表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/36

雷鳴に吹きすさぶ

「風の妖術。…………まさか」


 山ン本は空を見上げ、遥か頭上にて飛び交う黒いカラスに目を見張る。一見すれば死体を漁りに来たものと考えられるが、しかし彼は、水に混ざらない油のような不調和を、そのカラスたちから感じていた。


「ひっひひひ。また懐かしい顔が出て来たものだ」


 そして幾羽ものカラスが姿を風へと変え、立つことすらも難しいほどの旋風を巻き起こす。しかし次にはもう風脚は弱まり、つむじ風によって蝶のように舞う落ち葉の中から、3メートルには達するほどの巨体が姿を現した。


「久しぶりだな天命テンメイ。主の顔を拝みにきたか?」


 四枚の黒き翼を揚々と伸ばし、白を基調とした狩衣かりぎぬに身を包む大男。しかしその顔に天狗の面を付けており、素顔は明らかとなっていない。


「だ、大天狗…………?」


 シノベエは恐れた。妖の中でもハイクラスの大妖怪。まさに神に近しい存在である大天狗が、この何もない辺境の村へ降り立ったがゆえに。


「しかし。テンメイお前、デカくなったのう! はっはっは!」


 一見すれば近寄りがたい風貌ではあるが、しかし少女は臆することなく男の臀部でんぶをぺしぺしと叩く。


「まぁ、俺が死んでから三〇〇年。妖のお前からすれば、三〇年といったところ。そりゃあデカくもなるか! はっはっはっは!」

「少女よ。其方そなたが何者かは知らぬが、尻を叩くのは止めんか」

「ちょっと前までは俺より背が低かったくせに、まー立派になりやがって! オマケに口までデカくなったか? はっはっは!」


 大天狗は困惑した様子で頭を掻く。本来であれば恐れの念を抱かれるはずの存在である筈が、なぜか距離感が近く、あまつさえタメ口までも使われて。


わらべよ、楽し気に話しているところ悪いが、この辺りで威風堂々たるお姿をした男の人間を見なんだか?」


 山ン本がテンメイと呼ぶ大天狗は、きょろきょろと辺りを見回しながら言葉をかける。

 

「堂々とした男の人間だと?」

「左様。背丈はそうだな…………。人間の成人くらいだと思うが」

「まさかお前、俺以外の主に仕えておるのか?」

「俺以外、とは?」


 テンメイが首をかしげると、山ン本は胸を張って答える。


「決まっておろう! 神々でさえ恐れ慄く大魔王。山ン本甚佐武朗じんざぶろうのことだ!」


 山ン本は連なる戦によって気分が有頂天になっていた。故に忘れている。今の姿が、ただの少女であることに。そして、息荒げにドヤ顔をして見せる少女を見て、大天狗テンメイは遂に吹き出してしまった。


「うぷっ。そうかそうか! 流石は山ン本様である。幾百もの年月が経ってなお、斯様な幼子にまで名が知れ渡っておるとは!」

「だから、俺が山ン本だと云っておるだろ」

「…………え?」


 テンメイはまじまじと少女の姿を眺め、そして、その姿にどことなく面影を見出す。偉そうに腕を組み、可愛げのある上目遣いではく、睨み上げるような目つきの悪さ。そしてその内から滲み出る、懐かしい気配。


「ま、まさか」

「なんなら、初戦の宵にお前が寝小便をした話でもしてやろうか?」

「そんなまさか!」


 今まで誰にも話したことの無い過去。それを見ず知らずの子共の口から出て来たがゆえに、テンメイは確信を抱いた。目の前に立っている太々しい少女が、かつて自らが仕えた主だという事に。


「な、なんですかその御姿は! 一体何がどうなって!」

「狼狽えるな。それに、今は話している時間も無い」

「というと?」


 少女山ン本は得意げな笑みと共にテンメイを見上げながら、狸の獣人、シノベエの方へ指を差す。


「今、あの獣人と戦の最中でな。久方ぶりに愉しんでおった所だ」

「あれは、堂狸どうり族ですな」

「うむ。異様な天賦を使う祈祷師だ。さきほどお前が吹き飛ばした雷も、あ奴の成した業よ」

「なんと。天候を変えるほどの天賦を、あのような者が…………」

「ああ。おまけに治癒の天賦も使うらしい」

「ならば危険です。幾ら山ン本さまであっても、雷雲を従える者と鍔を交えるのは。よって、あの者の相手は、このテンメイが引き受けまする」


 たとえ僅かなものであったとしても、主に振りかかる危険は全て排除したいテンメイは、そう言って一歩前へ足を踏み出す。しかし山ン本は、まるで菓子を取らせまいとする子供の様に声音を重くして。


「おいおい。戦の邪魔をするなと、何度も云って来たはずだぞ」

「で、ですが」

「お前は退すさっていろ。この身体を試す意味でも、あ奴は丁度よいのだ」

「はっ。御主が、そう仰るのであれば」


 そう言って、テンメイは片膝を着いて頭を下げる。


「さて、待たせたなシノベエとやら」 


 山ン本は再度、鞘に納めた刀を抜き、白い歯を覗かせて楽し気に笑む。しかしシノベエは、神に近いはずの大天狗が、ましてや人間に頭を下げて畏まる光景を見て、もはや欠片の戦意も見せず、ただ怖気づいていた。


「な……なぜ大天狗が、お前の様な欠け人に頭を下げる」


 それを聞き、山ン本は深い溜め息を吐く。


「欠け人、欠け人。口を開けばそればかりだな、お前は。全く、あの嫌な父親を思い出す」

「っひ」


 威嚇する狼ように歯を覗かせ、歪んだ表情を見せる少女。そのような目で睨まれてしまえば、まさに蛇に睨まれた蛙。たまらずシノベエは声を漏らした。――だが山ン本はパっと表情を変えると、次は天女の様な笑みをもって言う。


「しかし案ずるな。今はカラクリのこともある。命までは取らないさ」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。その代わり、村にかけた術を解け」


 当事者に殺意が無くとも、問答無用で殺し合わせる奇怪な術。シノベエがその術者であると考えた山ン本は、刀の切っ先を彼の喉元に突きつけて解除を要求した。しかしシノベエは。


「あ、あれは、私の術ではありません」


 刀の鉾先に触れぬように、めいっぱい身体をのけぞらせながら、シノベエはそう言った。


「なに? ならば誰が」

「天使ですよ」


 震えた声音で、しかし勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、シノベエは朱く黒ずんだ空を指さす。


「笑わせるな。神代は終わったのだ」

「嘘じゃありませんっ、私はこの目で見たのですから! 眩いばかりの虚ろから、彼らがこの地に降り立つ姿を!」

「ふん。それが神使しんしだとでも云うのか。馬鹿馬鹿しい」


 最早シノベエに微塵の戦意も無い事を悟った山ン本は、突きつけた刀を鞘に納め、テンメイの方へ振り返る。


「テンメイ、どう思う?」

「んー、何とも言えませんな」


 アゴに手を添えながら首を振るテンメイ。その様子を見た山ン本は再びシノベエに目を遣ると、彼の胸倉を掴んで声を尖らす。


「シノベエよ、我らをあまり、おちょくらないほうがいいぞ」

「おちょくってなどいません! 現に私は、彼女たちから天賦をもらって…………」


 突如、シノベエは声帯を失ったかのようにピタリと言葉を止めた。


「どうした?」


 あまりにも唐突に言葉を途切らせるので、山ン本も思わず声を掛けた。だが、その声すらシノベエには届いておらず、彼は何かに怯えるように、その顔を死人のように真っ青にさせる。


「なんかっ、息苦しくないですか?」

「は?」

「いっ、息がッ、息が出来ない!」


 膝を着き、胸部を抑えてもがくシノベエ。陸地にいるというのに、まるで水中で溺れているかの様な異様さに、山ン本も掴んだ胸倉を手放して一歩下がる。


「く、苦しいっ、誰か、誰か!」


 喉に石でも詰まったかのような息遣い。するとシノベエは、体内から何かを取り出そうと全身を掻きむしるが、当然ながら獣人族の爪をもってすれば、立ち待ちの内に皮膚は引き裂かれ、夥しいほどの鮮血が辺り一帯にま撒き散らされる。


「山ン本さま。これは一体」

「さあな。ただ、こちらがしてやれることは何も無いだろう」


 断末魔さえあげず事切れたシノベエ。その顔は苦痛で歪んでおり、口角からは、血の混ざった泡がゆっくりと頬を伝って地に滴っていた。


 こうして、山ン本とカラクリの初陣は、何とも奇怪な結末で幕を降ろしたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ