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獣人族の来訪②

「モリスケ、どうしたんだ?」


 骨に皮だけが付いた様な男が堂狸の者らに笑われている最中、ここで助け船を出すかのように別の男が輪の中に割り込む。しかしよく見て見ればその男とは、他の誰でもないカラクリの父親であった。


流葉ナガレハ

「ナガレハ様」

「浮かない顔をしてるな。もめ事か?」


 カラクリの父親、もといナガレハとかいう小僧を目にした途端、不思議な事に夫婦の面もちは明るくなり、反対に堂狸の者らからは嫌な笑みが消えた。


「ああ。予備も少なくなったから、水を買おうと思ったんだが、とんでもなく高くてな」

「ほう、幾らなんだ?」

「1升で2千だとよ」

「そりゃ高いな…………」


 それを聞いたナガレハは、和らげた目元を今度は冷たくし、それを堂狸族に向ける。


「堂狸の方々、いつぞやか私は話したはずです。()()()に水を売るなら、高くとも1升で千楽だと」

「し、しかしだねえ村長さん。俺たちの村でも水は貴重で、少しばかり値上げしないと、やっていけねえんだよ」


 資源に恵まれたこの陽月の国で、水が貴重なんて話は聞いたことが無い。少なくとも戦乱が続いた三〇〇年前の時代でもそうだった。それ故に、彼らが嘘を吐いている事は直ぐに分かった。そしてそれはナガレハも同じらしく。


「そうですか。それでも、先ずは私に話を通してもらわないと困ります」

「そ、そうかい。いや、それもそうだよな。悪かったよ」


 4人の獣人を前にしても怖気づかないナガレハ。それどころか、むしろ獣人たちの方が気圧されているように見える。天賦を持たない人間に、あの傲慢な獣人族がだ。


「そうと決まれば、早速私の家で話をしましょうか?」

「い、いやっ、俺たちも忙しいんだ。今日の所はいつも通り、1升あたり800楽でいいよ」

「そうですか! そちらさんもご苦労なさっているのに、いやはやかたじけない」


 虫でも見るかのような目つきからパッとと笑顔に変わったナガレハの顔。するとその表情を見た獣人たちも、まるで蛇の口から逃れたカエルのように、どこかホッとしたような様子で牛車に積んだ水樽をそそくさと降ろし始めたのであった。


「――――いやぁ、本当に助かったよナガレハ! これでしばらくは持ち堪えられそうだ」


 堂狸の者らから水を買い、そして奴らが村を出て行ったことを確認すると、夫婦は安堵した様子でナガレハに礼を云った。しかしナガレハは、これまた出来た男であり。


「いやいや、私は何も」

「またまたご謙遜を!」


 調子をよくした男がナガレハの肩を叩く。すると男の妻は、まるで虫でも潰すかのような強さで男の頭を叩いた。


「何がご謙遜よ。ほんと、アナタもナガレハ様みたいに頼れる人だったら良かったのに」

「そ、そりゃないだろ」

「はぁ。ナガレハ様に嫁いだスイレンが羨ましいわ」

「はん。スイレンさんはお前と違って器量のある女性だからな」

「はぁぁ? 何か言った?」

「ああ、言ったとも。お前は貰われるだけ有難いってな!」

「何ですって!」


 まだナガレハがいるというのに、くだらぬ言い争いを始めてしまう二人。そんな彼らを見ながらナガレハは、不様に引きつった笑みを浮かべて後ずさりをする。


「あ、あはは。それじゃあ二人とも、私はこれで」


 しかし彼の言葉は届かず、くだらない言い合いから始まった夫婦の喧嘩は、更に熱を帯びていったのであった。

 そしてカラクリはというと、依然茂みの中に姿を隠したまま、ただただ父親を眺めながら微笑んでいた。


――お前の父親は、よく出来た男だな。

「うん。わたしとおっ母の自慢なんだ」

――そうか。


 国を治めていた頃は、私を慕う者は終ぞテンメイだけであった。もし、私がナガレハのような男であったのなら、あの夜謀反は起きていなかったのだろう。カラクリように追いかける背があったのならば、私に待ち受けていた結末は、もっと穏やかな物だったのかもしれないな。


「何か言いました?」


――いいや。それより、早く畑に戻った方がいいんじゃないか?


「あっ、そうだった」


 そうしてカラクリは田畑を横切り、あぜ道をのんびりと歩くナガレハよりも先に畑へと戻っては、また仕事の続きに精を出した。

 

 …………しかし、田畑を耕して終わる一日も存外よいものなのだと感じる。もし、これが私に与えられた二度目の人生なのだとしたら、次はこういった喉かさに身を沈めて暮らすのも善いのかもしれない。否、そう思わされるほどに私は、今の生活に満足がいっているのであろう。


 これも、カラクリの心の影響か…………。

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