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だから私は

 ゲンゲン達を村の外まで見送った私たちは、ことごとく冷える夕空の下を歩きながらしめやかに語り合っていた。


――村が恋しいか?

「そうですね。でも、久しぶりにゲンゲン様の顔が見れて安心しました」

――あの様子だと、村の者たちも元気そうだな。

「はい。それも含めて安心したのかもしれません」

――そうか。お前は強いな。

「ふふ。急にどうしたんですか」

――何でもない。


 思えば、私達が一人きりになるのは久しぶりであった。村を出てからはずっと天命が傍におった。そして今では、アリアケやあの村の人間ども。こうして静かに話す機会など、そうそう無かったのだ。かといって、別に積もる話があるわけでもないが。


「でも、山ン本さまが居てくれて良かったです」

――当たり前だ。


 カラクリが村を出てから、私が彼女にしてやれたことは少ない。一つ挙げるとすれば、こいつの話相手をしてやったくらいのものだ。だがそれでも、カラクリは私にそう云った。感慨深いものだ。この私が、誰かに必要とされているとは。


「ねえ、山ン本さま」

――なんだ。

「山河の国でおっ父に会えたら、今度は国を造ろうと思うんです」


 まだ肌寒い季節の朱色に染まった空。早苗で埋め尽くされた水田の向こうでは、役目を終えた天道がこちらに背を向けている。誰もが身体を休めるその時間だが、しかしカラクリだけは、今にも消えそうな種火ではあるが、その内側で確かに火を宿した。


「ずっと考えていたんです。人間も獣人も妖も、隣の人を怖がることなく暮らせる国があったらな。なんて」

――私が産まれた時代から、人間は蔑まれていたのだぞ。

「分かってます。そんなのは夢物語なんてことも。でも、素敵じゃないですか? 朝起きたら、皆が朝市で買い物していて。町のごはん屋さんでは、誰もが楽しそうに会話している。そんな光景が」


 カラクリの思い描く情景が、雪崩のように頭の中に流れ込んでくる。

 戦にしか関心が無かった私の心に、冬の様な冷ややかさしか残らなかった私の内側に、果まで届く様な日差しが差し込んできた様な、そんな快さ。


 母は私に燈日ともしびという名を授けてくれた。父は一度としてこの名を口に出すことはしなかったが、それでも私は、己の名を放念することは決してしなかった。顔も知らぬ愛すべき人の為に――――。けれど、与えられた意味の通りに生きることは難しかった。


 だが、いま眼前にて広がっているこの道を、たとえ一人分の幅しか無いこの道でも、花楽里からくりと共に歩んで行けるのだとしたら、或いは。


「だから私、国を造ろうと思うんです」


 穏やかな道程ではない。彼女の云う国とは、牟蔵むさしとは形も中身もまるで異なるのだから。しかし、いくら茨が茂る道であろうと、先人のいない獣道だろうと、そういった試練の只中に足を踏み出すことにはもう、慣れている。


――私はお前の傀儡でしかない。何をどうするかはお前の勝手だが、でもまぁ、お前の行く手を阻むものを、私が排除してやってもいい。


「はい。お手伝い、よろしくお願いします」


 二度目の生が与えられた意味。どれだけ考えても分からなかったが、それを今、年端も行かぬ小娘に示された。私の生きる理由というものを。


❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀✿✿✿✿✿✿


 昼下がりの心地よい晴天の下。仕事のため王狐のまちを歩いて大名屋敷へと向かうアリアケは、小鴨のようにぴったりと後ろに付く花楽里に向かって深いため息を吐いた。


「で、これは何よ」

「ですから、アリアケさんを助けるための作戦です!」


 花楽里が“国を造る”と豪語した日の翌日。アリアケが昼頃に起床し、そして自らの務めを遂行すべく市へ行こうとした時である。花楽里は何を思ったのか、彼女にこう云ったのだ。


【アリアケさん! 今日でお仕事を辞めましょう!】


 いつもと変わらない硝子の様な眼差しと、臆することなく取ったアリアケの手を握り締めて。

 当然の如く、アリアケもその言葉には首を傾げる訳であり。


【ずっとそうなんだろうとは思ってたけど、やっぱりアンタ馬鹿なんじゃないの】

【な、何でですか!】

【仕事を辞めたところで、あたしが救われる訳ないでしょ】


 これは村の者らから聞いた話なのだが、アリアケが王狐の大名に仕える訳は、毎月のように課せられる眩暈がするほどの年貢を、少しでも減して村人の負担を軽くする為らしい。

 

 しかし、人間というだけで馬鹿みたいに搾取されるこの村の現状を、花楽里は善く思わなかったのだ。


【そ、それはそうですけどっ、とにかくこんなのは可笑しい訳で、私は絶対に許せません!】

【はいはい。じゃあ期待してるわね】


 その時のアリアケはきっと、花楽里が本気に云っているとは思ってもいなかったのだろう。

 だが昨日の今日ということで、花楽里の心は今も激しく燃え滾っていた。つまり彼女は、本気なのである。


「あたしを助けたいってのは分かったけど、まさかお屋敷にまで付いて来るつもりじゃないでしょうね」

「勿論そのつもりです!」


 馬耳東風な花楽里には最早なにを云っても無駄だと感付いたのか、アリアケはついに諦め、首を後ろに倒して空へと向かって長嘆息を漏らす。


「はぁぁぁ。分かった分かった。でも門の前までよ」

「はい。構いません!」


 私は花楽里の心が読み取れるが故に、その言葉が嘘だという事も知っていた。

 何をするつもりなのかまでは分からんが…………。


「はい。それじゃあお見送りご苦労様」


 二人の守門が立つ、まるで家のように巨大な門の前で、アリアケは顔周りをしつこく飛び回る羽虫を振り払うように言い捨てる。しかし花楽里は。


「頼もーうッ!」

「ちょ、ちょっとアンタッ、一体何やってんのよッ!」

「あれ、門を叩く時って、こう言うんじゃありませんでしたっけ?」

「そう言うこと言ってんじゃないのよ!」


 私ですら肝が冷えるほどの素っ頓狂な行いに、アリアケは愚か暇そうに欠伸をしていた守門までも、さながら寝耳を水を差されたかのように飛び跳ねた。


「ななな、なんじゃ!?」

「お、お前ら、一体何をやってるんだッ」

「あ、あの、えっと」


 犬が西を向けば尾は東を向くように、当然ながら私たちは兵どもに長槍を向けられる羽目に。そして、こうなることを想像していなかったのか、アリアケは槍の鉾先に両手を挙げて慌てふためく。


「あ、あああのっ、この子ちょっと頭がおかしくって」

「黙れアリアケ。ヤナギ様の屋敷に人間を連れてくるとは、どういう腹積もりか」

「ちょっと魔が差しただけよね、ねっ、カラクリ」

「えっ、いや、私は大名様に用事が」


 花楽里の為に槍の正面に立ったのであろうアリアケの、その気苦労を知ってか知らずか、花楽里は間抜けにも真の心を彼らに教えた。そうすればアリアケの肘が私たちを突くが、しかし時は既に遅く…………。


「おい、今なんと言った」

「お前の様な奴が、ヤナギ様に用向きだと?」

「ですから、そう言ってるじゃないですか!」


 自らの尾を追う駄犬を見るような眼差しをこちらに向ける兵士たちに、花楽里は声を大にして言い返した。

 だが、彼女が必死になればなるほど、奴らの口元は綻んでゆき。


「ぎゃっはははははッ! 馬鹿を言うな、ヤナギ様が薄汚い人間なんぞに会うものか!」

「欠け人が易々と拝めるほど、領主様のお顔は低級じゃないんだよ」

「分ったらとっとと消えな! 汚らしい人族の雌共が」


 その言葉には、獣人共の傲慢さが詰まっているように聞こえた。

 私が陽月の半分を治めていた頃はまだそれなりの地位があったはずだが、しかし悲しいかな、もはや人間は家畜以下の存在という訳らしい。


「ほら、だから付いて来るなって言ったでしょ?」


 タガが外れたように馬鹿笑いをして見せる狐共を横目に、耳を畳んだアリアケは声を落として私たちにそう囁いた――――。しかしながら、その言葉に返事をするのは花楽里でなく。


「花楽里は頑固な奴ゆえ、幾ら云おうが無駄な事だ」

「…………え?」


 気付けば私は舞台に立っていた。こういった馬鹿どもを躾けるのは私の役目とでも思っていたのか、彼女は自ずと私を舞台にせり上げたのだ。


「全く。存外、人使いが荒い奴だ」

「カラクリ、アンタまた性格が変わって…………」

「おい獣ども。この俺をとっとと大名の所へ案内しろ」

「は?」

「こいつ、急に何だ?」


 流石に鍛えられた感性、あるいは獣の勘という奴か、奴らはいち早く私の気配を掴み取り、その鉾先に確かな殺気を込める。


「この俺に真向かうつもりかぁ? ドサンピン」

「お、おいッ!」

「分かってるッ。分かってるが、俺達ではどうしようも…………ッ」

「なんだなんだ? よもや怖気づいてるのか?」

「くそっ」


 いくら待っても向かって来ない王狐どもに、分かりやすい挑発を仕掛けてやったが、どうやら斯様な焚き付けには息を吹き込まないらしい。良く練り上げられた兵士である。


「でッ、出合え出合えッ!」

「曲者だッ!」


 そして分が悪いと悟ったのか、構えた槍はそのままに、奴らは大門の向こう側へと強く咆哮する。さすれば、まるでごきかぶりのようにわらわらと湧き出てくる兵士共。


「ちょ、ちょっと、どうするのよコレ!」

「きっひひひひッ。善きかな、興が乗って来た」

「言ってる場合じゃないでしょ!」


 刀。槍。火縄。それぞれが持つ武器はばらばらだが、しかし揃いも揃ってつわものばかりである。中には修羅場をくぐった者もいるらしく、まともな面構えをしたさむらいも見えた。


「貴様、人間の身分でこの織木屋敷に攻め入るとは、いい度胸をしておるな」

「ふむ。そうかそうか、御手前がこの隊の頭目か」


 総勢二十ほどの武士もののふの中、唯一人だけ得物を構えず、上等そうな着物に身を包む男の獣人。 風も通れぬような緊張した空気が張り詰める場であるが、それでも落ち着いた口調で話す短髪の男に、私の心は恥ずかしながら高揚してしまった。

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