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曇天に吹きすさぶ志

「さて、どうやら俺の戦は、誰ぞに邪魔立てされたらしい」


 シノベエとの戦を終えた私は、この人生で一度も見たこともない顔で死した奴の表情を眺めながら呟いた。


「そのようですな。この者が何らかの病を持っているようにも見えませんでしたし」

「しかし、コイツが術者でないのならば、この村の状況はどうするか」

「山ン本さまの天賦を感じたので、私も空から見に来ましたが、将に地獄の有様でした」


 どうやらテンメイは、私が発動させた天賦の気配を辿り、ここまで飛んできたらしい。昔から忠誠心の強い奴だった。きっと、私が死んでからずっと、この大空を飛んでいたのだろう。


――あの、村の皆は、おっ父とおっ母は、どうなったんでしょうか?


 心の中から、カラクリのか細い声が聞えてくる。否、獣人どもと戦っていた最中も、カラクリはずっと私に話しかけていた。どれもこれも、聞くに堪えない柔なものばかりだったが。


「術者を見つけられないのであれば、残念だが成す術はない」


――そんな。


 全く。昔から戦を終えた日の宵は、どれも心地の善いものだった。だが今宵は、そうもいかないようだ。


――術者の居場所は分からないのでしょうか。何か、気配とかで。


「その道の天賦持ちがいれば話は別だが、俺もテンメイも、斯様な天賦は持っておらん」

「あ、あの、山ン本さま。先ほどから、誰と会話しておられるので?」


 ここで何も知らないテンメイが、一つ汗を流しながら問うてくる。しかし、ここまでの経緯を解き明かすのは面倒だ。今は、私とカラクリの関係だけを話せば、後はテンメイが好きに解釈するはず。コイツは昔から多くは聞かない性質たちだったからな。


「別けあって、俺は人間の子共と身体を共有している」

「なんと」

「…………そうだな。俺は少し疲れたから、後はカラクリから聞け」

「え?」


――え?


「カラクリよ、テンメイは頼れる奴だ。好きに使え」

「山ン本さま?」


 そうして私は舞台から降り、身体の支配権をカラクリへと譲った。そうすればカラクリが、今度は表舞台に上げられる。


「体が、戻った」


 自らの手足をまじまじと眺めながらカラクリは呟く。そうすればテンメイも、目を硝子ガラス玉のように丸くして。


「気配が変わった。…………まさか真であったとは」

「あ、あの、テンメイさん! 私、村の皆を助けたいんです! だからその、手伝って頂けませんかっ?」


 地面が視界一杯に広がる。どうやらカラクリは、その頭を下ろして、テンメイに頼んでいる様だ。全く。家臣に頭を下げる城主が何処どこにいようか。


「えっ、あの、えっと」


 テンメイの奴も動じよって。情けない。


「山ン本さま。一つ提言してもよろしいでしょうか」

「あ、あの。わたし、花楽里カラクリです」

「な、なるほど。でしたらカラクリ様、今はとにかく、村の者らを縛ることが得策かと存じます」


 なるほど。術にかかった村人を縛り、無理やり解決しようって魂胆か。相変わらず大胆な策を練るものだ。


「わ、分かりました!」

「いえ、カラクリ様に何かあってはいけないので、ここは私めが参ります」

「そんな。わたしに何か、お手伝いで出来ることは無いんですか?」

「そうですな。でしたら、村の入り口を見張っておいてもらえますかな」

「は、はい!」


 テンメイめ、甘ちゃんは治っておらぬか。私だったら黙って座っていろと一蹴するものだが。


「では、お願いします」


 そうしてテンメイは頭を下げ、足早に村の中へと身を投じて行った。


 その後私たちは、村の外れにある杉の木の根元で、ただただテンメイの帰りを待つのみであった。

 そんなおり、ついに暇に耐えあぐねた私は、暇つぶしがてら、カラクリの不安気でも和らげてやろうとこんな話を振った。


――カラクリ、山河さんがに祖父がいると、別れ際にお前の父が云っておったが、何も知らんかったのか?


 するとカラクリは、杉の木に背を預けたままこう答える。


「はい。物心ついた時から何も聞かされていなかったので、ずっと居ないものだと思っていました」


――そうか。この刀も祖父から貰った物と云っていたが、かなりの使い手だったと見る。


「そうなんですか?」


――ああ。良く手になじむ善い業物だ。。


「そうなんですね。わたしは、この刀を握っても、何も分かりません」


――会いたくないのか? お前の祖父に。


 だがカラクリは、その首を縦にも横にも振らず、ただ視線を落として呟く。


「どうでしょう。会ったことが無いから、分かんないです」


 重い声音で小さく頷くカラクリ。


「お待たせしました」


 するとここで、村へと行っていたテンメイが、風に変えていた姿を戻し、カラクリに向かって頭を下げた。


「すごい。今、どうやって?」


――テンメイは風の天賦を使う故、その姿をくうに変えることも出来る。


「そんなことが」

「どうやら、私のことは、内におられる山ン本さまから聞いたようですね」


 初めて目の当たりにする天狗の術に、カラクリは少しの間だけ目を輝かせていたが、しかしそれも束の間、彼女はテンメイに駆け寄って声を荒らげる。


「あの、村の皆は!?」

「は。既に幾人かの者が命を落としておりましたが、正気を失った村人は、みな家の柱に括りつけました」


 その言葉を聞くや否や、カラクリは安堵の一息も吐かず、首輪を外された犬畜生のように村へ向かって走り出す。荒れた呼吸も整えず、何度転ぼうとも起き上がり、ただただひたすらに腕を振って。


「おっ父、おっ母」


 途中、カラクリは何度もその言葉を口に出した。不思議な気分だった。私にとっての親とは、ただ命を脅かす存在でしかなかった筈なのに、今となっては、カラクリの両親が無事でいることを心の何処かで切望しているのだから。


「カラクリちゃん!」

「キミコお姉ちゃん!」


 村へ着くと早々、目の下にクマが出来た郎女いらつめが、その目から涙を滲ませながら私達を強く擁した。


「無事でよかった!」

「うん。お姉ちゃんも」


 家々は燃え、大地は誰のものとも分からぬ血だまりによって、まるで雨あがりのような光景を作り出している。だが彼女らはその直中ただなかで頬に伝う雫を絡ませながら、互いの無事を喜び合った。なんとも美しいものだと思った。――戦に交ざらぬ民草は、斯様な気持ちであったのか。


「お姉ちゃん、おっ父は、おっ母はどこ?」


 ここでカラクリは、ずっと気に留めていた両親の所在を問う。だが、郎女は唇を噛みしめ、流れる涙を一層激しくして顔を伏せた。


「ね、ねえ。お姉ちゃん?」


 カラクリの肩を握る力が、一層強くなる。この痛み。…………そうか。


「な、なんで、なんで黙ったままなの?」

「ごめん…………ごめんなさい」

「なんで謝るの。ねえ、なんで?」


 そうして郎女は、その内側のどこかで張っていた糸が切れたのか、まるで目玉が壊れたのかと思うほどに涙を零し、共に崩れ落ちた。


「うそだ…………そんな」


 カラクリは彼女の腕を解き、そして自らの家があった場所へと走り出す。何度も何度も、両親を想って叫びながら。


――カラクリ。


 どんな言葉を掛ければいいのか。結局私は何も分からず、ただ一回だけ、彼女の名前を呟いた。母を知らず、父はこの手で斬り殺した。そんな私に、何も分かる筈がなかった。


「お母さん! お父さん!」


 そうして辿り着いた所には、ただただ燃え行く見慣れた景色。産まれてから今日までの間、彼女が育ち、過ごし、帰った家は、誰かが放った火の手によって、灰となって空へと舞っていた。


「なんで。何でわたし達が…………」


 私が目を覚まさなければ、この村は、堂狸の者らに呪われながらも、生き永らえていたのだろうか。

 私が奴らを殺め、そしてシノベエらはこの村へ報復にやって来た。一体誰が悪なのか。呪いを掛けた堂狸族やつらか、それとも私か…………。

 

「此度、我らの村は何者かによって焼かれてしまった。それだけではなく、村の者が、同じ村人を手に掛ける事態にまで」


 まだ、黒い雲が残る有り明のころ。夜通しで消火を行っていた村人たちは、それでも一切の眠気を表情に出すことなく、亡くなった同胞を一人ずつ、浄化の炎へと入れていた。 


「それでも我らは、皆が安心して逝けるように、今日からも強く生きてゆかねばならぬ。皆、今日という日を、どうか忘れずに」


 ゲンゲンはその言葉を最後にして、今では数えられるほどにまで減ってしまった村人たちの前で、炎に向かって拝礼を行った。


 それから火葬の儀は滞ることなく終わり、死した者らの遺灰はそれぞれの骨壺へと収められた。だが結局、カラクリの両親の遺体は見つからず、彼女だけは空っぽの壺を墓に納めた。

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