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少女カラクリ⑤

――私の名を知っておるのか?


「は、はい。たまたま読んだ文献で知っただけですけど」


――そうか。ならば話は早い。

――私は、何者かの妖術、あるいは天賦に討たれ、そして気が付けば、お前の内側に縛られていた。


「私の中に。それっていつからですか?」


――それは分からんが、私はずっと、この身体の中で眠っていたらしい。


「こ、こんな夜中に、怖い話はやめてください!」


 別に怖い話ではないとも思ったが、しかしカラクリにとってはそうでもないようで、彼女はついに頭のてっぺんまでを布団で覆い、小刻みに震え始めた。


「カラクリー、お粥が出来たわよー」

「あっ、うん!」


 しかし母親の声を聞いた瞬間、先ほどまでしがみつくようにして手離さなかった布団を払い除け、彼女はきっちりとした正座を始めた。


「こら。ちゃんと布団に入ってなさい」

「あ、ごめんなさい」


――ごめんなさいと云うのはやめんか。


「え、なぜですか?」


――腑抜けに見えるからだ。


「そ、そんなこと言われましても…………」

「カラクリ、何をぼそぼそ喋ってるの?」

「あ、ううん! なんでもない!」


 両手を使って身振り手振りで取り繕うカラクリだったが、しかし母親は依然として小首をかしげたまま、「まぁいいわ」とだけ云い、湯気が立ち昇る茶碗を盆ごと枕元に置いた。


「わぁ、美味しそう」


 どこまでも澄んでいる冬の青空のような晴れやかさ。そんな心が、少女を通して私にも伝わって来る。

 たかが粥ひとつで、何をそんなに燥いでいるのやら。


「それじゃあ安静にしてるのよ。空いたお茶碗は後で取りに来るからね」

「うん。ありがとう、おっ母」


 そうして母親はカラクリの言葉に微笑むと、静かに立ち上がって部屋を出て行った。


「ふふ」


――粥が好きなのか?


 私が問うと、まるで輝石でも眺めるかのような顔ばせで彼女は云う。


「お粥も好きですけど、やっぱりお米が食べられるのは嬉しいです」


――痩せこけて、形も悪いこの屑米くずまいをか?


 あまりにも愉快だったので笑ってやった。

 米が駄目なのは呪いのせいではあるが、それ以上に、この地の作物に満足するアホな村人どもを、私は馬鹿にしてやったのだ。


 しかしカラクリは…………。


「食べられるだけで、十分ですから」

 

 と、視線を落としてぽつりと零す。


――そうか。


 不憫だとは思わない。微塵も。

 私が幼少の頃は、まともな飯など出なかった。そして耐えきれぬ空腹を満たしてくれたのは、よく土を掘って食べていた蚯蚓みみず

 それに比べれば、カラクリの不幸なぞ贅沢とも云える。


「ぁむ」


 もごもごと粥を口内で溶かす少女。味付けは塩のみであり、米がもつ本来の甘みも感ぜられない。


――これ、美味いか?


「はい!」


 茶碗によそわれた粥は、まるで誰かの食べ残しに見えるほど少ない。

 ゆえに彼女はあっという間に食べきるが、育ち盛りであるカラクリには足りなく、当然ながら私の腹の足しにもならなかった。


「ふぅ。ご馳走様でした」


 茶碗に残った米粒を一つ残らず食べきったカラクリに、私はこう云ってやる。


――まだ、腹は満たされておらぬだろ。


「えっ? わ、分かるんですか?」


――お前と私は一つの身体を共有しておるのだ。ゆえに全て分かる。粥の不味さも、空腹の度合いも。


「…………そうなんですね。不思議な気分ですけど、嫌じゃないです」


――私が内に居ても、不気味ではないのか?


「はい! だって寂しくないじゃないですか」


 不思議な娘だと思った。尋常であれば、この不可解な現象に心が付いていかないだろうに。

 しかしカラクリはそう思っていないらしく、綺麗に手を合わせるとこんな事を云ってくる。


「それに私、思うんです。私の身体が丈夫なのは、山ン本さまの加護があったからなんじゃないかって」


――加護?


「はい。今日まで病に犯されなかったのも。木から落ちても怪我しなかったのも。山ン本さまのお陰だと思うんです。――あ、それと、お料理の最中に指を切ったのに、1日も経たずに治った事があったんですよ!」


――馬鹿馬鹿しい。


 おめでたい少女だと思った。あと二年もすれば十六歳。成人を迎える年頃だと云うのに、中身はまだまだ子供なのである。


 だが同時に、こんなことも考えついてしまう。


 ゲンゲンの婆が云うには、私は事切れる寸前、死にかけのカラクリに命を与えたのだという。

 もし、それが原因で少女の身体が丈夫になったのであれば、私の夢はまだ潰えていないのでは、と。


 なんとも諦めの悪い事に私は、カラクリが寝息を立てるまで、そんなことばかりを考えていた。


 …………否、全てを失ってしまった私は、どこかで目的という慰み物を探しているのかもしれない。

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