一族の集結
翌日キューラ城には、続々と懐かしい顔ぶれが勢ぞろいしていた。
マルーシャとランドは城門まで出向いて、異例の出迎えをしていた。一番に到着したのは、アルだった。彼は今はキューラ城と現在は軍の養成施設になっているラミド城を行き来する生活を送っていた。
彼は軍の総帥となり現在は軍の養成施設建設の総責任者として、ラミド城で陣頭指揮をとっていた。アルは城に数人の若い騎士達を従えて城門を渡り、先頭で城内に到着し馬をおりるなり二人に近づいて来た。
「アル! あっちに行ってもらったばかりなのに呼び戻してしまってごめんなさいね、あっちの進み具合はどう? お父様はお元気だったかしら?」
マルーシャはアルが近づくなり彼に抱きつきアルの帰還を出迎えた。
「トルベル様はお元気だったよ。若い兵士達の指導を毎日なさってくださっているよ。トルベル様とスエル殿が訓練兵達の指揮をとってくださっているから、ナウルもやりやすいっていたよ。今回はあいつは置いてきたがよかったのか?」
「ええ、キームとタールもズラームンに行ってもらったし、あの子達も随分たくましくなったわよね。それにしてもお父様ももうお歳なんだから、あっちで邪魔になっていないといいんだけど、お父様ったら、こっちで一緒に暮らしましょうって何度も誘っているのに毎回いろんな言い訳をつけては返事をごまかすんだから、今回もどうせ色々言い訳してこっちに来るの嫌がったんでしょ」
「はは、実はそうなんだ。今回は腰が痛いそうだよ。数日前に久しぶりに馬でスシュル湖に行ったとかで腰痛がぶり返したそうだよ」
「そうお父様が毎日楽しく過ごせているんだったら何もいう事はないわね。お父様にたまにしかあえないのは寂しいけれど、あそこにいるのが一番いいのかもしれないわね。あっごめんなさいね、引きとめちゃって、先に中に入っていていいわよ、エセルも今は部屋に戻っている頃なんじゃないかしら」
マルーシャはアルにウインクしてみせた。アルも笑顔でマルーシャの横を通り過ぎ、ランドと少し小声で話しをした後、城内に入って行った。
マルーシャはそんなアルの後ろ姿を見送っていると、再び懐かしい声が城門から聞こえてきた。マルーシャが城門の方に視線を戻すとそこには馬車から体を乗り出して手を振っているサミュの姿があった。
サミュは馬車がマルーシャ達の前で止まると、先に馬車から飛び出しマルーシャに一礼し、直ぐランドに駆け寄り最高の笑顔で挨拶に向かった。
「兄上、姉上、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
「サミュも元気そうね、まさかあなたも来てくれるなんて思わなかったわ。よくグレンダル王様が許可してくださったわね」
「僕はこの国の人間ですよ。ラールノダ国の女王様の呼び出し状が届けば、どの国にいても何をさしおいても飛んできます。今は、優秀な助手もいますから、僕がいなくても大丈夫なんです。バルジ王国との契約は二年ですけど、マルーシャス女王陛下からの直々の呼び出しなら仕方ないと言ってくださって、薬師の養成施設での指導は他の人に交代してもらったんです。でも、あの・・・交換条件がありまして」
「交換条件?」
「はい、実は・・・」
サミュは頭をかきながら言いにくそうに馬車の方に視線を向けながらモジモジしていると、開け放たれた馬車の中から、まだ十代後半だろう若くて可愛らしい女性が馬車から降りてきた。
「マルーシャス女王陛下、お初にお目にかかります。わたくし、バルジ国第三王女のアルテニアスと申します。アテスとお呼びくださいませ」
「まあ、アルテニアス王女様が同乗していらっしゃっていたなんて、気づかず申しわけありませんでしたわ長旅でお疲れでしょう至急特別室をご用意させますわ」
マルーシャは突然のバルジ王女の来訪に驚きながらも笑顔で招きいれ握手をかわした。そしてアルテニアス王女がランドと話している隙にサミュに小声で聞き返した。
「サミュ? これはどういうことなの? 王女がくるなんて報告は受けていないわよ」
「すっすみません。実は、彼女、薬師に興味があるとかで、僕がランナフィア先生の代理でバルジに薬師の講師に行っている間、ずっと薬師の授業に参加されていたのですが、僕が急遽帰国することになったって知って、その…出発の日に強引に僕の馬車にのられてきて、どうしても行くと言って降りてくださらなくて、最後にはグレンダル国王陛下も折れて、姉上宛てに書状を預かってきました」
そう言ってサミュはポケットから書状をマルーシャに手渡した。マルーシャはその書状に目を通して小さく微笑むとサミュに向かって小声で言った。
「サミュ、あの子にかなり気に入られたのね」
「えっ、そっそんなんじゃないと思うのですが」
真赤になって焦っているサミュにマルーシャはクスッと笑いながらサミュに囁いた。
「可愛い子じゃない、グレンダル国王も認めてくださっているみたいだし、ランデ女史が知ったらどんな顔をするか楽しみね。久しぶりにあなたに会えるのを楽しみにしていらっしゃるみたいだし」
「ほっ本当にそんなんじゃありませんから、そっそうだ、ランナフィア様に会いたかったのかもしれません」
サミュの慌てぶりにそうねとしか言わなかったが、マル―シャは
実際、全く婚姻には興味を示さない義弟の事をランナフィアが心配しているのを知っていただけに、うまくいけばいいと二人を見守ることにした。
「サミュ! お前はアルテニアス王女を城の中にお連れしろ、グレナに特別室を用意するように伝えてくれ」
アルテニアス王女と話していたランドがマルーシャと話しているサミュに向かって言うと、サミュは慌ててマルーシャから離れると、アルテニアス王女を連れて城の中に姿を消した。その二人を見送りながらランドがマルーシャに聞き返した。
「グレンダル国王はなんて言ってきたんだ?」
「あの子、どうやらサミュにお熱のようね。グレンダル国王も相手としては申し分ないって乗り気のようよ、それにあの子、俗にいう天才らしいわ。今は薬学に興味を示しているようだけど以前は古代の歴史に興味を持っていたらしくてあの年でバルジ国の考古学者の知識を上回る情報を記憶しているらしいわよ。ラデュル神のことももしかしたら役に立つかも知れないって、迷惑をかけるがよろしくって書いているわ」
マルーシャはグレンダル国王からの書状をランドに見せながら言った。ランドはアルーシャからの書状に目を通し、サミュの腕をとりながら楽しそうに並んで城の中に入っていくアルテニアス王女と困惑しながらもまんざらでもなさそうにしているサミュの二人を眺めながらマルーシャに言った。
「あいつも大変な人物に惚れられたもんだな」
二人がちょうど姿を消した頃、三台目の馬車が城門に入ってきた。
「あら? あれはルカ達よ、我が娘がようやく帰ってきたみたいね」
マルーシャは馬車から顔を出してこっちに向かって手を振っている小さな王女に笑顔で手を振り返しながら出迎えた。最初に馬車から出てきたのはレニアだった。
「お父様、お母様、ただいま帰りました。あら? アーノルは? 出迎えてくれていないの?」
「待ちわびていたぞレニア。私達だけでは不満なのかい?」
ランドがレニアを抱き上げ、レニアの頬にキスしながら答えた。
「いいえ、そんなことはないわよお父様! レニアお父様のお顔をみれてうれしいわ。お父様、セルダスも一緒に来ているのよ、先にセルダスを城の中を案内してもいいかしら?」
レニアはランドに頬にキスのお返しをしてから下に降りると、ちょうど馬車から降りようとしていたセルダスの方に視線を向けながら聞き返した。
「ああ、セルダスを案内してあげなさい。アーノルは今セルダスのベッドを自分の部屋に運び入れるとか言っていたぞ」
「なんですってえ、また勝手なことを、セルダスにもプライバシーは必要なのに、隣の部屋が空いているんだからそこでいいのに」
ランドが言い終わらない内にレニアはカンカンになって怒り出し既にランドから離れ、セルダスの腕を取ってセルダスの腕を引っ張りながらマルーシャとランドの横を通り過ぎようとした時、セルダスは立ち止まり頭を下げた。
「ちょっと待ってレニア姫、まずは挨拶しないと。マルーシャス女王陛下、ランシード殿下、この度はお招きいただきありがとうございます」
「ようこそセルダス、元気そうで安心したわ。我がまま娘の相手は大変だったでしょう。滞在中、何かあったら遠慮せずに言ってね」
マルーシャはそういうと、セルダスの頭を撫でて笑顔で言った。セルダスは真っ赤になって無言で頷いた。それをみたレニアが母親に食ってかかった。
「お母様、それどういう意味かしら。私は居たって普通だったわよ。お母さまも見たでしょ。行こうセルダス、アーノルに任せていたら今夜眠れないわよ」
そう言ってセルダスを強引に引っ張りだした。セルダスはもう一度、二人に頭を下げてレニアと共に城内に入って行った。
そんな二人をランドがやさしい顔で眺めていると、馬車に中から懐かしい笑い声が響いてきた。
「ランド、お前も人の親になったんだな。もう子離れはすんだのか? うーんさすが三日の馬車移動はきついなあ…まったく昔はもっと早く付けたんだけどな、距離感がおかしくなったのかな。あいつらは疲れというものを知らないのか」
中から伸びをしながらルカが外に出てきた。ルカは笑いながらランドに近づくと、ランドに抱きつき背中を叩きあった。
「お前も相変わらずだな。レニアを長い間預かってもらって悪かったな。トマスは大丈夫だったか?」
「ああ、レニア姫がぐずり出すと何度もトマスの相手をしてくれたからな、子供のほうがタフだよ俺なんかあちこちが痛くて大変だぜ」
ルカは自分の腰を叩きながら肩をグルグルまわしてみせ、続いて馬車から眠っている息子のトマスを抱きながらおりてきたノア―ヌの腕からトマスを受け取りながら答えた。
そんなルカとノア―ヌに向かってマルーシャが自ら近づき話しかけた。
「ノアーヌ、タペストリーの製造も忙しいのに、来てもらってごめんなさいね。急な呼び出しで都合をつけるの大変だったでしょう。でもあなた達二人にもぜひ聞いてもらいたいことがあるのよ。それに今、ジイールも城に呼びよせているからセルダスを連れてきてくれてよかったわ」
「まあ、お兄様を呼んでいただけたのですね。ありがとうございます。仕事ならロム達が全て取り仕切ってくれていますのでご心配には及びませんわ。わたくしも、なんとか今回の来城でお兄様とセルダスをあわせられるチャンスがあればいいのにと思っておりましたの。お兄様ったら何度手紙を書いてもなんの返事も返してくださらないし、どうしたものかと案じておりましたの。今回のマルーシャ様からの家族みんなでというご招待状をいただきましてどんなにうれしかったか。いつもならセルダスも決してバルデ城からでたがらないのですけれど、レニア姫のおかげですんなりとこちらに行くといってくれて助かりましたわ」
「そうあの子が役にたったのね。あの子は小さいころから人の心の中に入り込むのが得意な子だったから、セルダスもあの子の強引さに負けたんでしょうね。あの子私以上に気に入った子に対してはしつこいものね」
マルーシャとノアーヌがしゃべっているとルカが割り込んできてマルーシャに話しかけた。
「マルーシャ、さすがお前の血を引いているだけはあるな、たいした度胸してるぜ、レニア王女をみてるとお前の小さい頃を思い出すぜ、いやあの強引さと、嫌いな人間に対する毛嫌いの仕方はお前以上だな、お前とランドの性格を両方持ち合わせて、うまく使い分けているみたいだな、あれでまだ九歳とは先が恐ろしいな」
「あらルカ、私の娘ですもの当たり前じゃない、あなたの息子のトマスだってあなたの小さい頃にそっくりじゃない。この子もハンサムな子になるわね。でも寝顔も可愛いわね。もうすぐ4歳だっけ? このぐらいの年頃が一番可愛いわね」
マルーシャはルカが抱いているトマスの顔を覗き込みながら言った。
「馬車での移動疲れたでしょう。部屋はいつもの部屋を用意してあるから今日はゆっくり休んでちょうだい。セルダスは二人に任せて、この城にいる間は大丈夫だから」
マルーシャの言葉にルカは頷き、ノア―ヌを伴い城に入って行った。そして少し歩いたところでルカが突然振り返り叫んだ。
「おーいマルーシャ! 言い忘れるところだったぜ、ここに来ると途中で双子の魔女様の乗った馬車に会ったぜ、なんでも先に墓参りを済ませてから行くから、到着は夜になるかもしれないと伝えておいてくれって頼まれてたんだ、確かに言ったぜ」
ルカの言葉にマルーシャとランドは顔を見合わせ、それじゃあ待っていても仕方ないと、ルカとノアーヌ夫婦の後を並んで城内の中へと入って行った。
女王と王配自らが早朝から来賓を出迎えている姿に城内外から何かあるのかとざわめき出していた。