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天から堕ちた頂点

「あ、あぁ、あっ」


 寒さに耐えるように震えだすナツメ。先ほどまでいきり立っていた彼女は尾は、今では生気を失くした蛇のように項垂れ、さらにピンと立っていた筈の両耳は、まるで怯えているかのように畳まれていた。そしてその目はまさに、獅子に怯える兎のようにつぶらであった。


「さっきの素早さといい、お前はさっさと殺しといた方がリスクヘッジになるかもな。ったく、面倒増やしやがって」


 男は再び刀を生み出すと、死にかけた羽虫でも見るかのような目つきをもって、小さく蹲ったナツメの首元に刃を添えた。


「ひょっひょっひょ」

「あ?」


 斯くして男が高く刃先を振り上げた時、一人の老婆が男とナツメの間に割り入った、というよりも、二人の間を素通りしようとしたところ、ふと足を止めたと言った方が正しい。そして、どこからともなく現れたその老婆には、山ン本と花楽里も目を大きくさせた。


「ゲンゲンっ?」

「うむ」

「何をしてる、お前の出る幕じゃないぞ!」

「ううむ」


 背の丸まった齢90を超えていそうな老婆の登場に、Tシャツの男までもが呆気にとられる。


「おい婆さん。ここはゲートボール会場じゃないぞ。どっか行ってくれ」

「お、おぉ、テツオかい?」

「はぁ?」

「お前、仕事もせずにこんな所で何しとるんじゃ」


 迎えの天使に腕を引っ張られてはいるが、それでも何とかこの世に縋っているかのようなよぼよぼの老人に、男はただ困惑した表情だけを浮かばせる。


「おい、俺はテツオじゃないし、今は仕事中だっての」

「なんじゃと! 昼はまだ食べとらんと言っておるじゃろ」

「…………そんなこと言ってないよ」


 話の通じない老婆に耐えかねて、男はその顔を山ン本の方へと向けると、眉根を八の字にしては、彼女を指しながら助けを求めるように言う。


「なあ、このご隠居、お前らの知り合いか? 危ないだろ」

「いや、そ奴は」

「まあ何でもいいから、早くどかし――――」


 そうして男が目を逸らした時、歳相応とは言えないような正拳突きを、ゲンゲンは男の腹に目掛けて打ち放った。


「でぇッ!」

「全く、親不孝者め。少しは反省せんか」


 とても老婆が放ったとは思えないような拳は、男を建物の壁へと打ち付けると、そのままその壁すらも原材料に還すほど粉々に砕いてしまった。当然、そんな様を見せつけられては、山ン本もただ息を呑むことしか出来なかった。


「ただの婆ではないと思ってはいたが、まさかこれほどとは……」

「少しは見直したか?」


 ゲンゲンはピースサインを作ってけらけらと笑うが、山ン本の内心は穏やかではなかった。これまで吐いて来た悪態を鑑み、果たして自分が誰に向かって口を利いていたのか。それを改めて思い返しては冷や汗を流していた。


「おいおい。なんだよ今のパンチはよぉ!」

「ひょひょひょ。頑丈よのお。若いのお」

「おい婆さん、だまし討ちは反則だろ、クソ!」

「口が悪いぞテツオ、ますますトミコさんに似てきたのぉ」

「だから誰だよさっきから!」


 男は衣服にこびり付いた土ぼこりを掃いながら、壁を微塵にするほどの衝撃であったにもかかわらず、左程のダメージも受けていないのかすんなりと立ち上がる。


「あーもう、面倒ばっか増えやがって。今日は定時で帰れると思ったのに」


 ぶつくさと愚痴をこぼしながら、男は乱れた髪を整えて、落とした刀を拾い上げる。だがその顔は、まさに悦ばしいと言わんばかりの笑みであった。――――しかし、ゲンゲンが次に放った言葉には、その緩んだ表情も一変する。


「向こうの世界にか?」


 男は目を丸くさせると、今度は目つきを鋭くさせて問う。


「何もんだ」

「しがない老婆さね」

「茶化すな。こっちは絶賛残業中なんだ。真面目に答えろ」

「ワシに勝てたら、答えてやろう」


 男は頭を落とすと、やれやれと深くため息を吐く。だが、刀を強く握り締め、今にも駆け出さんと全身に力を溜めている事は明白だった。


「面倒だけど、楽しいねえ」


 ――――アビリティ【頂点捕食者エイペックスプレデター】発動


 再び男の頭から零れる電流。先ほど、ナツメの戦意を喪失させた異能。それはまさしく、捕食者を目の前にした草食動物の如し心にさせるアビリティである。だがゲンゲンは。


「何かしたか?」


 そう言っては、けろっとした表情で頭を掻く。これには男も汗を流し、口を離した風船のように溜めた力を抜く。


「何だお前」

「ひょひょ。簡単に言えば、頂点かのう」

「馬鹿な…………いや、まさか」


 男は汗を拭い、それでもどこか嬉しそうな笑みを表情に写しポケットを弄る。そして取り出した白い機器を眺めてはその目を往復させた。


「グラウンドゼロか?」

「なんじゃそれは」


 彼女が首を傾げると、男も同じく小首をかしげる。しかし何やらタブレット状の機器を操作すると、眉間に寄ったシワも徐々に伸びてゆき。


「間違いない。お前が、龍野たつの一二三ひふみだな。嬉しいサプライズは、間違いなくあったって訳だ」


 これまで全てを見透かしているかのように振舞っていたゲンゲンではあったが、しかしその言葉には、彼女もただ黙るのみであった。伸び放題の眉から覗く片目を、ただ真っ赤に怪しく輝かせて。

 

「人違いじゃろ」

「いや、データに間違いはない。志動明光学園で検出された異常な数値。今確かめて分かったが、お前の身体からは、似たような波長が発せられている」


 そう言って男が見せる機械には、小さなメーターが幾つも表示されており、そしてそのどれもが、赤よりも赤い赤色で、エラーの文字を光らせていた。


「お前のお陰で、俺達はこの世界を見つけることが出来た。まさに俺たちを救う、希望をな」

「お前らは、世界を自由に行き来できるのか?」

「言ったはずだ。お前のお陰だと」

 

 男の言葉を聞いたゲンゲンの口元は、小さく緩み始めた。まるで彼女自身も希望を見つけたかのように、男の笑みと同じものを、その表面に写したのである。


「お、御ひい様?」


 だがナツメの声を聞くや、ゲンゲンは首を振って表情を引き締める。その心内に何を抱いたのか、それは誰にも知る由はない。


「悪いが、あんたと戦うつもりはない。今日は退散させていただくよ」


 男はラスティを抱え上げると、片手を挙げてどこかに合図を送るような仕草を見せてそう言った。しかしゲンゲンはそれを止めようとはせず、ただ沈黙を貫いたまま、男を見過ごした。


 そうして男の身体は足元から消え始め、まるで天命が使う神通力のように、その姿を一瞬にして消したのだった。


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