山を下りる
☆16〈君といる夏休み〉
・山小屋で料理を提供したのは、
女の人だった。
この山の登山道は、ハイゼット一台、
くらいは通れる広さを持っていて、
この女性は恐らく軽自動車で、
ここまで移動してきたのだろう。
メニュー表には、
〈カレーライスとカツカレー〉、
しか載っていなかった。
竹崎先生は、
「思春期だから精をつけろ」
と言い、自分も含め、
恵三にもユミにも糸目をつけず、
値の張るカツカレーをおごってくれた。
料理が出来るまで、
ユミと会話を交わした。
登るの大変だったけど、
すっごく気持ちがすっきりしたね、とか、
足パンパンにならなかった?大丈夫?、とか、
高い所に登るとビビったけど、
もの凄く景色綺麗だったね!、などなど、
恵三は本当に心で感じたことを、
自分の言葉で明るく楽しげに話した☆
ユミは柔らかく笑いながら、
うんうん、とか、そーだね、とか、
私もそう思った☆、とか、
純粋にご飯が出来るまでの、
十分くらいの間に、
恵三の声に聞き入り、
二人でとても充実した、
ひと時を過ごした。
カツカレーをスプーンで頬張る、
元気なユミを見ていると、
本当に来てよかったと、
恵三は思い、下りの道も楽しまねば、
と新しく快活な意志が、
心と体にみなぎっていくのを感じた。
30分の休憩時間では、
お互い「ちょっと疲れたね」と言い合い、
山小屋そばのベンチで仰向けになって、
仮眠をとった。
二人とも本当に寝てしまったが。
面倒見のいい竹崎先生が、
二人の肩をゆすり、「起きておきて」
と言い、恵三は何とか目を開けた。
先に起きていたユミは、
眠たげに目を細め、
片手で寝ぼけ眼をこすり、
小さく欠伸をしていた。
恵三はそんなユミを見つめ、
小さく笑い、(ユミちゃん可愛いな)
と、ユミと同じ寝ぼけ眼で思うのだった。
竹崎先生が、
「下りもゆっくり行くよー」
と言って、ユミと恵三は、
とても高揚したキラキラと明るい、
幸せな気持ちで、下山の道を歩いた☆
下りの道は当然だが、
下へと下がる体力を使わない、
降りていく坂道が多く、
まだ元気が余っていた恵三は、
下りの傾斜に合わせ足早に、
坂道に流されるまま駆け足で、
竹崎先生とユミから、
はぐれない程度に坂道を降りていった☆
恵三は心から山の美しい景色を、
楽しみ体で感じる疲労感も、
何か大きなことを為した達成感、
のように感じ、
とても充実した時間を過ごした♪
ユミからは、「はやいよ」、
と言われ、竹崎先生からは、
「小牧、クマが出るぞ(笑)」
と冗談めかした注意を受け、
二人から10mくらい先に行っては、
止まって二人を待った。
山登りはとても楽しい体験だった。
次の日は足がパンパンで、
部活でプールを泳ぐ足が重く、
普段よりも疲れた。
先生のアルファードを停めた道、
までたどり着くと、
竹崎先生は一言、
「夏は登山だよな☆
小牧もユミちゃんも、
凄く充実しただろ♪
よかったら来年も行こうな☆」
と言って、恵三とユミは、
顔を見合わせ、
二人で優しく笑った☆
とても楽しい経験だった。
帰りの道では、
二人とも疲労感から、
無言で移動したが、
この日もアルファードから、
手を振る二人の時間は、
正に夏を表す一字のように、
カラッと晴れ明るく、
まぶしいくらい透明だった──
(ユミちゃん……)
今日も恵三は、
元気で明るいユミを見て、
穏やかな幸せを感じるのだった☆
…………『続く』




