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獣人族の来訪④

 堂狸どうり族が生贄と称して村娘を攫おうとした日の夕刻。私は、未だに体の支配権を握ったまま、落ち着きを取り戻した村の景色をただぼんやりと眺めて黄昏ていた。すると声。


「山ン本よ、昼間の活躍は見事であった」


 振り返ると、今にも死にそうな息遣いで笑うゲンゲンが、相も変わらず身の丈に合っていない大杖を頼りにしてフラフラと立っていた。


「あれしきの事、活躍とも言えんさ」

「ひょひょひょ。謙虚じゃのう」


 そう云ってゲンゲンは、あぜ道に座る私の隣に案外すんなりと腰を落として、私と同じように夕日を眺め始めた。そして、その梅干しの様な口からは大きなため息。


「しかしなぁ、殺しは善くないぞ」

「はっ、俺に云うておるのか?」

「カラクリの為を想うて言うたのじゃ」

「カラクリの為?」


 その言葉が気に掛かり、私はゲンゲンの方へ顔を向けて問うた。だが老婆はこちらなぞ一切見ず、依然その面を太陽の方へと向けながらこう語る。


「あの時カラクリは、強制的な精神転換に耐えられず眠っておった。だがもし意識が目覚めている状態で、昼間のような行いを見せてみろ。彼女の心は、あっという間に朽ちてゆくぞ」


 まだ十四という若さのせいもあるが、カラクリの心は存外に脆い。ゲンゲンの云う通り、昼間の惨劇を見ていたら一生の傷になっていたやも知れぬ。――だがまぁ、そうなったらそうなったで、私がこの身体を自由に使えるだけなのだが。


「かもしれんな」

「それに、お前さんが堂狸の者を殺したせいで、あの者らは怒り狂っておる」

「知った事か。人を呪わば穴二つだ」

「お前も知っておるじゃろ。この世界において、人間の力がどれだけ弱いか」

「まさか、俺に守れと云うのか、この村を?」


 私は嫌味を含んだ笑みと共に言葉を返してやった。だが老婆は、その表情を一切変えることなく続きの言葉を語り始める。


「そうは言うてない。守るも放っておくもお前の自由じゃ。じゃが後者を選んだ場合、お主の望む天の都には行けんじゃろうな」

「ふふふっ。ただの人間であるお前が、それを決めるのか?」

「分かるじゃろ。それは、天の神々が決めることじゃ」


 この老婆が申す事を、十まで信じている訳ではない。だが、ここで奴の云う後者を選んだところで、私に対する利が少ない事は確かだ。それに堂狸族が攻めてきた時、何か間違いがあってカラクリが死んでしまえば元も子もないのである。普段から体の支配権を握れていれば話は別だが。


「…………はぁ。どうやら、余計な事をしてしまったみたいだな」

「じゃが、昼間の行いも多少は評価できるぞ」

「ふん。その上からの物言いも、気に食わない」

「ひょひょひょ。まぁ、いずれその態度も変わるだろうさ」


 三日月のように口元を歪めて笑うゲンゲン。しかし万妖ばんようの魔王と呼ばれたこの私が、まさか一人の老婆に言いくるめられるとは情けない物である。だがそれでも、今はこのばばあしか頼れる者がいないので、私はもう一つ聞いてみる事にした。


「ゲンゲンよ、一つよいか?」

「なんじゃ」

「堂狸の者らが攻めてきたとして、その時この身体を支配しておるのがカラクリであれば、手も足も出んぞ」


 昼間は怒りに任せて支配権を奪い取ったが、しかし正直なところ、私はその仕組みを完全には理解してない。当然それはカラクリにとっても同じことであり、イザという時に入れ替わる事が出来なかった場合、その時はまさしくカラクリ共々死ぬことを意味するのだ。――ゲンゲンがそこまで知ってるとも思えんが。


「……そじゃな。これを機に覚えておくのも善いじゃろう」

「何をだ?」

「お主とカラクリが入れ替わるすべをじゃ」

「私たちの意志で、自由に入れ替われるのか?」


 なぜそんな事まで知っているのかは最早不思議でもなかった。とにかく私は自由が欲しく、逸る心のままに彼女へ問うた。


 するとゲンゲンは、こぶし大の石つぶてとそれの半分もない小石を拾ってきては、私の目の前に置いて見せる。その二つの石ころがどんな意味を持つかは分からないが、どうやらこれを使って説明をしてくれるらしい。


「まず、この大きな石ころがカラクリじゃ。で、こっちがお前」

「おい、大きい石は私だろ。訂正しろ」

「うるさいのう。大きい方はカラクリじゃ」

「いいや、絶対に私のほうが大きい」

「子共じゃないんだから、文句言うな」

「認めんぞ! 俺は絶対、大きい方の石ころだ!」

「分かった分かった! じゃあこっちがお前さんじゃ」


 ふん。物わかりの悪いババアめ。

 しかし老婆は再び立ち上ると、どこぞから更に大きな石を持ってくる。


「それじゃあ、このもっと大きい石ころがカラクリじゃ」

「なっ! き、貴様!」


 なんたる屈辱だ。石ころの大きさでも侮辱されるとは!

 そうして私が目つきを尖らせ睨んでやると、老婆はその声音を重くして云う。


「山ン本よ、お前がどれだけ喚こうが、この現実は変えられん」

「どういう意味だ!」

「お前がカラクリに生を分け与えた時、その分量は図らずも均等ではなかった」

「まさか」

「そうじゃ。お前さんは死に際で、ほぼすべての生命いのちをカラクリに吹き込んだ。その子は気付いておらぬがな」

「つまり、支配権の強さで云えば、カラクリの方が大きいと?」


 いや、身体の支配権だけではない。この体の丈夫さも、体力も、ほぼ全ての基礎的な部分が、在りし日の私を超えている。この齢でこの強さだ。私に何かしらの原因があることは分かっていた。それにゲンゲンの婆も、その事実を肯定するかのように何度も頷いている。


「そうじゃ。故にお前さんから支配権を握ることは、ほぼ不可能とも言える」

「それなら私は、どうすれば支配権を得られるのだ」

「お前が表舞台に立つ方法。それは、カラクリの許可が下りた時だけじゃ」

「なんだ、簡単ではないか」

「じゃがカラクリに嫌われでもしたら、その二度目の人生もそこまでと考えた方がいい」


 要するに、カラクリとの信頼関係が重要となってくるわけか。なれば昼間の様な行い、つまり殺しなどは控えた方が善いという訳か。――まぁ、カラクリは単純な性格だから、そこは問題ないだろうが。


「理解できたか?」

「ああ。一通りはな」

「うむ。よろしい」


 こうしてゲンゲンとの長話も終わり、陽もそろそろ沈みかけているので、私は家へと帰ることにした。そして去り際、私はゲンゲンにこう云った。


「感謝するぞ」

「ひょひょ。その感謝に加護があらん事を」


 自分でも驚いた。これまで幾度として音にしたことの無かった言葉を、なぜ斯様な老婆に対して口ずさんだのか…………。しかし結局、家に着くまでその原因は理解出来なかったので、これもカラクリの影響という事にして片付けた。

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