過去の場所
セジードは新たに修繕されて蘇ったキューラ城を見るのは初めてだった。城の修繕が済んだ時も招待されたが近寄る気にはならなかった。あれから十年の歳月が流れたんだと改めて思い知らされる思いだった。以前の朽ち果てた廃墟の面影は微塵もなく、いたるところにステンドガラスが埋め込まれ、太陽の光がいたるところに飾られている鏡に反射して城中光輝いていた。
地下に入っても、発光ゴケが壁一面に塗り込まれ、明るい通路になっていた。ここ数年のラールノダ王国の繁栄振りを見ていれば納得のいく結果だったが、自分の目で見てみると、当時、頭の中に思い描いていた城そのものの出来栄えだった。
セジードが懐かしそうに城内を見学しながらアーノルの後について歩いているとアーノルは時折人を見かけるとすばやく物陰に隠れる以外はセジードが聞いていようがいまいがお構いなしに一人でしゃべりどうしだった。おかげで、この城のことや、ノアーヌの様子や息子の最近の様子が良くわかってきた。
それと興味深いのが彼の話だと、双子の妹のレニアがどうやら、息子に夢中で一人バルデ城に残り中々帰ってこず明日ようやく帰ってくることなども、アーノルは楽しそうに手振りを交えながら話し続けた。
暫く地下通路を歩いていると、見覚えのある場所にでた。
「アーノル王子、案内ありがとう。もうここでいいですよ。ここからは一人ででも行けそうですから、早く自分の部屋にお戻りください」
セジードは目の前を歩いていたアーノルに向かって言うと、聞こえなかったのか引き返す様子も見せないでスタスタと先を歩き続けた。
セジードはそれ以上何も言わず無言のままアーノルの後ろを歩き聖域の場所に辿り着いた。
アーノルがセジードを見上げていると、セジードは聖域の扉を黙って押し開いた。
そこは以前ランド達と剣を突き刺しにきた場所で、そこだけは何も変わっていなかった。少しかび臭さが残るその場所を懐かしそうに眺めていると、アーノルが黙ってセジードの後から中に入ってきて部屋の中央に立ち天井を指差した。セジールが天井に視線を向けると、確かに大きな一枚岩の天井の真ん中にあの唄が小さな文字で刻み込まれていた。
この場所には何度も訪れていた場所だったがよくみるとあちらこちらの場所にラールノダ語で何か書かれているようだった。それはまるでこの部屋の模様や染みのようでラールノダ文字を知らないものがみたら、誰もそれが唄だとは気づかないぐらいの細かさだった。セジードはその一つをラールノダ語で読んでいると、扉の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ここは確か立ち入り禁止の立て札が立っていたはずだけど、文字の読めない進入者は誰かしら?」
セジードが振り向くと、そこには腕を組んで、乗馬服に着替えていたマルーシャが扉に背をもたれながら立っていた。それを見たアーノルがあわてて、セジードの後ろに隠れ顔を半分だけ出しながら母親の様子をうかがっていた。
それをみたマルーシャが仁王立ちでアーノルを睨みながらゆっくりとした口調で言った。
「アーノル! お昼前に机に向かって本を読んでいたのは誰だったのかしら」
「母上こそ、庭で歌を歌っている最中ではなかったのですか?」
アーノルはセジードの服を掴みながら言い返した。二人がにらみ合っていると、セジードが突然笑い出した。それをみてマルーシャが言った。
「ジイール! あなたもあなたよ、この子が謹慎中だってこの子から聞いているんでしょ。どうして一緒にここにいるのよ」
「お前の息子だろ、謹慎だからって素直に聞くたまじゃないだろう。たまたま上であったんですよね王子」
セジードはアーノルに向かってウインクしながら言った。アーノルも頷くと、下を向いていいわけをし始めた。
「そっそうなんです。僕がお腹がすいてきたんでおやつを催促にいこうと歩いていると、ジイールおじ様とばったりあって、この聖域の場所を聞かれたので案内をしてたんです」
マルーシャは疑わしそうにしていたがそれ以上は追求せず、しゃがみ込んでアーノルの目をみながらやさしく話しかけた
「そう、案内ご苦労様、あなたはもういいわ。早く自分の部屋に戻りなさい。お父様にみつかると部屋の謹慎どころではすまなくなるわよ」
マルーシャの言葉にアーノルの表情が見る見る青ざめて、慌ててセジードから離れ走りだした。だけど不意に立ち止まり、彼の方に振り返った。
「ジイールおじ様、お話できて楽しかったです。また今度、いろいろお話を聞かせてくださいね」
アーノルはそれだけ言うとセジードに手を振って急いで聖域を飛び出して行った。マルーシャは扉から顔をだしてアーノルが確かに聖域を離れたか確認してから、まだ聖域の中にいるセジードに向かって話し始めた。
「あの子私に似て好奇心が人一倍強いのよ、それにあの通りの愛嬌っぷりで、城を訪れる大人達がみんなあの子の笑顔に参ってしまってあれやこれや聞かれたことをしゃべってきかせるもんだから。へんなことばかりに興味がいっちゃって、議会に潜りこんだり、ランドのまねばかりしたがってもてあましていたのよ」
「確かに、あの顔にあの性格なら無視できないだろうな。頭の回転もよさそうだしな、あれで十歳とは先が楽しみだな」
「どんな大人になるのか今から不安になっちゃうわよ」
「ラールノダ王国は安泰だな。あの王子なら、りっぱな国王になるさ」
「あら、あの子が王になるかはまだ決まっていないわよ。もう一人同じ候補がいるんだから・・・そんなことより、私、あなたに謝りたくてきたのよ。さっきは言いすぎたわ。よく考えたら、私も自分の子供達とは同じ城にいても会話が出来ていないって反省してる部分あるのよね、あなたのこと偉そうに言える立場じゃなかったわ」
「心配しなくても、少なくとも、アーノル王子の独り事を聞いていた限りは二人とも両親を愛しているようだぜ。息子のことも少しはわかったし、逃げるのを止めて、明日会ってみるさ。それから時間をかけて話してみるつもりだ」
「そう。よかったわ。あれから十年宝剣の輝きが鈍りかけてきていてね。もしかしたらラデュル神が誰かに憑りついてまた王国に闇を吹き込もうとしているんじゃないかと思って、今ラデュル神が入り込める人間で闇の囁きに耳を傾けてしまいそうな一族はって考えていたら、あの子ことが気になってしまって、ノアーヌとルカが気にかけてくれているんだけど、気になってしょうがなかったものだから」
「剣は形が変形してしまって、今じゃ一つの塊になってしまっているんだろ、もう俺達一族に憑りついてこの国をどうこうしようなんてできないはずだろ」
「そうなんだけど・・・カルタスの古文書とここに書かれていた言葉を調べているうちに、剣の造られたいきさつがわかってきたのよ。ラールノダ王国がまだ誕生していない遥か昔の悲しい伝説がね。明日、カルタスの長老様も来てくださるようだし詳しい話をみんなの前でするつもりなんだけど、私の勘だと剣の効力はまだ完全には失っていないみたいなのよ、あの剣は光の剣として国を光り輝かせる力があるとされてきたけれど、目的は別にあったのよ」
「こんなところで聞くより明日明るい場所で聞くとするよ」
セジードは話しの途中でマルーシャの話しを遮り、聖域を出て歩きだした。そして彼女に向かって口元をほころばせながら一言言った。
「明日の会議は子供達も出席させた方が懸命だぞ、でないとねずみが足元をうろつくことになるぞ」
「ジイールそれどういう意味なの!」
マルーシャはセジードの最後の言葉に真意がわからず彼に追いつき聞きだそうと質問を繰り返したがセジードはそれ以上は何もしゃべらなかった。