少女カラクリ④
「カラクリ」
野太く、されど優しい音を含んだ声が心地よく私の耳から入って来る。
「起きろ、カラクリ」
瞼を開けると、目の前には朱色の空が一杯に広がり、そして視界の端には、日焼けした肌を汗で照りつかせる男が映った。
「…………あ、おっ父」
「こんな所で眠ていたら、風邪ひくぞ」
「あぁ、うん。ごめんなさい」
待て。待て待て待て待て。
身体が云う事を聞かぬ。おまけに言葉も思うように発せぬ!
それに「ごめんさい」だとっ。そんな軟弱な言葉、これまでの人生で一度として口に出したことはないぞ!
「でもあたし、何でこんな所で寝てたんだろ」
「ふふ。寝ぼけてるのか?」
「うーん。分かんない」
しかしこれはどういうことだ。
私は一体、どうなって。
「えっ」
突如、私の視界が勝手に切り替わる。否、それは少女自身がきょろきょろと、まるで誰かを探しているかのように首を振っている故のこと。
酔いそうだ…………。
「どうした?」
「あ、いや、なんか、頭の中から声がして」
「声?」
「うん。知らない男の人の声」
私、ではなく、少女カラクリは父と呼ぶ男の方へ顔を向けながら、その両手で強く耳を塞いだ。そうすれば、彼女の手の温もりが耳を通して伝わって来る。
――――よもや、私の声が聞えておるのか?
と、口に出して云おうとするが、やはり声は出ない。
しかし。
「私の声が聞えておるのか、って言ってる」
「ん? それは…………変だな。一度、ゲンゲン様に診てもらおうか」
「…………うん。どっこも悪くないんだけどなぁ」
間違いなく、少女カラクリには私の声が聞えていた。
それにしても、喋る者が違うだけでこうも声質が変わるとは驚きだ。カラクリが話すときの調子はまるで、川のせせらぎの様に弱弱しい。
「うーん。それでも心配だから、仕事道具を片付けたら、薬を貰いに行こうな」
「分かった」
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あの後、カラクリと父親は薬師ゲンゲンの所へ赴き、再び奴の診察を受けた。
が、あの老婆はやはり「うむ」の二言しか云わず、親子もどこか晴れぬ表情のまま彼女の家を後にしたのだった。
そして今、少女と両親の三人は、山菜と色の悪い白米など、なんとも質素な食卓を囲みながら、その日の出来事について報告し合っている。
「…………で、結局ゲンゲン様は何て?」
「ただの風邪だそうだ」
「これまで一度もひいたことが無いのに?」
「ああ。季節の変わり目だからだろう。ってさ」
男の言葉を聞いた母親がこちらに目を向ける。今朝、同様に私にも向けた、あのなんとも不安げな眼差しで。
「そうとなればカラクリ、今すぐ床へ行きなさい」
「え、でもまだご飯が」
「あとでお粥を持っていくから」
「――――おかゆ?」
嬉しそうな声を出すカラクリ。粥なんぞで喜ぶとは、まだまだ子供である。
「ええ。それも、新米で作ったおかゆよ」
「やった。じゃあ今すぐ寝る!」
そう飛び跳ねては、まだ腹も膨れておらぬと云うのに、風邪の“か”の字も感ぜさせない足取りで居間を飛び出たカラクリ。
「ふふふ。風邪をひいたらしいけど、おっ母があんなに優しくなるのなら、悪い物じゃないかもなぁ」
そして少女は、あの小汚い自室にてへたれた布団を首まで被り、母が作ると云った粥を今か今かと待ちわびる。
――そんなに美味い物でも無かろうに。
「えっ、また…………」
不覚にも言葉を発してしまったが、――しかしいつまでもこのままという訳にもいかないだろう。と、そう思い立って、私はカラクリに話しかけることにした。
――この声が聞えるか?
「は、はい」
首まで掛けた布団を今度は口元まで隠すように持ってくると、少女は小さく返事をした。
――さぞ驚いている事だろうが、それは私も同じだ。
「そもそも、おじさんは、誰なんですか?」
――こ、この私を小父さん呼ばわりか。まあいい。よいかカラクリ。よく聞け。
「は、はい」
――私は、訳あって其方と身体を分け合っておる。名は、山ン本|甚佐三朗。
「サンモト? 山ン本って、あの魔王の事ですか?」
驚くことに、少女カラクリは私の名前を知っておった。
二十歳そこそこの郎女でさえ、不思議な顔をして首を傾げたと云うのに…………。
しかし知っているのなら話は早い。と、私は自身の死にざまについて話すことに決めた。




