ラヂオ
祖父さんが死んだ。
おれのとうさんの、父親だ。
田舎の家にひとりで暮らしていて、近所づきあいもほとんどしない『へんくつもの』だったらしい。
とうさんは高校を卒業てから都会の大学に進学し、卒業後もそのまま就職したから、なんとなく疎遠になっていたらしい。
もちろん、とうさんたちは結婚の挨拶にも行ったし、結婚式にも、去年なくなった祖母さんと一緒に出席てくれたらしい。
でも、それだけ。
俺という孫の顔を「見せに来い」というわけでもなく、見に押しかけてくるでもなかった。
本家ではないので祖母さんが亡くなるまでは墓も無く、おかげで俺は“田舎”には縁遠い生活をしていたんだ。
『らしい』
こんな伝聞ばかりって、変だと思うだろ?
でも仕方が無い。
全部、親戚に聞いた話だから。
俺の両親は、もういない。
祖母さんの葬儀に、両親そろって参列した帰り道で事故に遭って、そのまま帰らなかったんだ。
たまたま、俺は大事な試験を受ける日で、参列できなかった。
そのおかげで、今も生きているのだけど、正直さびしくてつらいときもある。
おもてには、出さないようにしているけどな。
両親の葬式では、さすがに祖父さんが喪主を引き受けてくれた。
俺はまだ、未成年だから。
葬儀のあれこれは、親戚が手伝ってくれた。
そのときに、昔のことをいろいろ教えてもらったんだ。
その親戚は面倒見がいい人で、俺にはわからない諸々の手続きを一緒にやってくれた。
保険とか、相続とかいろいろ面倒だったけど、すげえ助かった。
よくネットとかで“親戚にだまされて”なんて読んでたけど、そんなこともなかった。
で、その人が祖父さんに『○○(俺のことだ)と一緒に都会で住んだほうが、病院とかも多くて便利がいいだろう』と提案してた。
でもソッコー却下してた。
『わしは、ひとりのほうが性にあっとる』とか言ってた憶えがある。
そういうわけで、祖父さんと俺は別々に住んでいたんだが、その結果がこれだ。
祖父さんは持病がもとで、家を出たところで倒れてて。
発見も遅くて救急車が来たときにはすでに、ということだったと聞いた。
親戚の助けを借りて、通夜・葬儀とひととおり終わることができた。
早いかとは思ったが、納骨も済ませてもらった。
『もう遅いから、うちに泊って明日帰ったらいい』と親戚が言ってくれたが、甘えっぱなしなのは悪い気がした。
といって祖父さんの家にひとりでいるのもぞっとしない。
だから、無理を承知で自宅に戻ることにした。
帰る前に祖父さんの家に行き、形見代わりにと文机の上に置いてあった古いラジオを持ち帰らせてもらった。
自宅に帰りついた時には、深夜になっていた。
疲れていた俺は、着替えもそこそこにベッドに倒れこむように入り、眠りについた。
ラジオは、朝起きたら使うつもりで机の上に置いた。
ふと、目が覚めた。
1度寝たら起きない俺にしては珍しいことだ。
目をつぶり寝返りをうって寝なおそうとした俺は、ハッと目をあけた。
(なんの音だ?)
かすかに”ザザ…ザ、ザザ…”という音が聞こえた。
暗闇の中で耳を澄ます。
”ザザ…ザ、ジジジ…マエモ…ジジ、ザザザ…レバイイ”
雑音に混じって、声が聞こえる気がする。
音の出どころが部屋の中なのか外なのか。
確認しようと思った俺は、ベッドのヘッドランプをつけた。
白い光が部屋を照らしたとたん、音はピタッとやんだ。
部屋の中には、もちろん誰もいない。
念のために窓を開けてみたけれど、いつもどおり都会の喧騒があふれている。
あんな微かな音なんて、聞こえる隙間もない…(!!!)
(どうして、外がこんなに煩いのにあんな微かな音が聞こえたんだ?俺の気のせいか?)
ふと、机の上に置いたラジオを見た。
電源は入っていない。
結局、寝治せないまま朝を迎えた。
その日からずっと、毎晩のように微かな音が聞こえるようになった。
”ザザ…ザ、ザザ…”
”ザザ…ザ、ジジジ…ミンナソ…ジジ、ザザザ…ビシイダロ…”
”ザザ…ミンナマ…ザ、ジジジ…マエガク…ジジ、ザザザ…デクラソ…”
毎日のように聞いていると耳が慣れてきたのか、雑音の合間の声が何かを語りかけているように聞こえてきた。
それも、男性のようだったり女性のようだったり。
なんだか複数の人が、かわるがわるしゃべっているみたいだ。
何かのオカルト?誰かに相談するか?とも考えた。
けどそんな変な話、友達に言ったって『気のせいだろ』って笑われるだけだ。
(逆に、なにか音楽でもかけて寝たら、聞こえないんじゃないか?)
そう考えた俺は、祖父さんの家から持って帰ったラジオを点けて寝ることにした。
普段、音楽聴くときはスマホだけど、さすがにイヤホンつけて寝る勇気はなかった。
ラジオを手に取る。
(小学の時に“消えゆく昔のモノ”って担任が実物を持ってきて見せてくれていたのが役に立つとは思わなかったな)
アンテナを伸ばして、スイッチをいれる。
”ザザ…ザ、ザザ…”音が聞こえてきた。電池はまだあるらしい。
つまみを回していく。
ふっと雑音がクリアになり、軽快なおしゃべりが聞こえてきた。
テンポの良いしゃべりと最新のヒットソングが、かわるがわる流れている。
「これでいいかな」
俺はラジオを点けたまま眠りについた。
真夜中。
いつも微かな音が聞こえてくる時間だ。毎晩のように目覚めるから、つい習慣で起きてしまったようだ。
でも、今夜はラジオがついているから聞こえな…?
ラジオからの音声が流れていないことに気がついた。
(電池切れか?)起き上がってラジオを手にする。
電源が入っていることを示すランプはついているのに、音が出ない?
つまみを回しても、なにも変わらない。
(故障?)
そう思った時に、手にしたラジオから急に音が聞こえだした。
びっくりした俺は、ラジオをベッドの上に落としてしまった。
『音』と聞こえたものの正体は『こえ』だった。
ボソボソとした、でもはっきりとしたしゃべり声。
”オマエモコッチニクルトイイ”
”ソッチニハモウヒトリキリダロウ”
”ミンナモウソッチニハイナイカラネ”
何なんだ?誰の声?
身震いがした。
ラジオから目を離して、部屋を見回す。
ひとり暮らしの部屋だ。
俺以外にはだれもいな・・・。
ベッドのそばに、ぼんやりとした塊があった。
四つ。
ゆらゆらとゆっくりゆれている。
ラジオからの声が続く。
“オマエモヒトリボッチハサビシイダロウ”
“ミンナオマエガクルノヲマッテイル”
声がするたびに、塊がゆらゆらと動く。
気のせいか、さっきよりはっきりとした姿になってきたようだ。
姿だけじゃない。
塊からも声が聞こえてきていた。
ラジオからと塊から。
二重奏の声が、増幅されて響いてくる。
“コッチデミンナイッショニクラソウ”
”カゾクミンナデイッショニクラソウ”
“サアコッチヘクルンダ”
塊が人の形をとり、八本の手が俺のほうに伸びてくる。
朝の白い光が、乱れたベッドを照らす。
ベッドの上には、電源の切れたラジオがひとつ