少女アリアケ③
――喧嘩は駄目ですよッ、山ン本さまッ!
「黙って見てろ、カラクリ」
還った獣人と組み討つのは久方ぶりなのだ。存分に楽しませてもらう。
そうして少女アリアケは、厚みのある足の爪を深く大地に食い込ませ、今、その躍動をこの目に見せつけた。
「うん。早い早い」
「えらく余裕じゃない」
人間では到底到達できない限界点。それを悠悠と超えて爪を立てるアリアケに、私は思わず感心してしまった。このガキ。血が滲むほどの努力をしてきた、なんてものじゃない。そこへ至るまでに、一体どれほどの壁を乗り越えたというのか……。
「ッく! なんで当たらないの!」
だが、戦の経験は乏しい。
惜しい物だ。私が国を治めている時代に出会っていれば、思うがまま、この陽月は彼女の物となっただろうに。
「いちいち大振りなんだ。もっと脇を閉めろ」
「うるさいわね。どこ見てんのよ変態」
「ひひひ。気に入った」
へりくだることなく物を云う所。私の言葉を真に受けて、すぐさま自らの弱みを改善する所。目鼻立ちも申し分ない。真に、惜しい人材だ。
「呑み込みが早いな…………」
開幕から数秒しか経っていないと云うのに、アリアケの組討技術は飛び石を渡るように飛躍し続けている。全くなんという少女か。まるで、幼き頃のテンメイと戦っている様だ。
「いただきっ!」
彼女の右手から放たれた、三日月の様に弧を描く大ぶりな拳。それは目を瞑っていても躱せる程の無様な攻撃だが、恐らくこれは囮。私がこれを躱した時、獣脚による激烈な蹴り技が飛んでくるのだろう。
「後ろに避けても、姿勢を崩したら一巻の終わり。とはいえ、しゃがんで躱せば思うつぼか」
だが、躱す手筈など腐る程あるのだ…………。私が見たいのは、もっと別の所にある。
そうして刻を止め、目前に迫るアリアケを観察しようと目にしたとき、私はまたしても驚かされた。迫っていた右手の拳は確かに見せかけだったのだが、彼女は既に右足を僅かに浮かせ、次の攻撃に移っていたのだ。
「躱される前に討ち取るつもりだったのか」
「――――えっ!?」
時間の流れを正に戻した瞬間、アリアケの上段蹴りが虚空を斬った。
「うそ。消えた…………?」
「後ろだ」
「ひっ!」
肩を叩いて声を掛ければ、アリアケは情けない声をあげたものの、すぐさま私から距離をとった。
「天賦!? なんで人間のあんたが」
「さぁ、お前はどうする?」
半獣人が天賦を持って産まれる確率は五分。否、人間の血が濃いのであれば、確率はますます低くなるが、それでも…………。
「なるほど。あたしの天賦が見たいのね」
「やはり天恵に浴すか」
「いいわ。それなら見せてあげる。その代わり、条件付きでね」
「…………条件?」
思ってもみなかった言葉に、私はつい構えを解いてしまった。
しかしアリアケも、そんな私に攻撃を仕掛けるような仕草は見せずに、とことこと、先ほどテンメイが切り倒した桜の切り株まで歩いてゆく。
「あたしの天賦はね、人を傷つけるような野暮ったいものじゃないの」
彼女はそう云うと、切り株の断面にどこか切なげな視線を落し、まるで赤子の頭を撫でるように両手を添えた。
「可哀そうに。痛かったでしょ?」
その言葉に呼応するかの如く、桜の花びらが少女の周りを美しく舞う。それはまさしく、楽し気に踊る蝶々のように。
「【嵐回】」
そうして少女の天賦が発動すると同時に、うら寂しげだった切り株からは、新緑が美しい蘖が萌え出て来た。
「治癒の天賦…………」
「驚きました。よもや存在するとは」
私とテンメイは顔を見合わせた。だがそれもその筈だった。かつて、喉から手が出るほど欲しかった天賦の一つを持つ者が、今、私たちの前に立っているのだから。
「シノベエとかいう獣人も治癒の術を使っておったが、こっちのは紛れもない本物だ」
「どうされますか?」
「300年前だったら否が応でも連れ帰ったが、しかし今は浮浪人。何をするつもりもないさ」
「は」
天候を変えるほどの力。不治の病でさえも癒す力。人の心を想うがまま掌握する力。情報を即時に遠方まで伝達する力。海の向こうからの侵略を恐れた我々が、血眼で探していた4つ天賦――――。だが、国も無い今では無用なのである。




