脅かされた平穏③
「おいおい、お前たちの最期の愉楽だぞ。そう身構えず、たんと見ておけばいい」
「なっ!?」
「い、いつの間に…………」
一瞬にして姿を消した少女。そしてまたしても背後から掛けられる声に、シノベエたちは戦慄した。
「こういう光景は、もう飽き飽きするほど見てきたが、久しぶりに見ると滾ってしまうな」
胡坐をかき頬杖をついて、自らの村が焼かれる景色を眺める齢14ほどの少女は、雪のように白い髪と、まだあどけなさが残る顔つき。だが炎に焼かれる人々を見ても、その目には一切の揺らぎはない。
「何をやっているのですか皆さん。さっさと捕えなさい!」
「は、はッ!」
シノベエの指示を受けた兵士たちは、腰の鞘から刀を抜いて身構える。
味方の人数は12。対するは、天賦も使えぬ小娘ただ一人。臆することは無い。皿洗いよりも簡単な仕事である。少女を囲んだ彼らは、おしなべてそう考えていた…………。
「はははははッ。こんな小娘相手に多勢で来るか」
しかし少女から漂う異様な雰囲気に、兵士たちは圧倒される。一騎討では最早、敵わないとすら思うほどに。
「みなっさん! あなた達は侍もでも武士でもありません! くだらぬ武士道など捨てて、数の暴力で踏み潰すのです!」
「そ、そうだ! シノベエ様の仰る通りだ!」
「あんな小娘、やっちまえッ!」
堰を取り除いた水流の如く、兵士たちは少女に向かって激走する。だが…………。
「【天花吹時】」
1秒にも満たない小数点以下。時間にもならないその刹那の中で、山ン本はシノベエを除く全員を、再起不能にまで陥れた。その瞬間、突き上げられるのは惨憺たる阿鼻叫喚。
「ア゛ッアァァァァァァアアッ!」
「あ、足が。誰か……俺の足を見てくれぇ」
「あぁぁぁあ……痛ぇよぉ」
痛みによって気絶する者、傷を抑えて呻くもの、耐えきれない痛みに叫ぶもの。まさしく地獄のような光景の只中で、まさに鬼のように嗤う一人の少女。
「アッヒャヒャヒャヒャ! 善いぞ、善い叫び声だッ。感謝するぞ獣共。久方ぶりに聞かせて貰ったッ!」
一瞬にして作り上げられた赤い海。そんな血みどろの光景にシノベエは気付く。
「お、一昨日と同じ…………」
「さぁ。雑魚は片付いた。あとはお前だけぞ、若造」
「まさかっ、あの日の騒ぎもお前がッ?」
「ひひひ。流石に気付かれるか。だが生憎、貴様のような只物じゃあ、我が天賦の細部までは知れまい」
炎を背に、赤く輝く刀身を肩に置いて笑う少女。さらにその全身には、夥しいほどの返り血が付着していた。
「なんで。人間は天賦を持たない筈だ…………何で、なんで私ではなく、お前の様な欠け人が…………」
そして、それを何時何時に浴びたものなのか、シノベエには分からなかった。なぜ、人間が天賦を有しているのか、それすらも。
「馬鹿にしてる。馬鹿にしてるッ。馬鹿にしてるッ! 人間如きがァッ、神の使いである獣人をッ、見下すことなぞッ」
おかっぱ頭を掻きむしり、イヌ科特有のマズルから牙を覗かせ、血走らせた両目を大きく見開く。
「―――――許されざる冒涜なのですッッッ!」
「なんだ…………?」
シノベエの全身から迸る青白い閃光。それはバチバチと音を立て、さながら電流のように頭部から流れだす。
「天罰っです!!!!!!」
――アビリティ【奇蹟】発動
その瞬間、カラクリの頭上に大木が倒れ込む。樹齢70を超えたがゆえに、根元は朽ち続け、遂に倒れたのだ。そして倒れる先に立っていたのが、偶然にもカラクリであった。
「【天花吹時】」
しかしカラクリは寸での所で時を止め、悠悠と歩いて倒木の落下地点から逃れる。
「今の事象はたまたまか、はたまた奴の仕業か。どちらにせよ、得体の知れぬ術だ。このままトドメを刺すのが賢明か」
そうしてカラクリはシノベエの元へと歩み寄るが、しかしここで、世界は再び呼吸を始めた。
「術が解けた……?」
強制的に解除された天賦。カラクリは何が起こったのか分からずにいたが、しかしそれはシノベエも同じである。
「また消えた。いったい何なのですか、貴女の天賦は!」
「うるせぇなぁ。こっちも分からんと云うのに」
「ま、まあいいでしょう! このまま押し切りますよ!」
――アビリティ【奇蹟】発動
――【治癒】
「なんだ。傷が治ったぞ!」
「…………痛くねぇ」
「き、奇跡だ! まさにシノベエ様の奇跡だ!」
青白い閃光と共に、再びシノベエの異能が発動。すると、先ほど確かに斬ったはずの兵士たちが、歓喜の声と共に起き上がった。
「まさか。治癒の天賦か?」
「まだまだですよ!」
――アビリティ【奇蹟】発動
――【封】
「【天花吹時】」
得体の知れぬ天賦を警戒し、少女は自らの術を執行するが、しかし凪がれる時は遂に止まらず、少女は小首をかしげる。
「天賦が…………」
「ははははははははははッ。ざまぁ見なさいッ! これで貴女はただの人間です! ただの人間なのですッ!」
術が発動しないカラクリ。これまで体験しなかった現象に戸惑い、ごく僅かな焦りを見せる。そして、その僅かな焦燥を見た兵士たちが、それをチャンスと見定め斬りかかった。
「今だ!」
「人族ごときが、思い知りやがれ!」
しかし少女は妖しく笑む。
「ひひひひ。術を封じたから何だ。天賦に甘んじ、取った天下ではないぞ」
堂狸族は獣本来の強靭な脚力を活かし、その機動力をもって距離を詰める。
多勢に無勢。ただの白兵戦では、独りの少女に勝機は無いように見え。誰もその笑みを恐れることなどしなかった。しかし…………。
「ギャァァァァァァアッ!」
少女を囲う一人が悲痛な叫び声で大気を震わせ、そして、それが始まりとでも告げるかのように、おぞましい悲鳴が連なってゆく。そして一瞬の内に焦りへと変わる兵士たちの心。
「何なんだあのガキはッ」
「誰か奴を止めろ!」
「死ねぇぇぇぇ!」
尋常であれば立ち待ちの内に斬られるであろう猛攻を、少女はひらひらと舞いながら躱してゆく。仕舞には、その表情に淀みのない無垢な笑顔を現しながら、ただ斬る。
「あッははははははははァ! いいぞッ、この上ない快さだッ!」
山ン本は大いに賛美した。かつて在りした自らの絶頂。しかしながら、それを遥かに凌駕する少女の身体能力をもって。
「ひひひッ。この娘の身体さえあれば、俺は再び天下へ行ける」
雲を貫くほどの悲鳴と歓喜。決して交わらないそれらは、黒く歪んだ空の中で混ざり合う。
まさしく少女の独壇場であった。そして、その檜舞台にて眩い光を浴びるカラクリに、シノベエは図らずも劣等感を抱いた。
「なんてことですか…………。我ら高潔な獣人族の血が、薄汚い欠け人によって流れるなんて……」
決して届くことの無い、自らが憧れた晴れ姿を目の当たりにして。
「人間風情が、人間風情が、人間風情がッ! この、劣等種がァァァァア!」
――アビリティ【奇蹟】発動
――【落雷】
夏の夜空に巻き上げられた積乱雲が、獣のように唸り輝き。天が造りし一閃が、さながら大地に根を張るように天下る。当たれば死に、当たらずとも命に至るを負わせる光。
「【神凬】」
だがその落雷は、突如吹きすさぶ暴風によって、まるで煙のように入道雲ごと散らされてしまった。




