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見えてくる道

「おじさん、すっごいおっきんだねー」

「こら。おじさんは失礼でしょ」

「あっはっはっ。構いませぬ。もう若くもありませんしなぁ」

「しっかし長いなぁ。10尺はあるか?」

「こんな大きい人族は初めて見たわぁ」


 同じ人間ゆえかは分からんが、私達は特に警戒されることも無く、立ち待ちの内に村人たちの輪の中に溶け混じった。まぁ、天命は人ならざる者だが、それは云わぬが吉であろう。


「お姉ちゃんも豊舞とみまの人なのー?」

「私ですか? 私は千久宕ちくごの産まれですよ!」

「隣国から来たのか。そりゃ長旅だったなぁ」

「疲れも溜まっているでしょうに。今夜はこの村に泊まっていくといいわ」

「えっ、いいんですかっ?」

「当たり前じゃない。同じ人族同士、助け合わなくちゃ」


 今日初めて顔を合わせたと云うのに、村人たちはみな私たちを歓迎してくれた。

 不思議なものだ。昔はといえば国同士でいがみ合い、ひとたび戦が始まれば、見ず知らずの他人でも殺そうとしていたのが日日だったと云うのに。


「どうよ。これがあたしの村よ」

「凄い素敵な方々です。私、ちょっと感動しました」

「ふふーん。あったり前じゃない」

「それに、ここにいる皆さんは、アリアケさんの事が好きみたいですね」

「そ、そう言う事は、口に出さないの」

「えー。でも、まんざらでもないって顔してますよ」


 カラクリがそう云うと、彼女の顔は夕焼けの様に朱く染まった。どうやら真に、まんざらでもない様子だ。


「それじゃあまだまだお昼だけど、今日は仕事も休んで、お祝いしましょう」

「いいねえ。酒蔵も開けちまうか」

「どうせ王狐の人たちに持ってかれるんだ。少しくらいは飲んでしまおう」


 一人の男がその一言を口に出すと、満開に広がる桜の木々の様に、私達を包む空気は晴れやかなものに様変わりした。


――春酒か。悪くないな。

「山ン本さま、お酒は駄目ですよ」


 久しぶりに酒が飲めると浮かれる私だったが、しかしカラクリは無情にもそんなことを云って来た。


――何を云ってる。花見と云えば酒であろうが。

「駄目に決まってるじゃないですか。私達、未成年なんですよ」

――はっ。こんな時代に、成人も未成人もあるか。

「もう戦の世は終わってるんです。お酒は十六からです」


 「そんな馬鹿な話があるか」とも思ったが、しかしカラクリと繋がっている私の心は、奇妙な事にそこまで酒を欲してはいなかった。…………はて、昔は何を楽しみにしていたか。


「でも、美味しいお料理はたーくさん食べられますよ」

――そうだな。ここ最近、まともな物を食っておらん。


 千久宕ちくごを出てから三十日と少し。その間、炊事らしい炊事と云えば、ふらりと寄った旅籠の茶漬けくらい。そろそろ舌も無くなりそうだと思う。


「まぁそう言う事だから、ゆるりと楽しんでよ」


 がやがやと誰もが予参したがるような和やかさの中、アリアケ只一人だけが憂い気な顔つきでそう云った。


「え、アリアケさんは混ざらないんですか?」

「まあね。あたしは仕事があるから」


 彼女の云う仕事とは、先ほど獣人族から云い渡された件であることは私も天命も気付いていた。そしてその中身も。


「…………アリアケや、今日も行くのかい?」

「うん」


 一人の老婆にそう云われるも、彼女は気丈に笑顔を振る舞って小さく頷く。そうすれば老婆はどこか諦めたような面もちで眉を顰めるが、しかし幼子たちはそうもいかず。


「えーっ。また仕事かよぉ!」

「せっかくのお祝いなのに?」

「ごめんね、ブンちゃん、フミちゃん。朝までには帰って来るから」


 彼女の袖を掴んで頬を膨らませる二人の童。アリアケは、そんな少年と少女を慈しむように眺めながらそう言い聞かせる。


「でも、また山へ行くんだろ?」

「ううん。もう明日からは行かない事にしたの」

「ほんとっ? じゃあこれからは、朝ごはん一緒に食べられるっ?」

「ええ。それに朝ごはんだけじゃなく、お昼も一緒に食べれるんだよ」

「やったやった! じゃあフウカ、朝まで起きてるね!」

「ならオレは昼まで起きてる!」


 まさに子共らしい馬鹿げた一言に対し、アリアケは何とも可笑しそうに笑って彼らの頭を撫でまわす。種族は違えど、真の家族を映したように美しい光景だった。


「じゃあ、行ってくるわね」

「おう。気い付けてな」

「これ、お腹がすいたら食べてちょうだい」

「うん。いつもありがとう」


 笹の葉にくるまれた小さな弁当と、使い古された竹水筒を差し出されると、彼女は申し訳なそうにそれを受け取った。

 そうして私たちは村人と共に彼女を見送ったのだが、その時見た彼女の背中には、真昼間だというのに、どこか影がかかっているように見えて仕方がなかった。


「大丈夫なんでしょうか。アリアケさん」


 存外、カラクリも私と似通った感情を抱いていた。だから私は彼女に云った。


――カラクリ、天命に“仕事”だと伝えろ。

「え、仕事って、どんなですか?」

――ただ仕事だと、それだけ云えばいい。


 私の言葉に懐疑の念を見せたものの、それでも彼女は素直に受け止め、遥か頭上の天命に囁く。


「あの、テンメイさん。なんか、仕事だそうです」


 そうすれば天命の口角は僅かに上がり、次に片膝を着いて首を垂らす。


「は。確かに奉じました」

「え、あの、まだ内容は言ってませんけど」

「ふふ。それは必要ございませぬ」

「あ、ちょっと、テンメイさん?」


 未だ心の内にて蔓延る靄を払い切れずにいるカラクリは、彼の言葉によってそれを一層濃くするが、それでも天命は彼女に構わずこの場を立ち去った。にしても、300年の時を経ても我が心内を読めるとは。やはり奴は、いと信頼できる腹心である――――。カラクリは置いてけぼりを食らったと思い、栗鼠の様に頬を膨らませているが。


「もおー。一体何なんですか? 仕事って」

――なに、心の中の気がかりを、少し晴らしに行って貰っただけだ。

「むぅ。何ですかそれー」

――それより、今は宴を楽しもうではないか。


 斯くして、人族のみで行われた桜見は、アリアケと天命が不在の中でも賑やかに進んでいった。

 最中の話題と云えば主に私たちの事ばかりだったのだが、それでもカラクリは浦波のように押し寄せる質問に波間を見出し、こちらからも幾つか彼らに話を振った。


「なんで、王狐族の町の近くに人間の村があるんですか?」

「ここはね、家や家族を失った人たちが集まって出来た村なんだよ」


 酒が入って、すっかり顔を赤くした女が、陽気な口調でカラクリの質問に答える。

 

「人間は天賦を持たないからねえ。この国では野武士とか妖に襲われて、行き場を失う人が多いんだ」

「そうそう。だからこうやって、獣人が暮らす大きい町の近くに村を作ったって訳さ」

「中には、アリアケちゃんが連れてきた人間もいるんだよ」


 なるほど。確かに妖や賊に襲われるくらいなら、多少の差別は我慢して安全を講ずる方が賢明か。


「ただ、俺たちはやっぱり、奴らを甘く見てたよ」

「何か、あったんですか?」

「ああ。あいつらは冬になると、蔵の米を奪っていくんだ。馬鹿みたいに多い年貢を収めてるってのに、土地代とか難癖をつけてね」

「…………そうだったんですね」


 なるほど。皆が一様に痩せ細っておるのは、それが理由か。

 己の領地に暮ら民草は貴重な労働力ゆえ、丁重に扱うのが鉄則ではあるが。しかし甘すぎると、今度は勘違いをする馬鹿が生まれてくる。国の運営とは、難しいものだ。


「あら、すっかり日が暮れたわね」

「あんまり火を強くすると、王狐に目を付けられちまう。そろそろお開きにするかねぇ」


 昼過ぎに始まった大宴会も、気付けば眠りに落ちる者や、自らの家に帰る者が現れ始め、もはや野営のような規模にまで小さくなっていた。言わずもがなカラクリも、腹が満たされ夢心地といった様子。


――そろそろ眠ったらどうだ?

「そうですねぇ。長旅で疲れましたし、今日はもう…………」


 船を漕ぐように頭を落としながら、おぼつかない口調でカラクリは云う。すると村人も。


「それなら、今夜はカラクリちゃんの家で寝泊りするといい」

「彼女、朝まで帰って来ないしね」

「俺たちの為に働いてくれるのは有難いけど、一体なんの仕事をしてるんだろうな」


 そんな事を云いながら、村人たちはそそくさと宴の後始末を始める。結局酒は飲めなかったが、しかし久しぶりに味わう満腹感に、私もカラクリ同様に満足が行っていた。


「…………おやすみ……なさい。山ン本さま」


 そうしてカラクリは、村人たちに促されるままアリアケの家にお邪魔し、まるで私たちに宛がわれたかのように敷かれた布団に潜りこみ、誰もいない部屋の中で寝息を立てたのであった。


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