少女カラクリ②
「何と浅ましい村か」
外国から連れられた奴隷ですら、もっとマトモな暮らしをしているぞ。
そう思えるほど、カラクリの村は貧しい。
痩せこけた村人に、淀んだ川。しばらく雨も降っていないのか、田畑に潤いは足りず、かの老人薬師のような色あせ具合である。
「おい、そこの郎女」
ちょうど目の前を通りがかった、粗末な着物に身を包む女に声を掛けた。すると女は、目下の隈すら邪魔にならぬほどの笑みを見せながら。
「どうしたの、カラクリちゃん?」
と、返して来た。
――しまった、こやつもカラクリとやらの見知りであったか。
私は咄嗟に頭を抱え、この状況に言い訳を立てる。
「軽い病で朦朧として分からぬ。ここは、どこぞだったか?」
「えぇ、大丈夫なの? ここは千久宕の国だけど」
「千久宕だとッ」
肩をすくみ上がらせ、目をまん丸にする女。しかし私も、同じような表情を浮かべているに違いない。
「……び、ビックリするなぁもう。急に大声出して」
「ゆ、許せ」
しかし千久宕の国と言えば、牟蔵より遥か西方の国。陽月でも最西端の小国ぞ。何ゆえ私は、そんな辺鄙な国なんぞにおるのか…………。
「もう一つ、訪ねても善いか?」
「ん? なに?」
「牟蔵の国は、どうなった?」
私がテンメイと共に作り上げた国。領主である私が没したのち、我が領土が如何様な顛末を迎えたのか分からず、背に手が届かぬような、歯がゆい思いが募っていた。
故に私は女に問うた。いくら小国の田舎娘だろうが、陽月の半分以上を占めている大国を、知らぬはずがない。
「むさし…………?」
しかし女は小首をかしげた。
「そうだ、その牟蔵だ。どうなったのだ?」
「んー。残念だけど、分かんないなぁ」
「嘘を申すなっ、泣く子も黙る大魔王、山ン本甚佐武朗が治めておった国ぞ!」
「さんもと…………誰って?」
「…………な」
何という事だ。陽月全土を震え上がらせた私の名が、廃れておるだと。
一体、私の死からどれ程の月日が流れたと云うのか。
「い、今は、甲楼17年であるな?」
「甲楼って。今は閑台4年だよ。しっかりしてよねカラクリちゃん。――ほら、お水でも飲んで落ち着いて」
「…………かたじけない」
私は手渡された竹水筒に口を付ける前に、もう一つの懐疑を晴らすべく問う。
「して甲楼は、今から何年前の元号か?」
「んー。正しくは分からないけど、ざっと300年前くらいじゃないかしら」
「――――ッぶふ!」
「ちょ、ちょっと! 貴重なお水なんだから、吐かないでよ!」
「げほッ。さ、300年前!?」
女は私から水筒を奪うと、いそいそと中身の心配をしながら言葉を返してくる。
「そうだよ! もうっ、本当にどうしちゃったのっ? 言葉遣いも変だし!」
――――馬鹿な。そんな筈があるわけない。私が死んだのは300年前だと?
浦島太郎じゃあるまいし、そんな馬鹿な話があるか!
「ひょっひょっ」
「あ、ゲンゲン様」
ここで聞こえてきたのは乾いた笑い。今にも死にそうな、喉に潤いが無いかのような干からびた声。
女が名を呼び、そして駆けていく方へ目を見やれば、そこにはあの老人薬師が、身の丈ほどの杖を持って立っていた。
「ゲンゲン様聞いてください。カラクリちゃんが熱に侵されて変になっちゃったんです」
「うむ!」
「え、もう診たですって?」
「うむ」
「ゆえに心配はいらないと?」
「うぅむ」
「さ、左様ですか。それなら安心なんですけど」
なぜか会話が成立している二人に、私は自身の耳を疑った。
だが女は会話の後、その面もちに明るさを取り戻し、
「それじゃあ私は仕事があるから行くけど、カラクリちゃんは安静にしてるんだよ」
と、大きく手を振りながら去っていった。
「一体、どうなっておるのだ」
しかし私はというと、女が去った後も田畑のあぜ道に腰を据えて、深く思考に囚われ続けていた。
何が一体どうなって、私は千久宕の国なんぞに居るのか。ましてや、カラクリとかいう少女の身体に取り付いて。
…………答えを求めて頭を回したが、それでも考えれば考える程、謎は深まってゆくばかりであった。