巡る夏の時間と約束
☆10
・次の日の練習が終わり、
部員皆とグラウンドで談笑した後、
恵三はユミに呼び止められた。
「ケイちゃん、一緒に学校まで帰ろう」
唐突な流れだったが、恵三はいいよと言い、
二人で学校まで歩いていくことになった。
竹崎先生も後ろに着いてきたが、
ユミは、言った。
「私これから、
先生の学校の仕事が終わるまで、
学校に残ってなきゃならないんだー。
ちょっと退屈で、
寂しい気持ちになるんだ。
だから今日だけちょっと、
ケイちゃんとお喋り楽しみたいっ、
って思って、
校庭の日陰に入って、
いろいろ話したいんだ☆
家でケイちゃんがどう過ごしてるとか、
一般の学校生活ってどんな感じかな??とか、
いろいろ訊いてみたくて」
夏の光はキラキラとまぶしく輝き、
空気は暑かったがカラッと晴れた今日は、
わりに過ごしやすい部類の、
夏の日だった。
蝉の合唱が聞こえ、
時折涼しい風も吹いていた。
竹崎先生は、
「今日は少し遅くなるから、
小牧、しばらくユミの相手して、
仲良くしてあげてね」
と言い、職員用玄関の、
小さい入口の方に歩き「仲良くしろよ」、
と後ろを振り向き手を振った。
ユミは「分かってるー」と言って、
手を振り返した。
恵三もつられて竹崎先生に手を振った。
二人は学校の職員が栽培している、
緑の網紐につたを絡ませる、
朝顔の校舎の壁の日陰の、
地べたに座り、語り合った。
ユミは恵三にいろいろと訊いてきた。
思春期の男の子は、
普段何を食べ、
どんな風に暮らしてるかとか、
学校で好きな授業とかある?とか、
好きな異性とかいるの?とか、
身近で些細なことを、
二人で話した。
恵三は普段の学校生活での、
友達の話や授業でのエピソード、
最近一人で行くようになった、
レンタルビデオ店での、
面白かったビデオの話などを、
明るく楽しげに語った。
ユミは顔をニコニコさせ、
「へーそうなんだー」とか、
「分かる分かる☆!」とか、
「それは笑うよね♪!」とか、
恵三の話を、
とても楽しそうに傾聴していた。
30分ほど話して、
もうネタが尽きてきたタイミングで、
ユミは少し黙って、
「あのね私、もっと、
思い出を作りたくなって、
まだ先生に話してないけど、
一度先生と三人で、
海辺の砂浜に行ってみたくて……。
海は幼稚園の時以来、
行ってないけど、
白波とか潮騒とか、
二人で聴いたら、
きっと思い出になるし、
もっともっと、
夏の時間を楽しみたいって、
思って……」
恵三はそれを聞いて、
ユミもまた、二人が報われないことを、
きっと分かっていて、
思い出をたくさん残して、
再びまたいつか会うことを、
望んでいるんだろうな……、
と思った。
かけがえのない夏──
恵三は出来るだけ多くの時間を、
ユミと共に過ごし、
幸せで充実した夏休みにしたいと、
強く願った。
恵三は「それはいいね」と言い、
思い出を作りたいユミと、
同じ気持ちで竹崎先生と過ごす、
市内の海辺の砂浜と、
潮騒の音を思い、
その日も、
きっと素敵な夏になるだろうな、
と感じた。
お好み焼きを、
食べに行った時に思った、
再び会い、
この夏の日を語り合う瞬間、
のことを思うと、
恵三はもう二人の思いが、
報われないことなど、
殆ど気にならなくなっていた。
(人生は長い。
いかに今充実するか?
ユミと部員と竹崎先生が、
本当に心地よく、
ずっとずっとこの関係を、
大事にしたまま、
高校も高校卒業後も、
思い続けることだけが、
大事で尊いことなんだ☆)
普段から、
人生を悲観する癖のない、
健全な思春期を過ごす、
恵三はユミに明るい笑顔を向け、
「またねー」と元気に手を振って、
ユミと別れ、校門を出て、
家路へと帰っていった。
──素敵な夏休みにしよう☆、
と、日々を大切に健全に生きることを、
再び心に強く誓いながら。
…………『続く』