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彼方からの襲撃

【山ン本様ッ!】

【なんだ】

【謀反です! 領民が武器を持ち、この城を囲っております!】


 圧政を強いたつもりは無かった。

 私の興味は戦にしかなく、自らの国をどこまで大きく出来るか、ただそれだけにしか関心を向けていなかった――――。何ゆえ民草が刃を向ける。

 だが、これもまた戦が生んだ一興。敵が領民だろうと、自らの兵だろうと、その首を刈るだけだ。


【栓の無い奴らだ】


 そうして立ち上がった時、全身に奔る衝撃と熱。私の身体を貫いた何かは、城下から射られた矢なぞではない。一瞬だけ捉えた光…………あれは、星か?


「――――ッは!」


 突如起き上がった上半身。息は山中を駆け巡っていたかのように荒々しく、嫌な汗が満遍なく体を濡らしていた。


「ゆっ、夢?」


 夢。そうか。私は、自らの最期を夢で見ていたのか。

 なんと、目覚めの悪い夢か。


「…………テンメイさんが、いた」

――天命?

「はい。それで私は胸を撃たれて、目が覚めました」


 驚いた。体を共有しているとはいえ、まさかカラクリが私と同じ夢を見るとは。


――お前が見た夢は、私の最期の瞬間だ。

「あれが…………?」


 未だ収まらない動悸に胸を押さえ、カラクリはその呼吸を一層激しいものにする。だがそれもその筈だ。自身が死ぬ夢など、誰が見ても心地の良いものではないのだから。


「でも、天賦か妖術に討たれたって言ってませんでしたか?」

――ああ。どこからともなく胸を貫かれたのだ。それしか説明のしようが無いだろう?

「確かにそうですけど、でもあれって」

――何だ?

「…………鉄砲じゃないですか?」


 その口から出て来た言葉を聞いて、私は大いに呆れてしまった。何故こんな少女に、我が終わりの時を少しでも真剣に話してしまったのか。

 

――馬鹿を云うな。銃声すら聞こえんかったし、そもそも火縄が城下から届くものか。

「うーん。じゃああれは一体」


 カラクリは眉をひそめて頭を抱える。私の死について考えてくれるのは嬉しいが、今では過ぎたこと。それに300年も時が経っているのなら、私の仇も死んでおろうに。


「お早うございます。カラクリ様、山ン本様」


 目覚めてから少しした後、天命が片膝を立てたまま家の戸を開けた。

 

「あ、お早うございます、テンメイさん」

「朝餉の支度が出来ましたので、お呼び立ていたしました」

「あの、テンメイさん」


 尋常であれば、飯の話になれば目の色を変えるのがカラクリではあるが、だが今朝は違うようで、彼女は未だ冴えない青い顔を天命に向け、

夢について問いただす。


「山ン本さまの最期って、どんな感じだったんですか?」

「我が君の、最期、ですか」


 私は自分の最期に興味が無かった。というよりも、直接渡り歩いて来た体験ゆえに、全てを知っているものと思っていたのだ。だからこそ私は、自身の死後というものに左程関心を抱いていなかった。その後に起きたことにさえも。


「あれを何と説明すればよいか分かりませぬが、私の認知すら及ばぬ遥か遠方から、殿は射られたように感じました」

「矢も鉄砲も、そんな距離からは撃てないですよね」

「ええ。まさしく」

「となると、やはり天賦によるものなんでしょうか?」

「かもしれませぬ。しかし、幾里も離れた所から確実に的を射ることが出来る使い手もいるそうですから、何とも分かりませんな」


――“菅里衆”のことか。


「すげざと、しゅう?」

「ええ。弓の扱いに長けた者ばかりの武装集団のことです」


――いわゆる傭兵と呼ばれる者らだ。そ奴らの矢は、山をも越えると云われている。


「そんな凄い人たちが、昔にはいたんですね」

「あるいは、今もまだ何処かで戦をしているやもしれませんね」


――くだらん。今さら犯人ぼんにんを探したとて、そいつは今ごろ雲の上だろうに。


「確かにそうですね……。じゃあこの話は終わりにして、朝ごはんを食べましょう!」

「は。先ほど村の者らが私達にと、煮炊きをこさえて持ってきてくれました」

「本当ですかっ?」


 呆れたことに、つい先ほどまで人を殺めたかのように青ざめていた筈は、今ではすっかり朝餉の事ばかりになってしまった。その切り替えの早さは、私も見習いたいものだ…………。


――――――――――――――――


「ごちそうさまでした」

「あ、相変わらず凄まじい量をお食べになりますね」


 妖の天命には食事など必要が無く、それ故に彼は自らの飯をカラクリに差し出したのだが、天命はその巨躯が故か用意された飯の量も多く、カラクリでは到底食べきれぬものと思っていた。しかし彼女は驚くことに、それを数分もしない内に平らげて見せたのだ。


「うーん。これが普通だと思いますけど…………」


 食う量を天命に指摘され、なぜかもじもじと恥ずかし気を見せるカラクリ。

 

――尋常の女子おなごが食う量ではあるまいて。


「そっ、そうなんですかっ?」

「はっはっは。いやはや。カラクリ様は将来、私よりも大きくなるやもしれませんな」

「えへへー」


 巨人族じゃあるまいし、ただの人間がそこまで大きくなることは無いだろう…………。とはなかなか云えず、私は二人の会話を鼻で笑いながら聞くだけであった。


「それよりテンメイさん、あれから結局朝まで帰って来ませんでしたけど、何をしてたんですか?」


 ここでカラクリが話を変え、話題は私が天命に下した仕事の話に移る。


「はい。結論から申しますと、やはり王狐族はアリアケ殿の天賦を利用し、商売をしてる様でした」


 やはりか。癒しの天賦を持つ少女を、金に目がない狐どもが黙って見過ごす訳もない。彼女を使ってどう金儲けしているのか、おおよその察しも付く。


「今朝は帰っていないようでしたけど、アリアケさんはまだお仕事中なんですか?」

「ええ。今もなお大名の屋敷にて」

「そんな…………」


 昨日の昼過ぎに出て行って今もまだ帰って来んとは。この様子では、普段から碌に寝る時間も無いようだ。ましてや、仙霊薬があると思い込んでいた彼女は、平常であればこれから山へ向かっていたのだろう。


「私、ちょっと見てきます!」

「あっ、カラクリ様!」


 カラクリはすくっと立ち上がると、慌てた様子で草鞋を履いて外に出る。すぐに熱くなるクセは直させた方が良さそうだ、とも思ったが、そんな彼女の性格を、私はどこか気に入っている。


――カラクリ。

「なんですかっ?」


 村を出ては一目散に町へ向かって走り続けていたカラクリ。私が声を掛ければ息を荒くして返事をするが、しかしこの様子だと、どうやら何も見えていない様だ。


――天命が仕事を放って帰って来ると思うか?

「はぁっ、はっ、どういう意味ですかっ?」

――奴が帰ってきたという事は、アリアケもそろそろ帰って来るという事だ。


 その瞬間、背中を掴まれたかのようにカラクリの駆け足がピタリと止まる。


「じ、じゃあ、アリアケさんは…………」

――ああ。前をよく見て見ろ


 先ほどから前方に見えていた小さな人影。村へと続く辻をとぼとぼと歩いて来る“誰か”を見て、カラクリは咄嗟に大声で叫ぶ。


「アリアケさん!」


 そうして彼女は再び駆けだす。脇目も振らず、主人に飛びつく犬畜生のように。


「カラクリ? なんでアンタがここに――――って、ちょっと!」


 何を思ったのか、カラクリはアリアケに飛びついて強く擁する。そうすればアリアケの小さな息遣いが耳元から聞こえ、カラクリからは安堵の感情がどっと私の心に降り積もって来た。


「な、なによ急にっ」

「毎日、こんな生活を続けてたんですか?」


 アリアケは咄嗟に離れようとするが、しかしカラクリはそれに構わず、悲しみに沈んだ声のまま問いかけた。

 こいつが優しすぎるのは知っていたが、まさかそれが身内以外にも及ぶとは思っていなかった…………。否、彼女は既にアリアケの事を。


「そうよ。あんたと違って、あたしはもう二十四だからね」

「関係ないです! 獣人から見れば、まだまだ子供じゃないですかっ」

「もしかして、あたしの心配をしてるの? 人間のアンタが?」

「それも関係ないです! 獣人とか人間とか、関係ないんですっ」


 そう云ってカラクリは泣き崩れる。思えば、母親が死んだあの夜から、彼女はずっと堪えていた。しかし今ではそれを、半獣人であるアリアケの為に流している。堂狸どうり族の襲撃にあってなお、種族間の差異など、カラクリにとっては問題ではないのかもしれない。


「…………不思議ね。つい昨日会ったばかりなのに」

「す、すびません。みっともないですよね、わたし」

「ふふっ。そうね、見れたものじゃないわ」


 心地の良い温度が私たちの手をくるむ。


「ほら立ちなさい。アンタの面倒まで診てる余裕はないの」

「…………はい」


 カラクリは鼻をすすって、アリアケに手を引かれるままに立ち上がる。呆れたことに、視界が歪んでまともには見られなかったが、斯様な情景を目の当たりにしたのは何時ぶりだろうか…………。


「カラクリ様! やっと追い付いた!」

「あっ、テンメイ様!」


 ここで天命も私たちに合流する。人間に化けたままでは思うように力を発揮できないため、彼はカラクリに置いて行かれたのだ。笑ってしまうほどに情けないものである。


「すいませんテンメイさん。ご心配をおかけしました」

「もしかしてテンメイ様も、あたしを心配して来てくれたの?」

「え、ええ。とにかく、お二人ともご無事で何よりです」


 彼もその光景には驚いた事だろう。二人の少女が手を繋いだまま、水に浮かぶ油のように、一人は涙で目を腫らせて、もう一人はてらてらとした目を自身に向けているのだから。


「とにかく、アリアケ殿も空腹でしょうし、早く村へ戻りましょう」

「そうね。もうお腹ぺこぺこだわ」

「はぁ。なんだか私も、お腹が空いてきました」

「…………本気ですかカラクリ様」


 カラクリの大食らいには最早驚かんが、それでも私たちは取り留めのない会話を続け乍ら、村へ至るまでただゆったりと辻を歩いて行った。

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