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獣人族の来訪③

 翌日の朝。私とカラクリは、外から聞こえる喧騒によって叩き起こされた。

 またしても揉め事が起きているようだが、しかし今度のそれには、誰のものかは分からぬ女の泣き声が混ざっていた。


「な、なんでしょうか」


――さぁな。見に行くか?


「…………えぇ、怖いですよ」


――ならここにいればいい。外で何が起きているのか、この先一生知ることは出来ないがな。


「ぅぐ。分かりましたよ」


 なんとも扱いやすい小娘である。そうして私に言われるがまま、カラクリは家の裏手から辻へと出る。するとそこには、張り替えたばかりの弓弦ゆづるのように緊張している村人たちの姿が窺えた。


「くそ。ナガレハ様が隣村へ行ってるのをいい事に…………」

「分からないか。奴ら、この時を狙って来たんだよ」

「なんて卑怯な!」


――何事だ?


「うーん。人が多くて見えないですね」


――もう少し前へ行こう。


「そ、そうですね」


 そうして私たちは、カラクリよりも身長のある群衆をかいくぐり、彼らが眺める先の景色へと向かう。だが、その先で見たものとは…………。


「よいですか皆さん! これは豊穣の女神を鎮めるための、詮なき犠牲なのですよ!」

「そ、そんな無茶が通るもんか! 娘を、娘を返せ!」


 村人たちを押し退けて騒ぎの最前列へと身を乗り出すと、そこには十を超える獣人、堂狸どうり族が、三人の村娘に手枷をはめている光景が目に映った。


「お父さん、嫌だよっ」

「助けて…………みんな」


 村の男を女たちに近づけないよう長槍を向ける屈強な兵士と、唾液を飛ばしながら演説をする小太りの狸男。そいつはまるで、僧侶や宮司のような恰好をしているが、しかし見たこともない装束に身を包んでいる。


「俺たちが一体何をしたって言うんだ! 娘を返してくれ!」


 一人の男が声をあげると、小太りの獣人はあごに蓄えた毛だるまの脂肪を揺らしながらこう反論する。


「返しませんッ! 貴方がた卑しき人族に、天の女神はご立腹であらせられる。お陰で我が村の水や大地も死んだ! この責任は、欠け人であるこの娘たちに取っていただきます!」


 欠け人。天賦を持たず、獣人と比べれば寿命も短い人間を不完全な生き物として揶揄する言葉。私が死して300年が経つというが。まだ、この言葉は息をしておるのか。


「知るかッ、お前たちの村の異常は、お前たちの責任だろうが!」

「そ、そうだそうだ! とっととこの村から出て行きやがれッ!」


 おおかた、昨日ナガレハが追い出した獣人たちが、自らの村で有ること無いことを吹聴したのだろう。そして奴らがその報復に来た。そんなところか。全く。やることが子供と変わらぬではないか。


「うるさいですねッ! うるさいですよッ! ツナキチ、サケキチ、言っても聞かぬ馬鹿どもには、お仕置きです!」

「へいっ」


 ――――その瞬間は、否応なしに訪れた。


「ゴ、ゴロウ! ヘイタロウ!」

「なんてことを! ゴロウはまだ九つなんだぞッ!」


 堂狸に捕まった母親を呼ぶ幼い声は、悲痛なものへと早変わりした。

 伝道師を気取る男が目の前の堂狸どうりに命を下した次、それに頷いた兵士が、その長槍をもって適当な村人を貫いたのだ。


「すみませんねぇ、我らの高尚な目では、欠け人の区別などつかないのですよ」


 雲を貫くような悲鳴。

 そして目の前で泣き叫ぶ息子を見て、奴らに懇願する母親。


「お願いです! もう止めてください! 私はどうなっても構いませんから!」


 膝を着き、その頭を地に擦り付けて、奴らの草履を舐めるように、ただひたすらに。


【もうやめてよ! 痛いよ! 痛いんだよ!】

【俺の子であれば、そうやすやすと悲鳴は上げん筈ぞ】

【何でもしますッ、何でもしますからッ、もうやめてくださいッ】


 嫌な記憶が蘇る。この世の何よりも消し去りたかった過去。

 

 今、奴らに踏みつけられながらも、必死に頭を下げるあの母親。そして足を貫く痛みに堪えながらも、そんな母親に手を伸ばす童。そんな光景が、煮えたぎる釜の底に沈めたはずの、あの忌々しい過去を掘り起こした。


「…………おっ父、どこに居るの?」


――カラクリ、私に身体を貸せ。


「えっ?」


――いいから貸せッ!


 カラクリに怒鳴った刹那、私は突如、体の支配権を得た。そして心に襲い掛かる高揚感。まるで若かりし頃に戻ったかのような、なんとも言い難い快感が、この身体と五臓六腑を包み込んだのだ。


「【天花吹時はなふぶき】」


 時間にして凡そ数秒。それでも十分だった。


「あっ、あああああ!?」

「なんだ! 何が起こったのだ!」


 私からすれば数秒の時間が経過しているが、しかし奴らから見れば、それは刹那の内に繰り広げられた地獄。


「ツナキチ! サケキチッ!」

「しッ、ししし、死んでるぅ!?」


 術を解くと同時に倒れた二人の堂狸。その腹からは夥しいほどの血が流れ、その惨憺は奴らの目に恐怖の二文字を植え付けた。


「シノベエ様ッ、どどど、どうされますかっ?」

「えっ!?」


 部下なのであろう狸どもから、そうやって指示を仰がれる伝道師シノベエ。しかし奴は地に転がる死体を眺めながら、おろおろと目を左右に泳がせた。


「か、|欠け人(人間)は天賦を持たないはずだ…………い、いったい何が……」

「シノベエ様!」

「はっ、はい!」

「どうされるのですか!」

「ど、どうって……言われても…………っ」


 あの男、妙だな。先ほどまでは自身に満ちた声音で演説を行っていたが、たった二人死んだだけであの取り乱しようだ。無理やり村娘を攫う計画を立てていたのなら、ある程度の反撃を受けることは予想していた筈だろうが。それとも、私の術を受け、ただ単に混乱しているだけか?


「こ、こんなの聞いてない! 聞いてない聞いてない聞いてない聞いてないぃぃぃぃぃ!」


 おかっぱ頭をぐしゃぐしゃと掻きむしりながら、シノベエは異常とも云える不快な声で癇癪かんしゃくを起す。すると、その様を見た何人かの兵士どもが冷や汗を流しながら互いの顔を見合わせて、次に意を決したかのように頷き合った。


「み、みんな、帰るぞ! シノベエ様を連れて村へ帰るんだ!」

「お、おう!」


 そうして兵士どもは、死した堂狸の死体を担ぎ上げ、未だ童のように泣きじゃくるシノベエを引きずるようにして、この村から去っていった。

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