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脅かされた平穏②

 燃え滾る家々はカラスが飛び交う春の夜空を赤く染め。そして立ち昇る黒煙は、とぐろを巻く龍のように空へと還る。のどかな村落の風景は、突如仕掛けられた夜襲によって、将に地獄絵図へと姿を変えていた。


「お願いだから! 今すぐ逃げて!」

「で、でも!」

「お願い! 私がアナタを殺してしまう前に!」

「出来ないよ!」


 手に包丁を持った女が、恋人らしき男を襲っている。しかし女は涙を流し、その行動とは真逆の言葉を口走らせていた。


「一体どうしたってんだよ、モミジ!」

「私だって分かんないよ!」


 腰を抜かし、尻をつく男。そして包丁を振りかざし、追い詰めるようにして男へと迫る女。だが異常なのは彼らだけではなく、その平常ならざる光景は、村のそこかしこで繰り広げられていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」


 一切の光が消えた目で、何度も謝罪の言葉を口にしながら、既に息絶えた夫の体に刃物を突き立てる女。


「殺してくれ! 誰か、俺を殺してくれ! じゃないと、じゃないと妻を殺しちまう!」


 大木を切り倒す為のノコギリを手にし、何度も何度も家の戸を蹴り続ける男。その家の中では、そんな夫から子供たちを守るべく、女が一人、必死に扉を塞いでいる。


 愛する者が、愛する者を殺そうとする異常。一瞬にして地獄の風景へと代わってしまった村の中は、聞くに堪えない悍ましい悲鳴や、空でさえ割れてしまいそうなほどの慟哭で満たされていた。

 

 だが一つだけ、その音を楽しむかのように嗤う声。


「善いですねぇ、善いですねぇ。人間の親が人間の子共を殺す絶景! 人間同士が殺し合う景観!」


 村から少し離れたところ。茶色の体毛に覆われ、所々に白い斑点が見える男の獣人が、数人の部下と共に焼かれる村を眺めながら、歓喜の声をあげていた。


「これぞまさしく、我ら獣人族を愛する神々が、我らに与え給うた天祐てんゆう! そして卑しき欠け人共に下された天罰! 恥ずかしながらこのシノベエ、沸きあがる興奮を抑え込めません」


 二日前の昼間、カラクリたちの村から人間の女を攫おうとした獣人シノベエは、新たに堂狸族の兵士を数十人引き連れて、この村へと舞い戻っていた。


「ああ、天にまします御主おんあるじよ、神の血を持たぬ欠け人共に、救いの業火を与え給う!」


 人族が殺し合う様を、愉快痛快な様で嗤う獣人族。その中でも、ひと際楽しげに嗤うのがシノベエであった。そして、そんな彼の様を見て、兵士たちも嬉しそうに笑う。


「シノベエ様、今日はいつになく機嫌がよろしいようだな」

「それもそうさ。アレだけ嫌悪していた人間どもを、こうして懲らしめてやってるんだからな」

「確かにそうだなぁ。しかし人族の奴ら、何が何だか分からんって顔してるぜ」

「ああ。こんなに笑えるのは久しぶりだ」


 さながら安全な布団の中で、人が殺し合う劇を見る。そんな感覚が、今まさに彼らを包み込んでいた。確立された安全圏。自分たちに害はなく、ただただ楽しく、祭りの余興でもような見る気立て。シノベエらは、そんな心を持って夜襲に臨んでいた。


 次の瞬間に、地獄がやって来るなどとは微塵も想わず。


「楽しそうだな。獣ども」


 胡坐をかき、人間が人間を殺す愚かな様を眺めているおり、その透き通るような少女の声が、彼らの背後から聞こえてきた。


「誰だ?」

「さぁ、生き残りだろ」

「どうしますか、シノベエ様」


 身長は160ほど。雪が染みついたような白髪に、まるで木の枝のように長く伸びた四肢。そして少女の手には、一振りの打ち刀。そんな彼女の佇まいを見た一人の獣人がシノベエに支持を乞う。するとシノベエはニタリと笑みを浮かべて。


「ふむ。丁度いいですね。新たな力を試すための、実験台にしましょう」

「へへへ。やっぱシノベエ様は怖えや」


 突如現れた正体不明の人間。しかし堂狸族たちは大した警戒を見せなかった。自分たちの眼前に立つ人族が、ただの非力な少女に見えたが故に。


 だがしかし次、その沈着は、あっという間に焦燥へと変わる。

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