少女アリアケ②
「半獣人。私、初めて見ました」
「無理もありませぬ。私も、久方ぶりに見たのですから」
半獣人とは、獣人族と人族が交わって産まれた種族のこと。人間を“欠け人”と揶揄して見下す獣人が人間と夫婦になる事などそうそう無く。故にその数も極めて少ないのだ。まぁおおかた、戦で捕えた人間を無理やり孕ませたのだろうが。
「ちょっと。あたしが名乗ったんだから、あんたの名前も教えなさいよ」
「あっ。そうですよね。ごめんなさい」
王狐族の少女、アリアケに指を指されたカラクリは、へらへらと引きつった笑みを浮かべながら頭を掻く。全く。御免なさいは止めろと云っておるに。
「私は花楽里と言います。どうぞ宜しくです。アリアケちゃん」
カラクリは健気にもお辞儀をし、懇切丁寧なあいさつを行って見せたのだが、しかしアリアケは…………。
「ちょっと! アンタどう見ても年下でしょ。あたしの事はアリアケさんって呼びなさい!」
「え、えぇ。見た感じは同い年に見えますけど…………」
アリアケの言葉にカラクリは戸惑うが、しかしここで、テンメイが片膝をついて彼女に耳打ちをする。
「カラクリ様。半獣人も、我ら妖や獣人と同様、長寿の種族なのです」
「えッ。そうなんですか!?」
「ええ。故にアリアケ殿は、既に二十を超えているかと…………」
「そ、そういうことは早く言ってくださいよぉ」
「はっ。肝に銘じておきます」
「ふん! どうやら、そこの殿方にあたしの事は聞いたみたいね」
テンメイがカラクリに頭を下げると、アリアケは腕を組んで息を漏らした。すると嘆かわしい事に、カラクリはまたしても詫びを入れようとする。だが、たがが子ギツネに舐められるようでは駄目だ。
「は、はい。とんだ無礼を…………」
――カラクリ、私を舞台に上げろ。
「え?」
――早く。
「は、はい」
カラクリの許可を得た私は、そのまま彼女と入れ替わるように身体の支配権を握った。これでようやく、居所の悪かった虫を叩き潰すことが出来るが、しかしまあ、私も立派な大人だ。ここは穏便に叱ってやろう。
「おいクソガキぃッ!」
「ひぇっ?」
「先ほどから黙って聞いておれば、随分と調子の良い態度を取ってくれたな」
「…………きゅ、急に何なのよアンタ。人が変わったみたいに」
――さ、山ン本さま! 年上の方に向かって、なんて口遣いですか!
「やかましい! 俺はな、年長だからって舐めた態度を取る奴が辛抱ならんのだ!」
「おぉ。まるで若かりし頃の山ン本様を見ている様だ…………」
テンメイの言葉通りである。真の事を申せば、私ももっとゆとりのある叱責をしたかったのだが、なぜか舞台に上がった途端、私の心は剣先の様に鋭くなったのだ…………。こんな少女に声を荒らげるとはいと情けない物ではあるが、しかしここまで怒鳴ると止めることも敵わず。
「おい子ギツネ。今度の無礼は許してやるが、また舐めた真似をしてくれたら、その口、斬り落としてやるからな」
――な、なんてこと言うんですか! ほら、アリアケさんも怯えて震えてるじゃないですか!
確かに云い過ぎたと後悔するが、しかしこのままではカラクリにも善くない。口の減らないクソガキには、これくらいが丁度いいのだ。
それに、震えるくらいの恐ろしさが、まさに魔王たる私に相応しい。
「こ、子ギツネですって…………?」
しかし、恐怖ですくみ上っていたと思っていたアリアケは、なんとも獣らしい目つきで私を睨み上げる。
「あんた、今あたしのこと、子ギツネって言ったわね」
「それがどうした」
「いい度胸じゃないッ! 王狐族の恐ろしさってものを見せてあげるわ!」
歯を覗かせ、可愛らしい手からは想像も出来ぬほどの爪を伸ばすアリアケ。そして驚くことに、彼女の両足は歪に曲がり、遂には狐の様な体毛に覆われた。
「まさか。“還り”を使えるのか」
「…………これほどの齢で、大したものですな」
“還り”とは、獣人が己の内側に留めている“獣”の部分を剥きだしにする業。恐ろしい獣であればある程、その変化は凄まじい。
しかし誰にでも出来るものではなく、還りを修得するには長年の鍛錬が必要と聞く。長い修行の末、ついに修得できず、無念のまま死んでしまう獣人がいるとも。
「あたしを子ギツネと呼んだこと、後悔させてやる」
この歳で還りを使えるとは、末恐ろしい生娘だが、否、だからこそ面白い!




