秘密の部屋
キューラ城に仲間達が到着していた頃、セジードは城の中の一階部分と地下室の中間の特別な作りになっている部屋にいた。ここだけはこの城が建てられた当時のまま何も手が加えられておらず、長い間キューラ城を隠していた湖の水にもギリギリ浸水していない場所だった。この場所は四方石の壁に覆われており扉らしきものが作られておらず、一階でも地下でもない中途半端な空間だった為、この城に住むようになった現在もまだ発見されていない場所のようだった。
セジードは以前、朽ち果てかけていたこの城を発見した時、偶然この場所に入った時から何故か不思議な感覚を覚えたのだ、自分がというより、ラデュル神がといった方がいいのかもしれない、この場所がラデュル神にとってどんな意味があるのかセジードにも読み取ることが出来なかった。
ラデュル神が体から離れた今もこの城の中を歩いていて自然とこの場所に来ていた。扉もない全て同じ真四角の形をした石で囲われ、床の四方の角には底の深そうな小さな穴が開けられていてその穴がどこに繋がっているのか、途中で途切れているのか判らないままだった。そして不思議なのは天井のちょうど真ん中辺りにも似たような小さな穴があるらしかったが、覗き込んでもまったくその先は何も見えなかった。そんな変わった場所で横になって過ごすのが気に入っていた。当時は朽ち果てて霊たちが彷徨う湖上に沈みかけていた城だったにも関わらず・・・セジードはあの頃と同じように床に大の字になって横になっていると何故か心が落ち着くのだった。
あの頃不思議だったのが、何故かこの場所に入ろうとするとラデュル神は必ず体から離れていくのだった。だから一人で考えたい時はうってつけの場所だった。この場所があったからこそ、ラデュル神を出し抜きいろんな計画を考え出せたといっても過言ではなかった。そして、ここはセジードにとってこの城で一番落ち着く場所だった。
暫く静けさの中考え事をして眠りかけていると突然天井画開きセジードの顔に光が差し込んできたかと思うと、天井から縄のようなものがおりてきたかと思うと、子供がセジードのお腹の上に尻餅をつく感じでふってきた。
「きゃあ! いったあ…アーノル下に何かやわらかい物があるわよ」
突然上の部屋から落ちてきた子供はあわてて体制を整え立ち上がったが怯えたり取り乱したりする様子もなく昼間にも関わらず光の差し込まないこの部屋は薄暗く周囲の様子を把握するかのように部屋の暗さに目をなれさせようとじっと部屋の様子に視線を走らせていた。
セジードはこの進入者たちが誰であるか検討がついたがあえて何も言わずゆっくり起き上がりその場に座り直しどんな反応をするのか無言のまま様子を伺っていた。セジードがじっと無言のままその場所に座って様子をうかがっていると、最初に入ってきた少女らしき人物は部屋の中にあったやわらかいものの正体が人だとわかった瞬間、怯える様子もみせないまま、暫くすると中の部屋の様子が見えてきたのか冷静な声でじっとセジードの顔を睨みながら言い放った。
「あなた、何者なの? ここで何をしているの? ここは誰も知らない秘密の隠し部屋なのよ。どうやって入ったの? あなた盗賊? あっもしかして魔法使い?」
セジードはこの度胸の据わっている少女に笑いが込みあがってきた。セジードは少女の質問に答えず笑っていると誰ともわからない先客に向かって怒り出した。
「ちょっと、そこのあなた! 何がそんなにおかしいのかしら、今すぐ笑わないと、あなたの喉にこの剣が突き刺さることになるわよ」
「これはこれは失礼いたしました。王女様!」
「あなた何者? 怪しいわね、侵入者なの?」
レニアは短剣を見せても一向にひるむ様子を見せない侵入者にレニアは少し険しい顔つきになってきた。
「レニア、大丈夫? 一体誰と話しているんだい? 中に誰かいたのかい?」
アーノルはレニアが気になり上から下の部屋を覗き込みながら叫んだ。
「そんな物騒な物はおしまいくださいませ。わたしは怪しい者ではありませんよ。女王陛下にご招待を受けて滞在している者です。この場所は以前から知っておりましてね、懐かしくて横になっている間にうたたねしてしまっていたようです」
セジードが答えると、信じられないと言った顔でまだ短剣を握りしめたまま睨んでいるレニアだったが、その声にピンときたアーノルが軽々と上から飛びおり、その場で叫んだ。
「レニア、その人は怪しい人じゃないよ。その声はジイールおじ様でしょ」
セジードはこの頭の回転のいい王子と王女を交互に眺めながら、どう返事をしたものか考えていた。セジードが返答に困っていると、レニアが割り込んできた。
「あなたがジイールですって? うそよ! どうしてここにいるの?」
レニアはそう言いかけてはっとして上に視線を向けた。そこには心配そうにみていたセルダスが青い顔で覗き込んでいた。
セルダスはジイールという名前を聞いた途端に急に立ち上がりその場から立ち去ってしまった。
「セルダス!」
レニアが呼び止めようと叫んだがセルダスは走り去ってしまった。
「もう! セルダスがどこかにいっちゃったじゃない! セルダスを捜さなきゃ! アーノルこの人を私達の勉強部屋に連れてきておいてよね。私その人に言いたいことたくさんあるんだから! 私はセルダスを捜して連れていくから、その人を逃がしたら許さないわよ」
レニアは既に縄に手をかけ器用に上に登りながら呆然としているアーノルに向かって叫んだ。レニアがセルダスを追いかけていってしまうとアーノルはことの重大さにようやく気がついて失敗したというような顔をしながら頭をかきながらセジードに近づいた。
「ジイールおじ様? ごめんなさい…あっあの、お忙しいとは思いますが僕と一緒にきていただけないでしょうか?」
「それは無理ね、アーノル」
セジードが返事をしようとした時、天井からマルーシャの声が響いた。
「お母様! どうしてそこにいるのですか?」
「いい質問だわ、今そこで真っ青な顔をして走り去るセルダスと凄い形相でその後を追いかけているレニアの姿をみかけたからよ、そして、壁であるはずの場所に扉があったから覗いてみたってわけ。ジイールだいたいの想像はつくけど、そろそろ会議が始まるわよ、ビーデさんたちはこられないって言ってきたし、アンル先生達は遅くなるそうだから呼んでおいたメンバーは揃ったから先にそろそろ始めるそうよ」
「母上、ですが今大変なことになりそうなんです。この人はセルダスくんの本当の父上なのでしょう。僕うっかりして名前を呼んじゃったんです。そしたらセルダスくんが急にどこかへ走って行っちゃって・・・」
マルーシャは珍しくしおらしくしている我が息子に微笑みを向けながら静かに言った。
「アーノル、そうねあなたが落ち込むことではないわ。遅かれ早かれ今日あの子には真実を話すはずだったのだから、そうでしょジイール」
マルーシャはジイールに視線を向けながらやさしく言うと、ジイールは下を向いてしまったアーノルに近づきアーノルの肩に手をかけ言った。
「アーノル王子、女王陛下の言う通りですよ、突然のことで少々驚いてしまいましたがあなたのせいではございませんよ」
セジードはそう言うと、天井に空いている入り口に軽くジャンプして上に上がり部屋を出て行った。
「ジイール! いいこと、三階の会議室よ」
マルーシャはセジードの後ろ姿に向かって大声で言った。
「さてアーノル、早く登ってきなさい。いいこと、部屋に行ってレニアがセルダスを連れて戻ってきたらあなた達も会議に出席するようにって私が言っていたと伝えてちょうだい。特にセルダスにはこう言うのよ、あなたの知っている真実と知らない真実が知りたいのなら必ず来なさいとね。この機会を逃したら知る機会はなくなるとね」
アーノルは何とか上に登り、母親の顔を覗き込みながら、聞き返した。
「あの…もし、レニアがセルダスくんを連れてこれなかったら?」
「心配しなくてもいいわよ、あなたも知っているでしょ、レニアは必ず自分の思い通りにする子だって」
マルーシャは息子に笑顔を向けながらウインクしてみせた。
「さあ、そうと決まれば早く部屋に戻ってその泥だらけの服を着替えておきなさい。まったく城の中のどこに潜り込めばそんなに服が短時間で汚れるのかしらね。レニアにも正装してくるように伝えるのよ。セルダスの荷物はもうあなたと同じ部屋に運んであるから」
アーノルは大きく頷くと急いで部屋から飛び出して行った。一人残ったマルーシャが部屋の隠し部屋を熱心に覗き込んでいると、部屋の入り口で黙って待っていたランドがマルーシャに話しかけた。
「お前何を考えているんだ?」
「あら、私は何も、ただ…私ねずみ嫌いなのよね」
「はあ?」
マルーシャは隠し扉の仕掛けを元に戻しながら、ランドに笑顔を向け立ち上がった。
「さあて、おもしろい夜になりそうね」
マルーシャはにっこりとランドに笑いかけながら、ランドの腕を取るとそろって部屋に向かった。