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欠伸が出るほどの1日

「カラクリ、あんた本気マジで言ってるわけ?」


 先ほどの口上を誰よりも近い所で聞いたアリアケが、しかし口元を歪ませる野次馬とは違って、真っ直ぐと私に目を向けながら聞いて来た。


「ああ。種族の壁など存在しない国を造る。それが私達の野望だ」

「ほんと不思議な奴ね、アンタって」

「何を云ってる。お前を含めての私達だぞ」

「はぁっ? 何であたしも含まれてんのよ!」

「簡単な理由だ。お前が欲しい」

「なっ」


 この陽月に、治癒の天賦を持つ者などアリアケのほかに居るのかも分からん。それ故に私はそんなことを口走ったのだが。


「あ、あたし、女の子には興味が無くって、あ、いや、アンタの事が嫌いっていう訳じゃないんだけど」


 小便でも我慢しているようにもじもじと頬を染めるアリアケ。何を勘違いしているのか見当もつかんが、しかしどうやら、今は説明している時間がないらしい。


「ヤ、ヤナギ様だ!」

「み、皆の者、こうべを垂れよ!」

「控えおろう! 控えおろう!」


 門の奥から大勢の官吏やら侍女やらを連れて現れた王狐おうこ族の男。そして民衆や武士たちは、派手に着飾ったその男を目の当たりにした途端、一斉に頭を下げ始めた。


「おでましか」


――さ、山ン本さま、頭さげなくていいんですか?


「俺の首はそんなに安くない」


 アリアケでさえも甲斐甲斐しく頭を下げる中、唯一私だけが欠伸をしている現状を不味いと思ったのだろう、不安げな声風で花楽里からくりはそう聞いて来た。


「なんの騒ぎか思って来てみたが、なにゆえ我が屋敷の門口に人族がおるのじゃ」


 花楽里と大して歳も変わらぬ弱冠の男児だが、纏う着物は貴人らしい煌びやかさであり、そしてかつての大名でも真似たのか、手に余るほどの笏を持って、嫌味たらしく家臣に問う。


「申し訳ございません。ただちに武官の者に切り捨てさせまする」

「うむ。そうしろ」


 傍らに立つ年寄りが頭を下げてそう云うと、ヤナギはくるりと屋敷のほうへ振り返る。そして、老いた狐の侍従はアキナシに視線を降ろして。


「さぁ、ヤナギ、汚らしい欠け人共を切り捨てろ」


 と云う。だがアキナシは下げた頭を持ち上げ、こわごわと老人の顔色を窺いながら口をまごつかせた。 


「は、はい。…………しかし」

「しかし何だ。たかだか武官のお前が、大老のワシに口答えする気か?」

「い、いえっ。決してそのようなつもりでは」

「では奴を斬れ」


 アキナシが既に敗れている事を知らない白毛の老人は、私達の方には一切目もくれずそう云った。どうやら奴らの高尚な目に人間は映らないらしい。


「一万石の領地を治めると云うからどんな奴かと思ったが、ただのガキとは笑わせる」


 ざわつく群衆。だが今、私が放った言葉によって、遂に老人も私たちの方へと目を向けた。


「何か言ったか、欠け人よ」

「ああ。まともな世継ぎを作れず、あんなガキに当主を任せるこの家に失望したと云ったのだ」

「――――山ン本どの!」


 アキナシが汗だくの顔を向け、今の言葉を取り消せ、とでも云うかのように首を振る。それに加えアリアケさえも。


「カラクリ、あの人は前の大名様に仕えた武将様よっ」

「しかし今となっては老いた狐であろう?」

「ちょっとっ。いくら何でも馬鹿すぎるって!」


 機嫌でも取るように不格好な笑みを見せながら老人の顔色を窺ったアリアケは、今度、私の方へと視線を戻してそう云った。しかしそんな物では腹の虫も収まらないようで、狐の老人は周りの家臣どもを押し退け前に出る。


「知らぬようだな。百人斬りと言われたワシの恐ろしさを」

「ふむ。なれば俺は幾人斬りだろうか」

「ほっほっほ! 口のでかい奴だ。これまでに斬って来た欠け人を思い出す。昔の血が騒ぐわ」


 腰に差した二振りの刀を抜き出して、ゆらりゆらりと歩み寄って来る翁。確かに、佇まいから見れば強者のようだが、しかし私の心は躍らなかった――――。。過去の武勲にしがみつく奴ほど、なんと詰まらないものか。


「どうせ、女子供だけであろう? 丁度、今の俺の様なな」

「そうだな。今だから言えるが、自分より弱い者をいたぶるのは面白いものだ」

「はっ。とことん相容れぬようだ」

 

 互いに相手の首を落とせる間合い。

 私は心地よさを覚えた。いつの時代も、一刀に命を乗せるこの瞬間のたまらなさに。

 だが、どうにも奴は左様に思っていないようで。


「【手華死参てがしまいり】」

「おいおいっ」


 突如、私の身体は目に見えない何かによって縛り付けられた。まるで、大蛇に飲み込まれたような閉鎖感が私を襲う。


「真剣の決闘で天賦とは、無粋な真似をするものだ」

「笑止。人族の小娘と斬り合うなど、王狐の名が廃れるわ」


 その言葉に沸きあがる観衆。どうやら悪者は私で、正義は奴の方にあるらしい。


「遺憾千万だな」

「ふん。最期の言葉はそれだけか?」

「はっはっは。ここでそれを云うとは、もう勝ったつもりでおるのか?」

「どこまでも解せん奴。さっさと死に曝せ!」


 振り上げられた奴の白刃が今、私たちの首元に目掛けて振り下ろされる。


「嫌ッ、カラクリッ!」


 薄ら笑みを浮かべる人々。そして私の元へ駆け寄ろうとするアリアケと、この最期を見届けようと涙を浮かべるアキナシ。全くよく見えるものだ。


「ッち。固い縛りだなぁ」

――解けますか?


 画のように静止した空間のなか、私と花楽里は掛けられた束縛から抜け出そうと身を捩らせていた。


――わたし、縄抜けなら得意ですよ。

「うるさい。黙って見てろ」


 未熟な花楽里の身体では、天賦の有効時間は数十秒ほど。

 私は最初の三秒で奴の天賦から抜け出すつもりだったが、そう考えたのも少し前の事であり、もう左程の時間も残ってはいなかった。


――山ン本さまっ、早く早く!

「うるさいと云っているっ!」


 竹の上を水と共に流れてくる素麺のように、花楽里の焦りがとめどなく私の心に入り込んでくる。そうすれば自ずと体が強張り、思うように力が出せなくなる。

 なんと不便な体か!


「くそくそくそ!」

――何やってるんですかもうっ。

「お前が黙らんからだ!」


 そうして私が怒鳴った刹那、堰き止めていた時間が再び流れ出した。

 

 目前に迫る一筋の閃光。まさかこんな所で死ぬとも思わんが、しかし残された時間もいささかである


「【枯芒時かれすすき】」


 機会が無かったため暫くやっていなかったが、それでも身体は憶えているもので、私は感覚のままに天賦を行使した。


「なんだと!?」

「はっ――はぁッ――――ははっ!」

「なぜ逃れられたっ?」

「知らんのか? 術にも寿命があるんだよ」


 私の天賦は流れを止めるだけではなく、雨が降れば濁流となる河のように、触れた物の刻の流れを速めることも可能なのである。――まあ、疲れるからあまりやりたくはないのだが。


「たったいま俺がやったのは、お前に掛けられた術の劣化を早めただけにすぎない」

「欠け人のお前が…………天賦を使うのか」

「何も不思議な事ではないだろう? 事実、アリアケも天恵に浴す者ではないか」

「よもや貴様の血にも、何か混じっておるのか」

「ご名答。他にも色々と混ざっているがな」


――色々って、わたしの事ですか?


 不機嫌な調子で声が聞えてくる。肯定したいところだが、それをすればもっと五月蠅くなると思って、私は言葉を腹に沈めた。


「さぁ、見せてやろう。現世うつしよの頂きに立つ者の天賦を」


 そうしてたじろぐ老将に笑みを見せ、私が再び天賦を披露してやろうと息巻いた時だった。


「サン……ト様…………ぁぁぁッ」


 随分と遠い所から、私の名を呼ぶ野太い声が木霊してきた。すると、この戦の結末を目の当たりにしようと集まっていた野次馬どもが騒めきだす。おまけにアリアケまでも。


「こっ、この声って…………」

「はー。天命め、また戦の邪魔をしにき――――っ」

「山ン本様あぁぁぁぁぁッ!」


 凄まじい速さで駆けてきた天命が、その速度のまま私たちに飛びついて来た。無論、私達を守るべくして執った行動なのだが、いかんせんその巨躯でそれをされたら倒れる訳で。


「お怪我はッ、お怪我はござりませぬかッ!」

「ぅぐっ、はなれ……ろッ!」


 何千枚にも重なった布団を押し退けるかのように、私は涙を浮かべる天命を押し返す。


「お前、何で来たんだ。あれだけ戦の邪魔はするなと云ったはずだぞ!」

「し、しかしっ、わたくしは山ン本様が心配で心配でっ」

「分ったから離れんか! お前のせいで怪我をするだろ!」


 十尺もある巨漢が、十四の少女の膝元にしがみついてすすり泣く。なんと無様な有様かとも呆れるが、しかし善い所に来たものだ。と、私はほくそ笑む。


「おいアリアケ。よもや欠け人を二匹も連れてくるとは、後で罰が必要なようだな」

「えっ、えっと…………あの、あたしはっ」

「おいおい老いぼれッ!」


 アリアケの目じりから零れる泪が吹き飛ぶほどの声量で私は叫んだ。そうすれば言わずもがな、この場のあまねく視線は私たちに向けられ。


「貴様! ゴウドウ様に向かって、何という口の利き方かッ!」

「引っ込め人間ッ!」

「そんな奴さっさと切り捨てちまってくださいよぉ!」


 聞くに堪えない罵詈雑言も、ここまでくると腹から笑い声が出て来そうなほど気持ちの善いものである――――。そして肝心の老将はと云えば、額に手をあて嘆息を吐きつくし、憐れむ様な眼差しをこちらに向けてくる。


「何ゆえお前らには、礼儀というものが備わっておらんのか」

「悪いなぁ、あいにく半端者の欠け人なんでねぇ。礼儀だの作法だのは知らんのだ」

「ふん。良く分かっているではないか」

「ああ。それ故に思うがまま国を平らげ、故に意のままに戦場いくさばを支配し、故に、万妖ばんようの魔王と呼ばれ恐れられてきた」


 目一杯に手を伸ばし、遥か高い天命の肩に手を添える。そして、暑苦しい彼の狩衣を力一杯に引っぺがし、その上半身を露わにさせた。


「お、おい。あの入れ墨って」

「あっ、あぁ。あの家紋は、間違いない」

「まさか…………山ン本家の末裔か」


 うなじより少し下に彫られた家紋。百鬼にのぼる妖どもと、そして頭目であった父の首を刎ねて奪い取ったもの――――。それを見せれば武士共は一体顔色を悪くさせ、戦国史に疎い民衆の中にも、この紋に慄く者が居るほどだった。


 そして当然、彼らよりも歳を重ねている老将は。


「だ、抱き楓が羽の、蝶紋だと?」

「ああ。このアリアケは俺が貰い受け、これより山ン本の系譜に名を連ねる者とする」

「ふっ、っふふふ。ふっはっはははははッ」


 目を覆い、天を仰ぐようにしてシワだらけの顔を綻ばせる老将ゴウドウ。何がおかしくて嗤っているのか凡その察しはつくが、――ここは少し口をつぐんで聞いてやろう――と、私は腹の虫を収める。


「はっはっはッ。馬鹿馬鹿しい。かの山ン本公は領民の一揆によって没している。主を失った残党とは片腹痛し」

「それで?」

「所詮貴様は、山ン本公の名を語るだけの若輩者という事だ。どうやって今日まで生き永らえて来たかは知らんが、どうせ役人どもに色目でも使ってきたのだろう?」


――なんですかこの人、本当に失礼ですっ!


 カラクリの云う通り、全く侮蔑的な言葉である。あの戦火の中を生きたこの私が、こうも格下の雑魚に罵られるとは笑い種にもならん。


「そうか。ならば見せてやろう。この身体でそうやって生き延びてきたのかを」

「おう、是非とも見せてくれ。もっとも人間の雌になど興味は無いが」


 天賦の多用で体に疲労がたまっている。恐らく時を止められるのは数秒ほどだろう。だが、それだけあれば事は足る。


「【天花吹時】」


――何秒ですか?


「ざっと四秒ってところだろう」


――なら十分ですね! 殺さない程度に痛めつけてやってください!


 時間が流れていないとはいえ、真に呑気なものである。本当ならここで代わってやりたいが、しかし時間もない。そうして私は奴の刀を奪い、壁のように佇む男の腹に何発か峰うちを入れてやった。非力な少女の打突だが、幾らかは効くだろう。

 

「ふぐッ」

「ギャハハハッ! どうした小童ァ!」


 外れた理が正常に戻った時、ゴウドウは膝から崩れ落ちて血反吐を吐いた。その様子から見るに、恐らく折れた骨が内臓に突き刺さったのだろう。


「なっ、何を…………した」

「あぁぁッ? 聞こえねえなぁ! さっきまでの威勢はどうしたんだよドサンピン!」

「馬鹿な…………たった一瞬の内に…………こ、ここ、ここまでっ」


 擦れた息に乗った微弱な声。まるで鳴かぬ鴬でも見ているような心持であるが、しかし愉快なことこの上ない。 


「ふっはは。これで分かったか?」

「…………あぁ、あり得ぬぅぅぅ。っくそ」


 斯くして、ついに痛みに耐えかねたのか、ゴウドウは私たちを睨み上げたまま、その意識を落としてしまった。なんとも詰まらぬ戦であった。


「ゴウドウ様ッ!」

「おいアリアケ! 今すぐゴウドウ様を治療して差し上げろ!」

「え、あたし?」

「お前しかおらんだろ! さっさとしないか欠け人めッ」 


 何人かの兵士に急かされるアリアケだったが、されど一人の男が言い放った言葉を聞いて、アリアケはその複雑な視線を私へと向ける。


「お前の好きにしろ。俺はどちらでも構わん」

「…………え、ぁっと」

「案ずるな。如何様な結果になろうと、俺が守ってやる」


 彼女に安心感を与えてやるべく、私は僅かな笑みを見せてそう云った。

 するとアリアケの表情にも次第に自信が募ってゆき、そして次に彼女は、腹いっぱいに空気を溜めこんでこう叫ぶ。


「だっ、誰が治してやるもんですか!」

「なんだと貴様ッ! 半獣の分際で、我らに楯突こうと言うのか!」

「うるさいうるさい! これまで散々こき使ってきた癖に、見返りらしい見返りは全く無かった! もう沢山なのよッ」


 アリアケの目じりには涙が滲むが、しかし哀の感情ではない。その正体は、長年の呪縛から解放されたという悦から来るもの。私が父親を殺した際にも、同じものが流れ出たことを憶えている。


「はッははははは! 気に入ったぞ有明アリアケ! ますますお前が欲しくなった!」


 私は王狐の群衆の前で彼女の肩を抱き寄せ、この女は誰にも渡さんという意思表明を見せつけてやる。


「いいか手前ら! 今日からこの女に山ン本の姓を与える。如何なる者も無礼を働くことは許さん」 


 完璧な静寂の中、私の声だけが山びこして聞こえてくる。百姓であるカラクリに苗字を与えた事が、よほど驚きだったのだろう。


「ま、待たんか!」


 しかしこの事実に、異議を唱える者が一人いた。

 声の方へ視線を向けると、大名ヤナギがこちらに笏を向けて立っているのが目に映った。


「そ、そ奴はちんの物であるぞ! 勝手に持っていくなど朕が許さん!」

「あ?」

「その女は朕の物だと言ったのだ! この――――っ」

「この、なんだ? その後に続く言葉は命を賭して選べよ小僧」


 まだ声変わりもしていないヤナギは、私の言葉を聞いて押し黙る。そして次に何を云ってくるのか、それを静かに待っていると。


「か、家畜をやる! それか他の女!」


 そんな事を私に提案してきた。呆れて物も云えぬ。まだ子供ゆえに仕方ないことなのだろうが、しかし私は、年下に命令されるのが一番嫌いだ。


「おい小僧」

「な、なんだ?」


 私はヤナギの元まで歩いてゆき、そして僅かに背の低い彼を見下ろして云ってやる。


「――――ぇぐッ!」


 言葉の筈が、思わず手を出してしまった。しかし相手は子供でも、今の私も子供なのである。道徳的には問題なかろう。


「民草はお前の所有物ではない。その心を改めよ」


 かく云う私も、人の事を云えたものではないが。


「それに、有明を手放したくないのなら、お前自身が俺に向かってこんか」


 恐らく初めての痛みに困惑しているのだろう。ヤナギは私の言葉を聞くことなく、まさに童らしく泣きじゃくった。


「まぁ精々がんばれ」


 そうして、花楽里カラクリの言葉から始まったこの一件は、こんな感じで幕を降ろすこととなった。


 しかし、よくよく考えてみれば、ほとんど私だけが働いていたような気がする。言い出しっぺの花楽里は最初からその腹積もりだったのか気になるところだが、まあ久々に心ゆくまで楽しめたので善しとしよう…………。

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