しているところだよ。三つの宝玉が聖なる場所で集いし時、太陽と月が一つになる。三つの調べが約束の地に集いし時、天の扉が開き、光の光芒が新たな光を指し示す」
「アンル女史、あの剣にはそこまで記されてあったのですか? ですがあの剣を見せた時はいまいちピンとこないと言っていたではありませんか? まさか、そこまで読めていたのですか?」
「そうなるね、なんだい私は読めないと言った覚えはないよ。四つの宝剣が揃わないと完成しないといっただけだよ。だけどこの言葉は一体何を指しているのかねえ・・・」
「わたくしが発言してもよろしいかしら?」
「アルテニアス王女、どうぞこの言葉の意味がお分かりになるのですか?」
マルーシャがアルテニアス王女に視線を向けながら聞き返すと、アルテニアス王女は自分の足元に置いていたカバンらしき布袋の中から、一冊の本を取り出した。
「これは、我がバルジ王家に伝わる古文書籍の中から見つけたものなのですが、この本の中にラールノダ創世記のことが少し書かれてある部分があるのです。我がバルジ王家は歴史が古く、私達の祖先は独自の文字を使い、様々なものに国の様子や近隣の国々の様子なども書き記して残されているのです。父が世界地図の収集家の異名が高いのもそういったものがかなり多く城のいたるところにあるからなのです。これもその一部を書籍に書き写されたものなのですが、この本の中に、(南方の偏狭の国に、神が降り立つ湖と悪魔が潜む洞窟があるとあります。千年に一度、洞窟の底から悪魔がそこを通り地上に這い上がり、人々に悪さし、南方の国は荒れ放題であると。しかしその状況を見かねた神が人々にお告げを下された。悪魔が現われし時、一つの国が滅びるものなり、されど、希望は残される。悪魔の力を押さえ込む力を持つ空の輝きの形をした宝玉を聖なる大地に納めると悪の力が力を弱め、悪魔は永遠に元の場所に吸い込まれるであろう。この宝玉を聖なる剣に変え、解き放たれた悪魔を吸収し続けた勇者が大国ラールノダ新王国を築いたもよう)とあります」
「アルテニアス王女! そんなものいつ持ち出されたのですか? その古文書は持ち出し禁止の貴重な書籍なのではありませんか? そのようなものを国外に持ち出されても大丈夫なのですか? 国王陛下の許可はお取りになっているのですか?」
アルテニアス王女の持っている本を指差しながら、サミュが聞き返した。
「もちろん内緒で持ってきたのよ。サミュ様、細かいことは気になさらなくても結構ですわ。この書籍が一つ消えたところで誰も騒ぎ出す人間など今はバルジにはいないんですもの」
顔面蒼白になって聞き返しているサミュに対して、アルテニアス王女は笑顔で言ってのけた。
「あっはははは! アルテニアス王女様、あなたとは気が合いそうですわね。サミュ、安心なさい。グレンダル国王陛下はお気づきになられているようよ、手紙に、そのようなことが書かれていたわ。その資料は我が国に寄贈してくださるそうよ」
マルーシャは焦って蒼白になっているサミュに笑いながら付け加えた。そのマルーシャの言葉にアルテニアス王女も知らなかったのか少し動揺していた仕草をみせたが、すぐ表情を戻した。
「お父様がそのようなことを・・・ではこれは、わたくしが持っていてはおかしいですわね。女王陛下にお渡しいたしますわ」
アルテニアス王女はそう言うと立ち上がり、その古文書を持ちアルーシャの席まで近づき、それをマルーシャに差し出した。マルーシャはそれを受け取りながら笑顔でアルテニアス王女に話しかけた。
「アルテニアス王女様、ここにいる間はかたぐるしい呼び名はやめましょう。私の事は、マル―シャと呼んでくれてけっこうよ」
「そんな…とんでもありません。仮にも一国の女王陛下に対して失礼ですわ」
「そんなこと気にしなくてもいいのよ。ここにいるみんなも私のことはマル―シャって言ってるでしょ、その呼び名の方が私好きなのよ」
「わかりました。マル―シャ様、ではわたくしの事はアルシュとお呼びくださいませ」
「アルシュね、わかったわ。素敵なミドルネームね。よろしくねアルシュ!」
マル―シャはそう言うと右手を差し出した。アルテニアス王女はマルーシャと握手を交わしながら、心の中で厳格で人を滅多に褒めない父が何故隣国の女王だけはいつも褒め、ラールノダ王国だけは特別に条約を結び、国交を開いて自由貿易をしているのかがわかった気がした。