出合って見え!
「士のクセに、女の様な顔立ちをしておるな」
「なんだと」
「刀を振るのではなく、遊郭で男どもに酒を振る舞った方が善いのではないか?」
心から出た言葉ではない。これは奴を挑発するための罠。
「もう一度申してみよ」
「私にそういう趣味は無いが、しかしお前のような奴なら抱けんこともないぞ」
丸い目と凹凸の少ない顔型を目立たせぬよう、せめて髪形だけでも短くしているといった様子を見るに、あ奴にはこういう言葉が一番効くだろう。
「――――殺すッ!」
ほら来た。
「かッはははッ! 悪くない太刀筋だッ!」
「今しがたの言葉、後悔するなよ!」
腰の鞘から放たれた目にも留まらぬ一刀。
身体を引いて躱したものの、しかし僅かに遅かったか、私達の毛先が落ち葉のように空を舞う。
「いいぞ獣人。天賦を使うのが惜しいほどだ」
「笑わせるな。人間のお前に天賦なぞ使えるか」
「左様か?」
一切のためらいも無く命を討たんと繰り出される連撃。上から下へ、下から突きへと刀が跳ねあがる――――。つり上がった口角が戻らない。真に惜しい戦いだ。まるで、可惜夜に浮かぶ月の如し。
「身の程を弁えろ、欠け人めッ!」
あろうことか男は、今の私の心を知ってか知らずか、そんなことを口走って来た。
駄目だ駄目だ、そんな言葉は。これではせっかくの熱が冷めてしまう。何と、詰まらん呪いであるか――――。嗚呼、興が冷めた。
「そうか。ならばお前は何だ。人を狩る獣か? それとも誉ある士か?」
「なんだと?」
「【天花吹時】」
堰き止めた時間の中で、奴の刀をへし折ってその首元に刃を突きつける。そして術を解いた刹那、男は呆気にとられたような顔で目を開く。
「ッな!?」
「如何様な死に方をしたい? 獣らしく皮を剥がされるか、士らしく首を落とされるか。私はどちらでも構わんぞ」
「…………な、なんだ今のは」
男は尻をつきて、命とも云える刀を地に落とし、虚しい金属音を鳴り響かせる。対して私は、そんな彼の喉元に鉾先を押し付けて云う。
「さあ、選りすぐれ」
さて次はどうする。土下座をして命を乞うか、それともこの場から逃げ出すか――――。などと、私は頭に思い浮かべた。此奴が次に見せる羞恥を楽しみに。しかし男は。
「殺せ」
「なんと?」
「お、俺は士だ。命乞いなどせぬ」
寒さに凍えるような声であったが、それでも真っ直ぐ私の視線に重ねながら男は云う。腐っても武士道は捨てぬか。気に入った。
「心得た。なれば最期の言葉をお聞かせ願う」
私が物打ちを天にかざすと、照りつく日輪が眼玉に光る。
その乱反射に自らの死を見出した狐の士は、日暮れの様な美しさをもって、何とも潔くその首を私に差し出した。
「想う夢は叶わなかったが、それでも思い断つのが武士の務め」
私たちを取り囲んでいた武士どもは、この一騎討が始まってそして終わりまで、皆が皆、彼を想って叫んでいた。それは今この瞬間も同じである。それなのに、誰一人として私を止めようとはしないのは、きっとこの男がそう教え込んでいた故だろう。
そして戦の最中、こいつの部下が何度も声高に呼ぶお陰で、私もこいつの名前を覚えてしまった。
「アキナシと云ったな。手前の最期は、私が語り継いでやる」
私がそう云うと、彼は見開いた両目をそっと閉じて、そして震える声で。
「…………かたじけない」
「悔いは無いか?」
「語るに及ばず」
そうして私は、掲げた刀をその首目掛けて振り下ろした。そしてその一瞬、武士たちは涙を呑み、アリアケは短い悲鳴と共に目を逸らす。
「あッはっはっはっはっはッ!」
全く、まるでこの世の終わりを迎えるかのような顔ばせである。
「戯けどもめ。余興はこれで終わりだ」
「なんだと。まさか情けを掛けるつもりか?」
戦乱の世は終わったのだ。ならば大将首に価値があるとも思えん。ここでアキナシの首を取ったところで、花楽里が登る階の踏み面にすらならん。
「馬鹿を云え。私は士にも武士にも非ず。かける情も持っておらんわ」
呆気にとられる武士ども。こんな小娘にここまで云われたら、そういう顔も納得できる。
「なんと…………」
そして、自らの目の前で空振った刀を眺めながら、汗だくのアキナシはどっと息を吐いて呟いた。安心したのか、それともあ然としているのか、どちらともとれる表情を作りながら。
「ただ、まだお前の様な士が居ることに安心したぞ」
「は、はは。女子である御手前に言われたのに、不思議と嬉しいものだな」
淀みのない心から溢れる笑み。そんな顔を見せれば、アキナシの表情にも和やかさが浮かぶ。
「詫びさせてくれ。其処許を侮辱してしまったことを」
「善いだろう。ただし、ヤナギとかいう大名に会わせてくれたらな」
依然として膝を正すアキナシに手を差し伸べ、私はそう云った。だが侍とは呼んで字の如く、自らの主を敵に会わせるなど言語道断なわけであり、私の要求に黙り込むアキナシに、周りの雑兵共は情けない面構えでと視線を送る。
「さぁどうする」
全員が固唾を呑んで見守る中、彼は、この場を取り繕う事が出来ないのを悔やむ様な顔をしながら、私を見上げて問うてくる。
「其処許は、ヤナギ様を、討ち取りに参られたのか?」
「……おいおい。私たちを刺客か何かと思っておるのか?」
「違うというのか?」
「はぁぁ。全く。先に斬りかかって来たのはお前らだろうに」
人間だからと云って最初から話を聞かなかったこいつらは、どうやら私たちを暗殺者か何かと勘違いしていたらしい。
「お、おい。ハナサク、オイシゲ、お前らは確かに曲者と言ったよな?」
アキナシは門番を務めていた二人の男に目を向け、自らの認識と彼らの認識に齟齬が生じていないか確認する。だが、鋭い目つきと共に差し向けられた言葉に対し、二人の守門は。
「い、いや、曲者と言ったのはハナサクの方でして…………」
「はぁ!? お前が最初に号令したんやろうが!」
「なんやと!」
「なんだやんのかテメェ!」
こんな調子で取っ組み合いを始めてしまう始末である。
そして、私達を誰かの回し者と勘違いしていた事に気付いたアキナシは、眉間にしわを寄せて目を泳がせた。
「…………ただの、思い違いだったのか?」
「そう云うことだ」
国中の空気を吸い込んだかのように長い溜め息を吐いたアキナシは、両手を地につけて、ついぞ強張っていた身体から力を抜いた。
「なんと詫び申せばよいか…………」
「とにかく、私達は大名に話をしに来ただけだ。さっさと会わせろ」
「相分かった。ヤナギ様には話を通すが、しかし人族の其処許らに会うかどうか…………」
するとここで、一連の流れを物陰から覗いていたアリアケが姿を現す。そして彼女の姿に気付いたアキナシは、汗を一つ伝わせて声を荒らげる。
「アリアケっ? なんでお前がここに」
「いや……最初からいたけど」
端から睨みを利かせながら出て来たアキナシは、どうやらアリアケがこの場に立ち会っていたことにも気付いていなかったらしく、申し訳なさそうに笑う彼女を見て目を丸くした。そしてそれは他の兵たちも同じであり。
「アリアケじゃねーか」
「なんでアイツがここにいるんだ」
「時間的に、お世話の仕事だろう」
と云うように、アキナシ同様、驚きを隠せないといった様を見せる。
「とういう事は、この少女はお前の連れだったのか?」
「あははぁ。うんまあ、そうなるかなぁ」
彼女の言葉を聞いて断固たる確信を得たアキナシは、重ねて深い溜め息を吐いた。
「其処許、名を教えてくれぬか?」
「俺の名をか?」
「ああ。大名様の元には通す。だがその前に、謝りたいのだ。この非礼を」
見た目は二十歳といったところ。となれば中身は四十くらいか。それでも良く出来た男である。名前くらいなら教えてやってもいいのかもしれない。
「私の名は山ン…………」
まて。私の名前は何だ。
山ン本か、あるいは燈日か。否、今の私がこの名を述べることに何の意味がある。
花楽里の奴は国を造ると私に云った。だとすれば、今ここで名乗るべき名は。
――山ン本さま。
ぐるぐると思考を巡らせている私だったが、ここで花楽里の声が頭の中から聞こえてきた。
――ここはどうか、お好きに名乗ってください。
そうか。お前がそう云うのであれば、遠慮はしない。
「其処許…………?」
「どうしたのよカラクリ。急に黙り込んで」
花楽里との会話を終えた私の頭は、意外にもサッパリとして晴れやかなものになっていた。
国を造るのが花楽里の所願であるならば、それは私にとっての夢にも成り得るのだろう。ならば今ここで名乗るべきは。
「口上を聞きて天然に留めよ。我が名は山ン本甚佐武朗。あるいは花楽里と申す。いずれこの陽月を治むることとなる天津帝の名だ」
――――この時、齢十五にも満たぬ少女の名乗りに、武士たちは笑いを堪えた。あまつさえ、いつの間にか集まっていた見物人でさえも。しかしただ二人、その少女が心に目指す、決して身の丈には合わぬ分不相応な野望でも、それが深く刻み込まれた者が居ることも、また事実であった。




