獣人族の来訪①
「んーっ。よく寝たぁ」
朝の始まりを告げるかのような小鳥のさえずりに心地よさを覚えながら、カラクリは大きく背伸びをする。当然、全ての感覚を共有している私も、身体の好調さに満足していた。若さというのは何と素晴らしきものか。
――それで、今日は何をするんだ?
「今日は畑のお手伝いですよ。昨日はサボっちゃいましたから」
――畑仕事か。農民は大変だな。
「何言ってるんですか。山ン本さまも、今では農民ですよ」
息が漏れてしまう程、真にその通りである。
全く。日がな一日、天守閣でぼうっと過ごしていた日々が恋しい…………。
かくして仕度を済ませて外に出ると、眩しい朝日と冬終わりの心地よい寒さが感覚を刺激した。
「おー、カラクリ、今日はちゃんと手伝ってくれるんだろうな?」
カラクリが農具を持って畑に足を運べば、そこではすでに、少女の父親がせっせと畑を耕していた。
「うん。昨日はあぜ道で寝ちゃってたから」
「ふふ、そうだな。それじゃあ、今日は少しだけキツイ仕事をやろう」
「分かった!」
そう云って頷くカラクリは、華奢な体には似合わない大きな鍬を肩に担いで畑仕事に乗り出した。それから1時間、2時間、いや3時間ほどだろうか。ときおり数十分ほどの休憩を挟んでは、また仕事の続きに勤しむ。欠伸が出る程、なんとも平和な1日だと感じた。
しかしながら、そんな日和も長くは続かなかった。
「カラクリ、少し手を止めなさい」
父親は村の辻を遠く眺めながらカラクリにそう云った。これまで下がることのなかった口角を険しいものにし、どこか声音を重くして。
「どうしたの、おっ父」
尋常とは言えない形相で眺める方向に、カラクリも思わず目を向ける。すると目に見えたのは人だかり。だがそこから楽し気な様子は見られず、なにやら揉めている様だけが窺える。
「おっ父、あれって…………」
「ああ。堂狸族の人たちだ」
堂狸族。確か、獣人族の一種だったな。
人間の村の近くに獣人がいるとは、何とも匂うものだ。この村に掛けられた呪いも、もしかしたら奴らの仕業かもしれないな。
「カラクリ、少しここで待ってなさい」
「えっ、おっ父?」
だが父親はカラクリの言葉を聞かず、先端が3つに割れた農具を手にしたまま、その集団の方へと一直線に歩いて行った。
「ど、どうしよう」
――心配なら、お前も見てきたらどうだ?
「でも、待ってろって言われたし…………」
――親の云う事を素直に聞く年齢でもないだろう?
私がそう云うと、カラクリは少しの間だけ黙り込み、そしてついに意を決したのか、その足を前へと踏み出した。
そうしてカラクリは少し離れた茂みに隠れて集団を覗き見る。すると、狸のように毛深い4人の獣人が二人の男女を取り囲んでいる姿が目に映った。
「す、すみません、いくら何でも、1升で2千楽は高すぎます」
「文句言うな、俺達だって、貴重な水をお前ら人族に分けてやってんだ」
「し、しかし」
「まぁ、お前らが買わなくても、こっちは何の問題も無いけどね」
「さぁどうすんだ、買うのか、買わないのか」
「今買っておかないと、俺たちが次来るのは来月になるかもしれんぞ?」
なるほど。どうやら奴らは、この村に流れているのが泥水なのをいい事に、水を高値で売っているらしい。それにしても1升を2千で売りつけるとはいい商売である。相場は300楽くらいだろうに。
「来月って、そんな」
「ねぇ、買いましょうよ。もう備蓄もないし、仕様が無いわ」
「…………そ、そうか。分かったよ」
妻らしき女にそう云われた男は渋々巾着袋の紐を緩める。その時の堂狸の奴らの顔ときたら、腐肉に群がるウジ虫の様な、なんとも卑しい笑みであった。
「それじゃあ、3斗買うよ」
「3斗だって? おいおい、それじゃあ1日に1升も飲めないぞ?」
「だったらもう少し安くしてくれよ!」
「ぎゃはは! 悪いがそれは出来ねえなぁ」
なんとも虫の居所が悪い話だ。どうやら人間と獣人の関係性は三〇〇年前から変わっていないらしい。まぁ、私には関係のない話だが。




