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次へと向かう

「お疲れ様です。隊長」

「ああ、ありがとう」


 そろそろ鳥がさえずる頃の朝まだき。

 どこかの国の、どこか田舎の風景。田植えの季節にもかかわらず田園は干からびており、朝だと言うのに、並ぶ家屋からは物音一つすら聞こえない。そんな廃村のとある一棟の中で、女が男に茶飲みを差し出す。


 男は湯気の立つ陶器に口を付けると、音を立てて中身を含んだ。そしてそれを見届けた女は、呼吸を荒くさせて男に問う。


「それで、どうでしたか?」

「んー、なにが?」

「グラウンドゼロですよ。どんな人だったんですか?」


 男は湯呑みと共に出された角砂糖を二つ、コーヒーの中に沈めて女の問いかけに答える。


「少なくとも、JKではなかったな」

「え、あたしより年下ですか?」

「いや、ずっと上だよ」

「おばさん?」

「ありゃお婆ちゃんだな」


 男が何の気もなしに返答すると、女はあからさまに肩を落としてため息を吐く。


「なんだ。友達になれると思ったのに」

「あのな、遊びに来てるんじゃないんだぞ。それに、歳だけで見たらお前もお婆ちゃんだろうが」

「それは言わない」


 10代後半と見られる少女は、声の調子を重くして男の頬を指でつまむ。しかし男はそれに構うことなく話を切り出す。


「ところで、44号はどうなった? アイツ、完全に殺す気満々だったよ。まったく」

「あぁ、ジョアンですか? あの子なら向こうに送りましたよ」


 椅子に腰掛けてコーヒーを啜る男の背後に立ち、少女は両手で彼の頬をつまみながら事の顛末を説明した。すると男は、少しだけ焦りを見せながら言う。


「まさか、43号も帰ったんじゃないだろうな?」

「いや、あの子はこっちに残りました」

「なんだ…………。けど珍しいな。いつも44号の引っ付き虫なくせに」


 そんな男の言葉を聞いて、少女は何か思い出したかのように、手のひらを皿にして握り拳を打ち付ける。


「それが聞いてくださいよ。あたし、泣き腫らしたラスティを慰めようと思ってオレンジジュースをあげたんですよ」

「それで?」

「そしたらあの子、リンゴジュースが良かったって言うんです!」

「何の話だよ」


 要領を得ない女の話を聞いて、男は肺に溜まった酸素を押し出すように息を吐いてコーヒーを飲み干した。そして空になった湯呑みを盆に戻すと、今度は筒状の機器を咥えて黒い煙を呑む。


「それより、次の仕事のパートナーだが……」

「まさか」

「ああ。お前と俺の共同作戦だ」


 喉から黒煙を吐き出しながら男が言うと、少女は口元を緩ませ、その視線を彼の方へと向ける。


「久しぶりですね」

「だな」


 照れを隠す事なく女が笑うと、男も同じ感情を持つものの、それを隠すような笑みを以て女に返した。そして二人は、無骨な意匠の機械に埋もれた部屋の直中で、陽月の地図を広げてそれを見遣った。


「で、どこに行くんですか?」

「この国の西側、カミヅカだ」


❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀


 正体不明の敵と遭遇した二日後の朝。次に向かう国を決めた私たちは、その道中、朝っぱらから続くカラクリの質問攻めにまいっていた。


「カミヅカって、どんな国なんですか?」

「それはもう美しい国です。青々とした草原が広がり、底が見えるほど透き通った海が名所なんです」

「なによ、そんなことも知らなかった訳?」


 結局天命の看病をするため1日だけ豊舞の国に留まった私たちは、今朝方、二度目の別れを告げて王狐の町を出た。今度こそは無事に町を出られるよう、強く祈りながら。しかし一昨日の騒ぎが一体嘘だったかのように、今度の旅立ちは静かに始まった。ちなみに、切断された天命の腕は、有明の天賦によって再び繋がった。


「私、故郷を出た事ないんですよね」

「それはあたしも同じよ。ていうか、国を造るなら地理も勉強しなさいよ」

「えー。勉強は嫌いです。国を作ったら、私はのんびり畑仕事でもしてます」


 国を造ることを目標にしている者が言ったとは思えんような言葉に、私と有明は同時に溜息を吐いた。また天命はと言うと、カラクリの言葉に強く共感したようで、うんうんと首を縦に振る始末である。


「まぁ、そういうのは追々学べば良いことです」

「テンメイ様はカラクリに甘すぎるわ。もっとガツンと言ってやらないと」

「ガツンと、ですか」

「そうよ! あたし達の主人があんなじゃ、国造りどころか、道中で行き倒れるのがオチよ!」

「し、しかし、主に歯向かうのも如何なものかと」


 私に対する忠誠心が誰よりも強かった天命は、どうやらまだ健在のようだ。昔はそれでもよかったのだが、しかしカラクリがあんな風だと、それもそろそろ見直さねばならない――――。何というか、少しだけ気が重い。


「ところで、カミヅカまではどれくらい歩くんですか?」


 人の往来によって森の狭間に出来た小道を歩いていると、どこぞで拾ってきた小枝を振りながら、カラクリがそんなことを問うてきた。


「徒歩ですと、三日ほどでしょうか」

「馬ですと?」

「一日も走れば着きますよ」


 するとカラクリはピタリと足を止め、空を仰いでしばし考え耽る。一つ言えば私と彼女は全て繋がっているため、カラクリがいま何を考えているかは筒抜けだった。


――言わんほうがいいぞ。

「なら有明さん、その脚力で馬を捕まえてきてください」


 彼女のためを思って注告してやったが、時は既に遅かったようで、私がそう言うのと同時に、カラクリのやつも良からぬ考えを既に言葉にしていた。


「馬鹿言ってんじゃないわよ! 二本足が四本足に敵う訳ないでしょ!」

「なら両手も還らせれば……」

「バカバカ! あたしを何だと思ってるのよ!」

「うぅ、でもこのままじゃ本当に倒れちゃいますよ」

「あんたが三日分の食料を食べるからでしょ!」


 雨上がりの森林は息を呑むほど雅である。葉に乗った雫は天道を映し。木霊して聞こえうる鴬のさえずりは、まるで龍笛の奏上でも聞いているかのような心地よさを覚えるほど――――。なのにこやつらときたら。


「あれが三日分!? もう食料ないんですかっ?」

「だから食べ過ぎだって散々言ったでしょうが!」

「あ、有明さん、狩りは得意なんでしたっけ?」

「あたしに獲ってこいと? お断りよ、お断り」

「なんでですかぁ! 一生のお願いですからぁぁ」


 真にやかましい奴らである。このガキ共には果たして、この美しい景色が見えていないのだろうか。豊舞の国を出立し、はや1日も終わろうと言うのに、彼女らの会話、もとい喧嘩じみた遣り取りは、休まるところを知らなかった。


 まあそれはさて置いて、これから向かう国、神津香かみづかは、かつて神々が大社を建造し、そして根付いた国と言い伝えられている。私が陽月の半分以上を占めていた時、戦の勝利を祈願すべく、足しげく通っていた国でもある。久々の来訪だが、昔と変わっていない事を願うばかりだ。


「それより、今日はどこで宿を取るんですか?」


 やうやう日もかしぎ、さんさんと照りついていた日輪が淡い紅色に染まるころ、花楽里は息をぜえぜえにしながら天命に問うた。豊舞を出てから日もすがら歩いていたのだ。私の気力も既に底へ触れているが故に、そろそろ休みたいという彼女の意見には賛成なのである。


「直に村が見えてくる筈なので、今宵はそこの旅籠で休みましょう」

「随分と地理に詳しいのね。テンメイ様は」

「た、確かに。やはり山ン本様に叩き込まれたのですか?」


 人聞きが悪いものだ。私が死んでから300年、天命は明け暮れるまで私を探していたのだと言った。なれば地理に明るいのも当然のことであろう。


「いえいえ。ただひたすら主を探して飛び回っていれば、自ずと陽月の全貌も覚えましょうて」

「なるほど。しかしまあ、300年間主を探し続けるなんて、よほど好きだったのね」

「ええ。共に育った私から言えば、まさに兄上の様な存在でしたから」


 ただ前だけを見据えて歩みを進めながら、天命は何の恥ずかしげもなくそう云った。果たして、花楽里の中に私が居て、それを一体に聞いている事を、奴は忘れているのではないだろうか。


「へぇー。それより、いま向かっている村は、何か美味しいものがあったりするんですか?」


 そして花楽里は、彼の話に一切の興味を示さず、頭の中をただ食い物の事で一杯にしていた。まあ、今の話を深堀されても困るのだが。


「そうですねぇ。近くに海があるので、海鮮が美味かと思われます」

「海鮮っ? わたし、海の魚は初めて食べます!」

「マジで? 千久宕ちくごにも海はあるでしょ?」

「私の村は山に囲われていましたから。あ、でも川の魚は食べてましたよ」

「ふうん。ま、海も川も味は変わらないわよ」

「そ、そんな風に言わないでくださいよ」


 などと、軸も持たない会話を続け乍ら歩いていると、ようやく作り事が姿を現し始めた。そしてそこから暫く歩くと、今度は村の全貌が見えてくる。何棟も家々が佇んでいるが、いずれも葦葺屋根の表面は絹の様に滑らかで、細かく手を入れているのか、樫の壁には一切の風化が見受けられない。よほど豊かな村と見える。


「綺麗な村ですねー」

「ほんと。王狐の村より幾らか小さいけど、綺麗さで言えば、こっちも負けてないわ」


 あまりに整った村の景色に彼女らは息を呑むが、しかしこれだけ裕福な村ともなると、その住人は恐らく獣人であろう。今の時代、人間だけでここまで営めることが出来るのかと聞かれたら、正直に無理と答えられるからだ。どうやら、この村で夜をうちすぐるのは諦めた方がよさそうだ。


「おや。アンタ達、旅人かい?」


 しかし私たちの前に姿を見せたのは、質の高い召し物に身を包んだ、どこか商人風の人間だった。そして男は、私達を見るや否や、手に持った扇子をパタリと閉じて、その顔に屈託のない笑みを作った。


「ようこそようこそ! 湯編ゆあみ村へ!」

「御仁、早速で悪いが、この村の宿を教えてくれぬか?」


 人の姿に化けた天命が細身の男にそうやって問うと、男からは笑顔が散り失せ、今度は訝しむ様なしかめっ面を見せ、加えて小首を傾げてこう云う。


「はて、お客さん、もしやこの村は初めてで?」

「ええ。外から見ることはあっても、なにぶん足を踏み入れるのは初めてなもので」

「なぁるほど。早乙女を二人連れているから、勘違いをしておりました。失敬失敬」


 大辻に人は見えず、どこか閑散とした村ではあるが、まるで今も商談をしているかのように振舞っていた筈の男は、天命の言葉を聞くや、感情を無にした呆け面に変わった。


「して、宿はいずこか」

「旦那、この村は、全部が宿でありんすよ」

「全部が?」

「ええ。そろそろ開店時間なんで、じっくり回って見てくだせえ。それじゃ、あっしは準備があるので、これで」


 そう云って男は、最後にその視線を私達に向けると、目の笑わない笑みを微かに浮かべて、どこか上機嫌にこの場を立ち去った。端から最後まで何とも妙な男であった。


「なんだか、不気味な男だったわね」

「え? ご飯――じゃなくて、何がですか?」

「アンタは気を使わないから、楽でいいわ。さ、とっとと宿を探しましょ」


 眉を伸ばし、呆れたと云わんばかりに溜め息を吐いた有明は、私達を置き去りにして一人で村へと入っていく。そして彼女の皮肉に気付かない花楽里は、苦笑いを浮かべる天命に顔を向け、「私、褒められたんでしょうか?」と、あごを指で挟んで考え耽るのであった。


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