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少女カラクリ④

「カラクリ」


 野太く、されど優しい音を含んだ声が心地よく私の耳から入って来る。

 

「起きろ、カラクリ」


 瞼を開けると、目の前には朱色の空が一杯に広がり、そして視界の端には、日焼けした肌を汗で照りつかせる男が映った。


「…………あ、おっ父」

「こんな所で眠ていたら、風邪ひくぞ」

「あぁ、うん。ごめんなさい」


 待て。待て待て待て待て。

 身体が云う事を聞かぬ。おまけに言葉も思うように発せぬ!


 それに「ごめんさい」だとっ。そんな軟弱な言葉、これまでの人生で一度として口に出したことはないぞ!


「でもあたし、何でこんな所で寝てたんだろ」

「ふふ。寝ぼけてるのか?」

「うーん。分かんない」


 しかしこれはどういうことだ。

 私は一体、どうなって。


「えっ」


 突如、私の視界が勝手に切り替わる。否、それは少女自身がきょろきょろと、まるで誰かを探しているかのように首を振っている故のこと。

 酔いそうだ…………。


「どうした?」

「あ、いや、なんか、頭の中から声がして」

「声?」

「うん。知らない男の人の声」


 私、ではなく、少女カラクリは父と呼ぶ男の方へ顔を向けながら、その両手で強く耳を塞いだ。そうすれば、彼女の手の温もりが耳を通して伝わって来る。


――――よもや、私の声が聞えておるのか?


 と、口に出して云おうとするが、やはり声は出ない。

 しかし。


「私の声が聞えておるのか、って言ってる」

「ん? それは…………変だな。一度、ゲンゲン様に診てもらおうか」

「…………うん。どっこも悪くないんだけどなぁ」


 間違いなく、少女カラクリには私の声が聞えていた。

 それにしても、喋る者が違うだけでこうも声質が変わるとは驚きだ。カラクリが話すときの調子はまるで、川のせせらぎの様に弱弱しい。


「うーん。それでも心配だから、仕事道具を片付けたら、薬を貰いに行こうな」

「分かった」


✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀


 あの後、カラクリと父親は薬師ゲンゲンの所へ赴き、再び奴の診察を受けた。

 が、あの老婆はやはり「うむ」の二言しか云わず、親子もどこか晴れぬ表情のまま彼女の家を後にしたのだった。

 

 そして今、少女と両親の三人は、山菜と色の悪い白米など、なんとも質素な食卓を囲みながら、その日の出来事について報告し合っている。


「…………で、結局ゲンゲン様は何て?」

「ただの風邪だそうだ」

「これまで一度もひいたことが無いのに?」

「ああ。季節の変わり目だからだろう。ってさ」


 男の言葉を聞いた母親がこちらに目を向ける。今朝、同様に私にも向けた、あのなんとも不安げな眼差しで。


「そうとなればカラクリ、今すぐとこへ行きなさい」

「え、でもまだご飯が」

「あとでお粥を持っていくから」

「――――おかゆ?」


 嬉しそうな声を出すカラクリ。粥なんぞで喜ぶとは、まだまだ子供である。


「ええ。それも、新米で作ったおかゆよ」

「やった。じゃあ今すぐ寝る!」


 そう飛び跳ねては、まだ腹も膨れておらぬと云うのに、風邪の“か”の字も感ぜさせない足取りで居間を飛び出たカラクリ。

 

「ふふふ。風邪をひいたらしいけど、おっ母があんなに優しくなるのなら、悪い物じゃないかもなぁ」


 そして少女は、あの小汚い自室にてへたれた布団を首まで被り、母が作ると云った粥を今か今かと待ちわびる。

 

――そんなに美味い物でも無かろうに。


「えっ、また…………」


 不覚にも言葉を発してしまったが、――しかしいつまでもこのままという訳にもいかないだろう。と、そう思い立って、私はカラクリに話しかけることにした。


――この声が聞えるか?


「は、はい」

 

 首まで掛けた布団を今度は口元まで隠すように持ってくると、少女は小さく返事をした。


――さぞ驚いている事だろうが、それは私も同じだ。


「そもそも、おじさんは、誰なんですか?」


――こ、この私を小父さん呼ばわりか。まあいい。よいかカラクリ。よく聞け。


「は、はい」


――私は、訳あって其方と身体を分け合っておる。名は、山ン本|甚佐三朗じんざぶろう


「サンモト? 山ン本って、あの魔王の事ですか?」


 驚くことに、少女カラクリは私の名前を知っておった。

 二十歳そこそこの郎女いらつめでさえ、不思議な顔をして首を傾げたと云うのに…………。


 しかし知っているのなら話は早い。と、私は自身の死にざまについて話すことに決めた。

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