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どん底から産まれた頂点

「おねっ、お姉ちゃんッ!」


 山ン本が刀を引き抜くと、ジョアンは糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。そして、そんな彼女の元に駆け寄ったラスティは、常に涙目だった両目を一層腫らして彼女に寄り添う。


「ごめんねラスティ…………あとは、お願い」

「い、いい、嫌だよ。ラ、ラスティ、もっと今のお姉ちゃんと居たいよ」

「大丈夫。次の私もきっと、あなたを愛する」


 自身のために涙を落とす少女の頬に手を添えて、ジョアンは力強く歯を零した。苦痛に歪んだ表情ではあるものの、それは何とも安らかな笑みでもあった――――。そうして彼女の言葉に頷いたラスティは、その手には余る少し大きめなナイフを懐から取り出す。


「次はお前だ。童」


 その様子を目の当たりにした山ン本は、少女から敵意を見出して刀を差し向ける。だが少女は、その刃先をおもむろにジョアンの首元に添え、あろうことか、まだ息のある彼女の頭をその身体から切り離した。


「大将首は渡さないつもりか?」

「そ、そんなんじゃない。お姉ちゃんは、またボクの所に還って来るんだから」

「何を云ってる」


 切断したジョアンの頭を両腕で抱えて、ラスティは山ン本に目角を立てる。絶えない涙と共に、青白い電流をバチバチとその内から溢れさせながら。


「おぉ、お前だけは絶対に、許さない」


 ――――アビリティ【精神統御オープンアップユアハート】発動


「勘弁してくれ」


 冷たい汗を一つ流し、疲れ切った表情を浮かべながら彼は呟いた。もはや残された体力も少なく、天賦を使用するだけの体力も無いが故に。だがしかし、ラスティが放った異能は、まるで雨上がりの薫風のように静かで、一見すれば何も変わっていないように見受けられた。


「ボ、ボクじゃお前は殺せないから、仲間を作った」


 突如、一人の王狐が彼に向かって剥きだした爪を振り下ろした。しかし幾ら疲弊しきったとは言えど、それくらいの殺気は容易に察知でき、まるで病に蝕まれたかのように重い体ではあるが、山ン本はそれをいとも簡単に躱してみせた。そして同時に、その肝を冷やす。


「な、なんなんだこれ! なんで俺は…………っ」

「は?」


 今しがた山ン本に仕掛けられた不意討ちには、確かなる殺気が込められていた。だが当の王狐はというと、果たして自身に何が起きているのか分かっていない様子であった。それ故に彼らの内にて募るのは、確信へと至るほどの確証――――。一か月前、花楽里が村を出ることとなったそもそもの理由。そしてラスティこそが、花楽里から母を奪った梟雄きょうゆうなのではないか、と。


「だ、誰か! これを止めてくれ!」

「体が、あたしの身体がっ」

「いやっ、嫌ァッ、どうなってるのよ!」


 人々の阿鼻叫喚がひしめく町並みは一転し、まさしく泥梨ないりの如し風景へと豹変した。だがカラクリの村で起きた事象と違う点は、一切の殺意がただ一点に向けられているということ。数に直せば数百人。だが山ン本は小さく嗤う。


「まさかそちらから出向いて来るとは思わなんだ。探す手間が省けて善かったなぁ、花楽里」


 内に居る彼女に対し山ン本はそう言ったが、しかしカラクリはこう返す。――あの人たちは何も悪くない。だから絶対に傷つけないで――と、彼女らしい丁寧な口調で。


「なんと優しき心か。お前のそういう所は、嫌いじゃない」


 しかし現状を打開するような解決策を、山ン本は持ち合わせていなかった。今や天賦も禄に使えず、ましてや疲れ果てた小さな身体では、何をどうしようと、それ以外の方法での対処は困難であった。そして、それは山ン本もカラクリも承知のこと。故に見出した最適解は…………。


「時間との戦いになる。集中しろよ」


 この状況下で導き出した解。それは、術者本人を討ち取り、王狐族を蝕む異常を解消させるというもの。二人はこの短時間でそれを思いつき、そして共有し合っていた。言葉は交わさずともその思考は既に統一されているため、議論する余地も無く。


「【刻参こくまいり】」


 時を歪める天賦の数ある内の一つであり、それは常に一定の速度で流れる時間を鈍足にさせる術。そして、既に限界が近く、一秒たりとも静止させることが出来ない山ン本が唯一使用できる最後の術でもあった。


 王狐族がまさに亀の様な足取りで迫る中、術の影響を受けない山ン本は平常の流れに身を任せてラスティへと歩を進める。すでに切れかけている集中力を途切らせぬよう、ふらつく意識を確かに留め乍ら――――。そして遂に、山ン本は元凶であるラスティに向けて刀を振り上げた。


「思う所は幾つもあるが、痛みは感じぬよう逝かせてやる」


 そう言って物打ちを陽光に照りつかせた時、彼の右足に一円玉ほどの穿孔が開けられる。


「…………なにっ」


 足元から崩れ落ちる山ン本は、絶えず流れ続ける血液を押しとどめながら辺りを見回す。が、しかし、彼の目に映るは、さながらゾンビの様に項垂れる王狐族ばかりであり、他の襲撃者らしき人物は終ぞ見つけられない。だが襲撃者は、確かにそこにいた。


「おやおやおや。嬉しいサプライズを期待して来てみれば、どうやら手一杯のご様子だな」


 動きを止めた王狐族の群衆から一つの声。低く、すこし擦れたハスキーだが、その声音はどこか楽し気な物であり、そしてその声は、砂利を踏みしだく足音とともに彼らへと近づいていく。


「まあいい。俺たちは何時でも、“楽しむ”がモットーだろ?」


 そんな男の声は、山ン本のほんの耳元から囁かれた。だが声の持ち主は、どこにも見当たらない。しかしすぐ目と鼻の先に居ることは、沈む土と浮き出た影によって山ン本も理解していた。故に彼は透明に語り掛ける。


「姿を見せたらどうだ」

「あれ。見えてない……?」


 少しばかり焦りが混じった声が無から湧き出る。だが次の瞬間、何もなかった筈の虚空が歪み始め、それは次第に人の形を形成し、その足元から色を付け始める。


「申し遅れた。俺の名前は――いや、名前はいいか。とにかく、会えてよかったよ」


 くうから姿を現した男。年齢は30ほどであり、綺麗に整った黒い短髪が好印象を残す青年。しかし彼が身に纏う服装は着物などではなく、短パンにTシャツと、夏の始まりを意識したかのようなラフさだった。そして当然、山ン本はその男に見覚えが無く。


「誰だ」

「うーん。無理もないか。なんせ俺たちは、宇宙人だからな」

「宇宙だと?」

「いやいやいや。冗談だよジョーダン」


 そう言って軽い笑みを浮かべながら、男は埃でも掃うかのように山ン本の肩を何度か叩く。そして膝に手を着いて立ち上がると、彼もジョアンやラスティと同じように、どこからともなく刀を生み出す。


「まあ、すこしアプローチはミスったが、とにかく、これで問題解決(ケースクローズ)だ」


 男は山ン本を目掛けて刀を振り上げた。その表情を一切変える事も無く、まさしく事務的な手際で。


「山ン本様ッ!」


 ジョアンに腕を斬られた天命が、神通力を使って山ン本の身体を風に変え始める。が、男はそれ以上の速さで刀を振り下ろした――――。そうして彼の首は断たれたものかとも思われたが、しかし刀の邁進は、その肌に触れるよりも前に防がれた。


「おっと?」

「無防備な女子を斬ろうとは、笑止千万だな」


 男の斬撃を食い止めたのは、ゲンゲンの付き人であるナツメだった。そうしてすまし顔で登場したナツメだったが、彼女は次、その凛とした表情を一変させ。


「しまった。御ひい様から禁じられていたのにっ」


 男の刀を弾いた後、ナツメはわたわたと狼狽え始める。しかし彼女のお陰で山ン本が助かったことに違いはなく、九死に一生を得た彼は二日酔いのような足取りで立ち上がるとこう言った。


「ナツメだったか?」

「ひぇっ、は、はい!」

「すまぬ。助かったぞ」


 背から声を掛けられたナツメは、ぐるぐると考えを巡らせていたが故に、山ン本の声に肩をすくませた。だが次にはもう、子犬の様に縮こまった体を和ませて返事をする。


「いえ、私は当然のことをしたまでですので」

「そうか」


 そして二人のやり取りを三歩引いたところで眺めていたTシャツの男は、それとなく嬉しそうなため息を吐きながら、変わることの無い調子で言う。


「いいねえ。中身はおっさんだけど、可愛い女の子が二人。まさに異世界転生だな。なぁ、43号」

「えっ、あ、その」


 ジョアンの首を抱えながら涙ぐんでいたラスティだったが、不意に男から視線を向けられたことで言葉を詰まらせた。だが男は、そんな彼女に対し、ジョアンとまではいかないが、にんまりと笑顔を作って何度も頷く。


「だよなぁ。って、今はそれどころじゃないか。早いとこ44号をDRLに入れないとな」

「う、うん」

「という訳なんで、お先に失礼させてもらう」


 男は手に持った刀を塵にして、楽し気な笑みはそのままに山ン本らへ背中を見せた。だが当然、正体不明の襲撃者をみすみす見逃すはずもなく、ナツメは男に対して刀を向ける。


「逃がしはせぬぞ」


 ナツメは有明と同様に足を獣に還らせ、地面を深く抉って駆けだした。しかしナツメのそれは、有明とは比較にならないほどの速度だった。


 しかし男は、それを目で追った。


「おいおい。楽しいお遊戯会は終わったんだよ」


 ――――アビリティ【頂点捕食者エイペックスプレデター】発動


 ナツメがその速度のままに気斬りかかった時、男は嘆息と共に呟いた。その頭から、青白い電流を弾けさせながら。そして刹那、まるで電池を抜かれたブリキ玩具のように、ナツメの猛進はぴたりと止まる。

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