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頂点捕食者

 お前にとっての父母ちちははとは、この世の何ものにも代えがたい存在か?

 私にとっての親とは、ただ命を脅かすだけの存在でしかなかった。


 四〇年前、父はった。私の母は人間だったと。

 そしてこうも云った。「ミズキは人間ゆえにか弱く、お前が産声をあげると共に、逝ってしまった」と。きっとそれが、父が私を愛さなかった理由なのだろう。

 

「半端者の欠け人が」

 

 父と顔を合わせる度、私はそう云われてきた。人族を侮蔑する言葉を、心の底から、震えるほどの零度をもって。私は物心ついた時から、氷柱の如し冷やかな眼差しと、暴力の渦の只中に居た――――。


 だから十八になった暁に、私は自ら父を殺めた。


 今でも覚えている。親父殿の最期の顔ばせ。まるで、鬼でも見ているような面だったことは。

 背に生えた夜空のように黒い六枚の羽根を縮こまらせ、二十畳の広間の隅にて巨躯を震わせる大天狗。


 月のように赤い彼の血が、美しい私の白金を舐めた。


「な、何ゆえ、ひと思いに殺さぬ」

「きひひひひッ。悪いなぁ、あいにく俺は、半端者なんでね」


 そうして私はたったの一振りで、木の幹のように太い父の首を、青竹の如く斬り落としてやった。


「末代まで呪ってやる」


 その妖体を浄化させゆくさなか、父は私にそれだけを遺して逝った。


「お、おかしら…………」

「山ン本さま」


 私を恐れた妖どもは、頭目である父の死をただ脇から嘆き。そしてそれ以外の妖は、その仇を取らんと立ち向かってきた。


「貴様ッ、頭の息子だろうと容赦はせん!」


 一薙ぎで家を両断するほどの大刀を持ち、私の前に立ちはだかる赤鬼。頭が天井に届きそうなほど大きく、肌は焔のように紅い。そして山のように隆々とした肉体をもつ大妖怪。


「カ、カズラさま!」

「いくら貴方様でも、敵いませぬぞ!」

「やかましいッ! 主の怨みは俺の怨み。我が一刀のもと叩き斬ってくれるわッ!」


 そう高らかに叫んでは、子分どもの忠告も聞かずただ遮二無二に駆けてくる。


「嗚呼、身の程も知らぬ戯けどもが。故にうぬらは、俺に殺されるのだ」


 床を踏み抜き、柱をなぎ倒し、さながら猛牛のように猛り狂う妖怪に、天賦を持たない人間が、まみえて敵うはずがない。


 …………だが、その場に居合わせたあまねく妖たちは、そうは思わなかったに違いない。


「【天花吹時はなふぶき】」


 人族は本来天賦を持たぬが、――しかし半妖である私は天恵に浴していた。

 それは、清流のように奔る刻の流れを、思うがまま我がものとする術。

 使えば赤鬼は愚か、その時空に存在する全てが、まるで浮世絵の如し一枚と化す。あとはその中で、ただ緩やかに死を与えてやるのみ。


「あひゃひゃひゃッ。哀れだなァ。どれだけ剛腕だろうと、いかなる妖術をもってしても、俺には指一本も触れられんのだから」


 あの頃の私は、自らの才に溺れていた。この世の頂点に立ったのだと自惚れ、そして全てが自分の物だと思い込んで。


「いいか手前てめえらぁ、今日から俺がもとだ。文句のある奴はここで殺す」

「…………貴様に降るくらいなら、死んだ方がマシだ。欠け人」

「そうか。さらば死ね」


 私に真向かった者たちは、みな死んだ。否、私が、殺した。

 気付けば、妖が浄化した後に残る白い遺灰のみが、細雪のように漂っていた。

 

 だが、私は独りにはならなかった。


「うぬは、何か言い残すことはあるか?」


 まだ二枚の羽しか持たない烏天狗。――その時の彼もまた、私と同じくらいの齢であった。

 だからなのかは分からないが、彼は片膝を地につけて、その頭を私に垂らした。


「いえ、俺はあなた様の軍門に降ります」

「っふふ。軍と呼べるほどのつわものは、まだおらんがな」

「どれもこれも、これからにございましょうて」

「そうか。お前、名は?」

天命テンメイと申します」

「テンメイ。俺は今から世界に刃を向ける。付いて来るか?」

「御意のままに」

「はッはッはッ! 面白いッ、これから二人で暴れまくるぞッ!」


 たった一人と、たったの一匹だけで私たちは国を作った。国とは言っても、最初は三里も歩けば端に着くほどの小国だったが。

 

 だがそれでも、私たちの行く道の先に敵はいなかった。

 

 葦の国、陽月ひづきの大地を真上から見やれば、我が国は地図にも描かれぬほどの小国だった。されど、我らが造りし種火は大炎となりて、瞬く間に全土を飲み込み始めた。


 戦、戦、戦。私はその文字に、ただただ心酔していた。

 その中心に身を置いている瞬間こそ、私は私らしくいられたが故に。


「山ン本さま、わが軍がついに尾羽里おはりの国を落としました」

左様そうか。これで陽月の半分だ。よくぞやってくれた、テンメイ」

「は。ありがたき御言葉、感謝申し上げます」


 一つ、また一つと国を落としては、私は牟蔵むさしの国を大きくしていった。

 刃向かう者は捕らえ、殺し、縊り、八つ裂きにして。

 ただ、天上からの景色を眺めたかったがために。


 そうして父親を殺めてから30年後。ついに牟蔵を軍事大国に仕上げた私は、万妖の魔王と呼ばれ恐れられるまでになった。

 一国を一日で平らげるほどの軍隊と、どこまでも流れる海のように広い領土。そんな牟蔵を天守閣から眺めるのは、いと心地よかった事を覚えている。


 だが、武力の上に胡坐をかいてただ餅を食らう領主に、付いて来る民は多くなかった。


 それは、歳も五十を過ぎようとした夜のこと…………。


「山ン本さまッ」

「なんだ」


 その日の一日も、いつも通り静かに終わるのものなのだと得心していた。

 しかし、夜空に青白い月が浮かんだ時、いつもは礼儀正しい筈のテンメイが、なにやら慌しく襖を開け、月のように青ざめた表情でこう云った。


「謀反です! 領民の一部が武器を持ち、この城を囲っております!」

「わが軍はどうした?」

「ま、真に申し上げにくいのですが、わが軍も、その一部に含まれております」


 私が腹の底から信用していたのは、あの日からから共に居たテンメイだけだった。

 戦でも、まつりごとでも、私は誰の意見も聞かず、我が儘を通して来たのだ。――――だからなのだろう。彼らが私に刃を向けたのは。


「栓の無い奴らだ」


 そうして私が、深い溜め息とともに重い腰を持ち上げ、裏切者どもを一網打尽にしようと立ち上がった時だった。


 その瞬間は、まるで今日までの全てを否定するかのように、突如として訪れた。


「…………は」


 意図せず脱力する身体。

 整わぬ呼吸は思考を妨げ。

 口の中には血潮の味が一気に広がる。

 

 そして胸部には、激しい熱さと痛みを覚えた。


「さ、山ン本さまッ!」

「なんだ…………」


 天守閣には、確かに私とテンメイしかいなかった。ましてや城下から矢が届くなんてこともあり得ない。


 得体の知れぬ天賦、あるいは妖術。それは寸分の狂いもなく、将に急所を狙った確たる一撃であり、私は、どこの誰とも分からぬ者に、そうやって殺された。


「サ……モト……さま!」


 両の耳が捉えた最期の音。それは我が懐刀である、あ奴の声だけだった。

 皮肉なものだと感じた。私は、親父殿が成し得なかった天下統一に先触れたと言うのに、我が命を悼む声は、父のそれより遥かに小さかったからだ。

 否、私にとっては、それでも贅沢な幕切りではあったが…………。


 ――――――――トクン。


 もはや呼吸とも言えぬ、無様な息が聞えた末つ方。我が畢生ひっせいもそろそろと言ったところで、その小さな鼓動が闇の奥から聞こえてきた。


 将しく風前に揺れる蝋の如し頼りない灯火。

 だが、それが私の動悸でない事は直ぐに分かった。

 終わりを迎えるのみだった命とは違い、まるで海原で溺れ死なんと、必死に流木にしがみついているかのような必死さ。


 …………放ってはおけなかった。

 

「殺めることしかしてこなかった人生だが、最期くらいは」


 消えゆく意識の片隅で、私はきっと、そう思い至ったのだろう。今更なにをしたところで、安楽など得られんと云うのに。


「笑ってくれるな。私は元より、こうなる運命だったのだ」


 どこまでも続いているかのような暗黒。その深き奈落へ堕ちていく最中さなか、私は自分自身を焚き物とし、その小さな種火に薪をくべてやった。


 さすれば、まるで篝火のように燃え始める焔。赫々かっかくたるその壮麗さは、私のとは比較にならぬほど美しい。


燈日ともしび。母上はきっと、これを願って、私にこの名を授けたのだろうな」


 奪う事の愉悦ゆえつしか知らなかったが、斯様かような行いも存外…………。


「……いものだ」


 こうして、私の人生は終わりを迎えた。

 そう、私の人生が。

はじめまして。

数ある物語の中からこの小説にお目通しいただきまして誠にありがとうございます。

ダークな雰囲気の物語にしようと思っていますので、苦手な方は予めご了承ください。




でも閉じる前に☆5だけは残して行ってくださいね!!!!!!!!!!

ね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

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