ジョアン、あるいはラスティ・ニーガン
とある村のとある屋敷。本来であれば宴や寄り合いといった用途で使用するのであろう大部屋にて、二人のうら若い女性が優美に食卓を囲んでいる。
浅黒い木製のテーブルには豊富な品数の料理が並び、そのどれもが品格の高い料亭で提供される様な、豊かな彩りで盛り付けられている。さらに卓上には金メッキで加工された燭台がずらりと並んでおり、部屋を余す所なく照らしつける。
「あぁ、ええっと、その。お姉ちゃん」
紅葉の如し赤い着物に身を包む十代半ばくらいの少女は、机の下で手を弄りながら何度も姉の方へと目を向けて、まるで喉に小骨でも引っかかっているかのような声音で口を開いた。
「んー? なあに?」
対して、水色の生地によく映える、白いレースが特徴的なドレスを纏う女性は、機械のように洗練された所作で銀の食器を使いわけ、口へと運んだ料理を静かに飲み下す。
「あの、あのね。あの、その、ね」
「ふふっ。ゆっくりでいいよ」
ドレスの色彩と調和するような、美しい小麦色の髪色をした女は、少女のたどたどしい言動を見て愛おしそうに笑む――――。そして麗しい黒髪を持つ着物の少女は、屈託のない女の笑顔に微笑みを返すと、またしても目を泳がせながら再び手を弄び始めた。
「あのね、確かにね、狸の人たちは失敗したよ」
「うんうん」
「でもね、だからって、殺す必要はなかったんじゃないかなって…………思うの」
言葉の羅列が端に行くにつれ、少女の声量は霧のように消えかかっていった。それは最早、1メートル先にも届かないほどにまで。だが西洋風のドレスを纏った女は、上目遣いでこちらを見やる少女に対して、やはり笑顔に努め。当たり障りのない物柔らかい口調でこう答える。
「そうだね。でもこれはイジワルとかじゃなくて、ラスティの為にやったことなんだよ?」
「ラスティの…………ため?」
「うん! だってラスティも嫌でしょ? 約束を守れないお友達は」
「うん。そうだね。うん。そう思う」
「だよね。だから悪いお友達とはバイバイしなくちゃ」
さながら子供向けアニメのカラフルなキャラクターのように笑う女を見て、これまで影ばかりを作っていたラスティも、その表情をぱっと明るくさせ…………。
「じゃあ、じゃあ、ジョアンはラスティの為に、悪いお友達を殺してくれたの?」
「そうなの! だからほら、ラスティも笑って笑って!」
ジョアンは両手の人差し指を自らの口角に添えると、二ッと吊り上げて笑顔を作る。
するとラスティも、それを真似て笑顔を作った。
「にー」
「上手上手! やっぱりラスティには笑顔が似合うよ!」
楽し気な笑顔と共に拍手をするジョアン。そんな彼女の、まるでお面のような笑顔を見たラスティも、今まで弄っていた手は置いて、今度は自らの両手で口角を吊り上げた。
「にー」
「本当に上手だよラスティ。その笑顔なら、悪いお友達も近づいてこないわ」
「うん。笑顔は無敵…………だよね?」
「そう。笑顔は絶対に負けないの」
「やっぱりラスティ、お姉ちゃんが一番好き」
「うふふ。私もだよ。ラスティ」
そうしてラスティが彼女の言葉に微笑むなか、ジョアンはドレスの襟に差し込んだナフキンを抜き出し、口周りに付着した油をふき取る。
「あれ、もういいの?」
「うん。お喋りしすぎて、お肉が固くなっちゃった」
「えっ、そんな、それって、ラスティのせい?」
ラスティは机に置いた腕を手に取り、またしてもそれを玩具のように弄くりながらジョアンの顔色を窺った。しかしジョアンの表情は一切変わること無く、ラスティには常に一定の笑顔を向けている。
「ううん。ラスティは何も悪くない。むしろ貴女がいてくれたからこそ、楽しいお食事になったと思う」
「あぁ、そう。あの、そう言ってくれると、ラスティも嬉しい」
「うっふふ。それに、私たちもそろそろ特異点を追いかけなくっちゃ」
「そう、そうだね。1号機に怒られちゃうもんね」
そう言って二人は肘かけ椅子から立ち上がると、まさに仲むつまじい姉妹らしく、互いの手を取り合って屋敷を出る。そして何とも楽し気に、決して笑顔は絶やさずに、甚だしい数の死体が転がる堂狸族の村を踏みしだき、カラクリたちを追って山河へ向かったのだった。




