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王狐の町③

「これがアリアケさんの村ですかぁ」

「まさしく、村という言葉が当てはまりますな」


 領主が暮らす豊竹町を出てから数十分もかからない場所に位置する村。規模だけで云えばカラクリの村より小さく、住人の数は多くても百人くらいであろう。また時季は春という事もあり、田畑にまだ実りは無いが、しかしその大きさから見ても、秋には一面が黄金に色めく様が想像できる。


「思ったより小さいでしょう?」

「はい。もっとおっきいかと思ってました」

「…………アンタって、結構包み隠さず言うよね」

「うむ。正直でよろしいですな」


 彼女らの云う通り、カラクリはまだ十四歳ゆえか、人に対しての遠慮や建前という物をまだ分かっていない。だから、アリアケの呆れ顔も納得がいく。


「でもやっぱり、私はこういう所が一番落ち着きます」

「あっそ」


 こういう事を平然と云えるところも、また彼女の良い部分でもあるのだが。


「そんでもって、あそこに見えるのが私の家」

「…………ほう」


 アリアケが指さす方向に見えるのは、さながら100万石の広大な領地を治める国主が、有り余る富で飼い犬に与えた様な、何ともつづまやかな小屋であった。つまり何が云いたいのかと云うと、とても人が住む様な環境では無いという事。


 これには流石のカラクリからも笑みが消え。


「か、可愛らしいお家ですね」


 と、何とも当たり障りのない言葉を連ねた。

――趣のある。と云った方が聞えは善いぞ


「まぁ、とにかく入ってよ。お昼ご飯くらいなら出してあげるから」

「いや、そこまで世話になるつもりは…………」


 アリアケの事情を察したのか、天命はどこかばつの悪い表情で断りを入れた――――。しかしまあ、たとえ昼餉を馳走になったとしても、碌な飯は出て来んだろうな。などと思い耽っていると、ここでカラクリがあることに気が付く。


「んー、外に誰か立ってますよ」

「おや。来客ですかな」


 家の前に見えるのは3人の王狐族。天命は彼らを客人という言葉で処理したが、しかしアリアケの面持ちはたちまちの内に曇ってゆく。


「あ、こっちに気付いたみたいですね。こっちに来ますよ」

「アリアケ殿?」


 こちらに向かってくる王狐族の男たち。町中ではアリアケを避けて通っていた獣人だったが、しかし今度は事情が違うようで。


「おいアリアケ、仙霊薬は見つかったのかい?」

「なんだなんだぁ、まーた人間を連れて来たのか?」


 質のよさそうな木綿の着物に身を包む男たちは、アリアケの傍に寄るや否や、その顔に卑しい笑みを浮かべてそんな言葉を吐いてきた。


「うるさい。仙霊薬なんて無いクセに、よくも今日まで騙してくれたわね」


 すると男たちは、しばらく互いの顔を見合わせた後、大いに噴き出して彼女の事を嘲笑う。


「はっはっは! 何だよお前、もしかして本当にあると思っていたのか?」

「こりゃ傑作だっ!」

「ぎゃははは! 毎日泥だらけで帰って来るもんだから、まさかとは思っていたが」


 どこかの栓が抜かれたように腹を抱えて嗤う王狐どもは、私でさえ呆れてものも云えぬほどの醜悪さだった。まだ妖の方が幾らかまっとうだと、正面切って云えるほどに。


「貴殿ら、そこまで言うのなら当然、斬られる覚悟はあるのだろうな」

「ち、ちょっと!」

「テンメイさん!」


 腰の刀に手を添えて、天命は奴らに睨みを利かす…………。だが男たちは。


「なんだ人間。その刀で俺たちをどうしようってんだ?」

「おいおい、人間如きが武士の真似事かぁ?」


 天命が今は人間に化けているからか、それとも別の理由があるからなのかは分からないが、自身よりも背の高い彼に臆することもなく、男たちは相変わらず嘲笑を止めない。こんな奴らは斬って捨ててしまえばいいとさえ思えてしまう。


「やめて、テンメイ様」

「アリアケ殿?」

「お願い、ここではやめて」


 しかしアリアケは、触れただけ崩れてしまう積み石の如し儚さをもって、まるで神仏に祈りを捧げるように、刀に伸ばした天命の手を握った。その時の表情には、鬼をも恐れないような彼女からは想像も出来ぬほどの涙。


「其方がそこまで言うのなら、致し方あるまい」


 到底嚙み切れぬ思いを胃の底に沈め、天命も覗かせた刃を鞘に納めた。そうして、その光景を見届けた獣人共は、重ねて侮蔑的な眼差しを我らに向けてくる。


「っははは! 斬る覚悟もねえとは、滑稽な奴だ」

「お前ぇみたいな奴をなんていうか知ってるか?」


 男どもから向けられる視線と言葉に対し、天命はこれまで見たことの無い目つきで声音を重くする。


「申して見よ」

「っは。木偶の坊って言うん…………」

「――いい加減にしなさいよッ!」


 不意に轟く雷鳴のように、アリアケの喉から発せられた怒号。カラクリよりも小さいくせして、その迫力は私でさえ肩をすくめるほどだった。だがそれが効いたのか、男たちの面からは憎たらしさが消え、今度は面白くなさそうに互いの顔を見交わす。


「あたしに用があるんでしょ」

「ああ。いつもの時間に、いつもの場所へ来い」


 3人の中でも取り分け背の高い男が、まさに羽虫を見るかの如し視線をアリアケに浴びせながら云うと、そのままくるりと振る返って背中を見せた。


()()()()()()()()()()、分かっている筈だ」

「ひゃはは。そう言うこった」


 頭らしき男がこの場を立ち去ると、他の男たちも金魚の糞の様に歩き去る。しかし彼らが去り際に放った言葉は、私達の中で爪を立てて引っかかった。


「なんの話ですか、アリアケさん?」

「…………アリアケ殿?」


 男たちの背を無言で眺め続ける狐の少女。顔を窺わずとも、言葉を聞かずとも、その小さな背中からは、国をも燃やし尽くす程の憤りを感じた。その背中はまるで…………。


 益々気に入った。


「あぁ、ごめんね。仕事の話よ」


 振り向きざまに笑顔を見せるアリアケ。その時カラクリは、どこか安堵したように溜息を吐いたが、私にはそれが、背伸びをした小さな狐にしか見えなかった。


「お姉ちゃん!」

「アリアケちゃん」


 ここで突如割り入る声――――。カラクリがその方向へ目を向ければ、村にあるボロ家というボロ家から、あきらかに獣人ではない人影が続々と姿を現していた。


「人間か?」

「…………みたいですね」


 なんと、王狐の町からそう離れていないこの村には、おおよそ百余りの人間たちが暮らしていた。また村人たちは一様に痩せ細っており、纏う着物も布切れの様なものばかりである。更に、こちらに集まる眼差しの中に侮蔑などといった醜いものは無く。ただただ、怯え切った野兎のような、そんなか弱い視線のみが只管に向けられていた。

 

「みんなっ!」


 村人たちの姿を見るや、その集団に向かって走り出すアリアケ。


「ごめんね、怖い思いをさせたわね」


 5、6歳の少年少女を抱きしめながら彼女は零す。そして、その言葉に込められたものを知って、私達は納得した。先ほど、なぜアリアケが怒りを露わにした天命を留めたのか。


「申し訳の無い事をした。何とお詫び申せば善いか」


 それにいち早く気付いた天命は、深く頭を下げて彼らに詫びる。だが村人たちは…………。


「いいんだよ。あんたみたいな人間が来てくれて、俺たちも嬉しいよ」

「ええ。獣人に刀を向けようとするなんて、したたかなお方だわ」


 彼女たちはそう云って笑い飛ばすが、もしあのとき刀身を抜いていたら、獣人共はきっとこの村に火を放ったのであろう。だがアリアケが彼を制したおかげで、村人たちは最悪を免れたということ――――。全く出来た娘である。

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