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ママは教えてくれた

 その決闘を面白がって観戦に来た王狐族に囲まれながら、山ン本は蒼いドレスを身に纏った異国風の女と対峙した。女の身長はカラクリよりも数十センチほど高く、ただの斬り合いであれば、カラクリ達に利がない事は明白である。


「いざじんじょーにぃ!」


 ジョアンは顔の横で剣を構えて笑う。だがやはり型は滅茶苦茶なもので、その馬鹿にするかのような言動に、山ン本はただ眉をひそめる。


「まずは腕一本だ」

「なんだってー? カッコつけすぎてて声が出てない……」


 刹那、ジョアンの左腕が円を描くように宙を舞った。くるくると、切断面から赤黒い液体を撒き散らしながら。


「お姉ちゃんッ!」

「あえぇ、もっと楽しく出来ないの?」


 ラスティは飛んだジョアンの腕を抱えて彼女の元へと駆け寄った。そしてジョアンは断たれた腕を庇うことなく、笑みが消えた顔で舌を打つ。


「ようやく、気持ちの悪い笑顔が消えたな」

「ひっどー! 女の子に向かってそんなこと言うっ? ねーラスティ」

「うん。あいつやっぱり悪い友達」

「じゃーあ、お姉ちゃんが今すぐぶっ殺してあげるからねー」

「うん!」


 冷めた表情で姉妹らしき2人の会話を眺めていた山ン本だったが、ここでジョアンが彼に対してこんな事を言う。


「ねー、私の腕斬ったんだからさァ、何か一つ面白い話でもちょーだいよ」

「は?」

「だってさホラ、右腕が無くなっちゃって打つ手が無くなったんだもん。少しくらいは気の利いた一言を…………」


 ジョアンは言葉を途切れさせると、どこかハッとしたように碧い両眼を見開いた。そして口を抑え、肩を震わせる。


「うっ、腕が斬られて、打つ手がないってさ。うぷ。ふふっふ。ぎゃっひひひひひひッ!」

「何が面白い」

「ひーっ。お腹が捩れちゃう! あはははッ!」


 肘から下を切断されたジョアンではあったが、しかしそんな痛みすら、彼女はものともせずに馬鹿笑いをする。まるで笑顔でいることが、悪魔をも寄せ付けないまじないであるかのように。


「ア゛ッ八八八八八ッ! つまんねえお前に教えてやるよ! 笑顔がどれだけ強いかってのをッ」


――――アビリティ【笑う門には福来るスマイルネバールーズ】発動


 世界に向けて中指を突き立てた時、ジョアンの頭部から青白い電光が音を立てて流れ出た。そしてそれは奇しくも、獣人シノベエの事象と酷似していた。


「やはり、人の身でありながら天賦が使えるのか」

「てんぷらー? 美味しいよねー。キキキキっ」


 ジョアンの異能を知り得ない山ン本は、その不透明さに警戒心を持ち、早々に片をつけんと天賦を使用した。そして静止した時間の中ではあるものの、早急にジョアンの首を刎ね飛ばそうと刀を振り下ろす――――が。


「斬れぬ……っ」

「はっはー。あらゆる衝撃に対し一瞬で硬化するナノマシン。なーんて」


 時の流れが正常に戻り、欠けた刀を握りしめたまま立ち尽くす山ン本を見て、ジョアンの口角はにっと吊り上がった。それはまさしく、勝利を確信した笑み。


「あはは。悪いけどここで死んでどうぞ」


 軽口を叩き続ける彼女とは裏腹に、山ン本はただひたすらに口をつぐんだ。成す術が無くなった故ではなく、静かに勝ちへの算段を組み立てるがために。


「あっはは! なにボケっとしちゃってんのさ!」

「【天花吹雪】」


 自身の強靭を武器にして猛進を始めるジョアンに対し、山ン本は先ず動きを止めるべく天賦を使用した。一切の攻撃を受け付けない体であろうと、概念を捻じ曲げるほどの天賦には到底敵わない事を彼らは知っている。


「【枯芒時かれすすき】」


 マネキンのように佇むジョアンの額に手を重ね、山ン本は異なる術を重ねて彼女に仕掛けた。それは、森羅万象に内在する寿命を押し縮める天賦。今の山ン本にとっては体力の消費が激しい術ではあるが、それでも彼は早々の決着に踏み出たのである。


「刀で傷は作れずとも、内側からなら防ぎようあるまい」


 ジョアンの異能は、笑う事によって細胞を飛躍的に活性化させ、外部からの攻撃、或いは病や毒などといった内部からの崩壊をも無力化させるものである。しかし唯一、無敵を誇る彼女の能力でも賄えきれないものが老化であった。…………だが、それすらも。


「…………なんだと?」

「うははは。急速な老化。確かに私のアビリティにとっては弱点だなぁ」


 山ン本によって命の限界を迎えたはずのジョアンだったが、しかし彼女の外見は一切の変化を見せなかった。それ故に歪むのは山ン本の表情。


「不死身か、貴様」

「あー。それは正しくもあるが、間違いでもあるのだよ。貴公」


 ジョアンはドレスのポケットをまさぐりながら不敵な笑みを零す。そうして窮屈そうに取り出したのは、銀食器のように光沢のある棒状の物体。ジョアンはそれを咥えると、さながら煙草のように筒の中身を呑んだ。


「私たちの身体は隷属してるのさ。息も詰まるような荒んだ世界にね」


 灰色の煙を空に向けて吐き出しながら言うものの、一体にその顔には笑みが見えなかった。だが、次にはもう、頭一つ抜き出た端整を緩ませて。


「なーんて、いじらしいこと言っちゃった」

「お、お姉ちゃん。もう保持剤が…………」

「あれ、最後の一本だった?」

「う、うん」


 ラスティの弱弱しい面もちを眺めながらも、ジョアンはその顔を笑みで埋めて少女の頭を撫でまわす。まさに泣き子をあやす母親のように。


「じゃあ、負けられないね」

「んま、まだ、たた、戦うの?」


 少女の目角に滲む涙を拭き取り、ジョアンは表情を綻ばせた。それは張り付けたようなものではなく、心の底から溢れる感情。


「大丈夫。笑顔スマイル絶対ネバー負けなルーズいから」


 そうして彼女は銀の筒を放り、その笑みのまま再び山ン本に相対する。


「さあて、第二ラウンドへと参りましょうか」

「薄っぺらい愛情劇は終わったか?」

「あははっ。いいねー、その情に疎い感じ。私の嫌いな奴に似てるよ。お前」

「安心しろ。私はさておいて、花楽里は誰よりも優しい奴ぞ」

「あっそ。じゃあソイツを出せよ。楽だから」


 初手は愚直に駆けだしたジョアンだったが、次は山ン本の動向を見定めるように一定の距離を保ったままだった。そしてそれを見かねた山ン本は今度、自ら彼女の方へ悠悠と歩みを進める。


「ふふ。怖いのか、私が」

「あっはははは! ダサいってその感じ。斜に構えてるとモテないよー」

「減らぬ口だ」


 山ン本は再度天賦を使用し、先ずは時を制止させた。だが度重なる発動によって、残された時間も微々たるものとなっていた。故に思いついた策は、ジョアンが発動させたアビリティの効果時間を終わらせる事。


「【枯芒時】」


 果たして術を仕掛けると、山ン本に残された時間も底を尽き、時の流れが正常に戻る。だが天賦は使用できずとも、今や豆腐のように柔くなったジョアンの身体は、いともたやすく彼の刀をその身に受け入れた。


「最期の言葉を聞こう」


 抱きしめるようにして剣先を突き刺したまま、山ン本はジョアンの耳元で囁いた。同様に絶え絶えな彼女の吐息を耳に感じながら。


「あ゛はッ……は……はっ。近いうちに、また会お」


 もはや生命維持など出来ない程の重傷を受けたというのに、ジョアンは、血反吐の混ざった湿り気のある笑い声と共にそう言った。最後の言葉でもあり、次に繋がるかのような意味を含んだ言葉を。

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