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蝙蝠怪キ譚  作者: 芙山なす
第3章《酔狂の鬼殺し》
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第3章6『鬼気迫る危機』

「さて、絵の具も落ちたことだし」


 微かに赤みが残る白い壁に触れ、私は溜め息をついた。白子と行動すると疲労が二倍になる、という噂は本当だったようだ。いつも対応お疲れ様です、臼居くん、好き。

 当の白子オンドといえば、


「危ねえー。木先会長に怒られるとこだったぜ」


「お前、この前会長の大事なプラモを壊したばかりだものね」


 窓際に飾られた会長の巨大艦隊プラモに勝手に触れて、挙げ句窓から真っ逆さまに落としてしまった前科者なのだ。プラモは粉砕、その後会長に呼び出されて白子は玉砕である。


「あの人怒ると怖いんだよ、何か、色んな意味で」


「人の物で勝手に遊ぼうとした白子が百億パーセント悪いわ」


「長谷川って人を貶す時だけIQ下がるよな!」


「あらそう? 白子の頭に合わせているのよ」


 白子は悔しそうに唸りながら、窓を開けた。見晴らしの良い景色、というよりここから望めるのは本校舎の赤茶けた壁のみなのだが。彼は窓からその下を見下ろし、首をひねった。そう。そこはお前が以前プラモを落としてしまった事件現場。

 彼は新緑の空気をいっぱいに口で吸い込み、振り返った。


「長谷川、俺たち大事なこと忘れてないか?」


「ええ、おふざけしすぎたみたいね。少し情報を整理しましょうか」


 仕事を早く終えるコツは計画を立てること、そして計画通りに実行することだ。私は自分のデスクに腰掛けた。白子も窓を閉め、まだ汚いままの机に座る。


「まず、七不思議の一番。《死を映す絵画》に描かれた女が、絵の中から飛び出した。しかも、そいつは鬼を探していて、挙げ句、ツノのある生徒を襲い回っているらしいって話」


 これは木先会長の証言である。七不思議の脱走。そこから事が動き出したのだ。ツノのある生徒を襲い、夜な夜な鬼を探す女が、絵画の中から抜け出した。だが、それが事実かどうか確証は無い。


「昨日、私たちが見に行ったとき、その絵画自体が失くなっていた」


 昨日の時点で、絵画は壁からはずされていた。額ごとである。故意に誰かが持ち出したと見て間違いないだろう。それは自然と、この事件に犯人というものが存在することを意味する。


「誰が、何の目的で持ち出したのか、盗んだのか。そこは全く見当つかねえけど、被害者の女の子の証言から鑑みて、俺はその絵画が化学室にあるんじゃないかと踏んでるぜ」


「そうね、山羊の獣人の女の子は化学室で女を見たと言っていた。そう考えるのが妥当だわ。白子でも出来る簡単な推理ね」


「よっし、鍵借りて早速行こうぜ、化学室!」


 白子は高らかにその右手を掲げてみせた。何が悲しくて朝からこんなにハイテンションなのか。私は溜め息を吐くほか無かった。


「持ってる情報もまだ少ないし、そうするのが妥当ね」


「妥当妥当って、俺の意見に渋々賛成みたいに言うんじゃねーよ、長谷川!」


「別に。それより、鍵は本校舎の職員室にあるわ。渡り廊下を渡って、さらに向こうにあるわ。さて、白子は何秒で戻ってこれるか、見物ね」


「ナチュラルに取り行かせようとすんな。ほらジャン負け行くぞ」


「ジャンマケ? 知らない文化だわ」


「じゃんけんで負けた方が鍵取りに行くってことだよ! ほら最初はグー!」



 ◆◆◆



「単純な奴ほど、最初にグーを出すのよね。知っててよかった」


 見事、パーで栄光を収めた私は、優雅に廊下を歩いていた。確かにここから職員室まで距離はあるものの、あの男の健脚ならそう時間は掛からないだろう。健脚というより怪脚か。

 生徒会室でただ待っているのもつまらないので、私は一足先に化学室へと向かうことにした。

 化学室は旧校舎の二階、生徒会室とは同階であるが、対極に位置している。実験に使われる用具だとか、それなりに危険物も置いてある魔窟。

 しかも管轄はあの倒生蘭二先生なのだ。爆発とかしてないだろうか。


 そわそわしつつ足を進めると、化学室が見えてきた。化学準備室と併設していて、割と普通の教室より広いのが魅力である。魅力である、が。


「もう鍵開いてるじゃない」


 化学室の引き戸は、明らかに数センチの隙間が出来ていた。白子には申し訳ないが、先に入ってしまおう。


 戸に手をかけた途端、鼻をつんざくような刺激臭が舞い込んだ。ツンと鼻の奥に残るような臭い、いくら私でも反射的に涙が出そうだった。

 これはおそらく、自然発生ではなく意図的に誰かに作られたもの。まさか、GWの朝から実験をしている変わり者が居るというのか。それか、実験用具の片付け忘れか。

 重たいカーテンも全て閉め切られた薄暗い室内。私は口元をハンカチで覆いつつ、手探りで進んだ。だんだんと、目や鼻に来る刺激が顕著なものとなっていく。


「一体、誰がこんな」


 脳裏で勝手に某おちゃらけ理系教師の姿を思い浮かべながら、私は恨み言を吐いた。そのとき、


 ──ガチャンッ。


「なっ──」


 重たい金属が動く音が響いた。施錠音。鍵を掛けられたのだ。外から。生憎、窓の付いていない扉からは誰が鍵を掛けたのか分かる由も無かった。


「っ!」


 がちゃがちゃと戸を弄った所で結果は変わらない。閉じ込められた。よく見ると、ご丁寧に内側からも開かないように細工されている。

 意図的に、明確な理由を持った誰かが私を化学室に閉じ込めたのだ。一体、誰が。


 まずい。閉じ込められる以前に、この臭気。この空間が意図的に作られたものだとすれば、刺激臭は毒。目的は私の毒殺か。だとすれば今すぐ換気しないと、まずい。

 もう既に息をするのも億劫だ。視界もぐらつき、悲鳴を上げている。窓の方へ走ったが、無念、


「やられた、窓はガムテープで開かないように目張りされてる。閉じ込め、られた……!」


 随分と手の込んだいたずらだ。頭がぐらぐらする。目の付け根が、執拗に痛んだ。これではガムテープを剥がすより先に、私が限界を迎えてしまう。助けを呼ぼうにも、声を上げて毒を吸い込むリスクのが高い。

 白子を待つ? それ以前に白子は無事なのか。敵は誰だ、狙いは生徒会? それとも私か。


「げほっ、ごほ……っ」


 肺に込み上げる圧迫感に、咳と滝のような汗が止まらなかった。要らない事ばかり考えて、肝心の足が動かない。朦朧とする。意識も、視界も。


 こんなところで終わりなのか。


 縦長の黒い机を伝って進んでいくが、一向に戸に近付けない。力が、抜けていく。


「はあ、はあっ、はあ……はあ……」


 縺れた足に耐えかね、私はなだれ込むように机に倒れた。気持ち悪い、息が苦しい、助けてほしい。誰か。誰か。


「に、ぃさん……た、すけて……」


 夢半ばで、幻に引きずり込まれるように、すべてが掻き消されていく。












 ◆◆◆◆



「──なんてね」


「い、痛いっ! 何するんですかぁ……」


「なんて、詰めが甘いのかしら。練乳にカルピスの原液をぶっかけて三日間煮詰めたぐらい甘い。ああ喉が焼け潰れそうだわ。ねえ、あなた反省してる?」


 私は、蹴り飛ばした化学室の扉ごと、犯人を押し潰した。長谷川ミイロは誰かに縋るようなタマではない。おまけに、悲劇のヒロインになれるほど繊細でもないのだ。

 最初からこうすれば良かったのだが、生徒会が備品を破壊するのは些か気が進まなかったのである。だが、これは死活問題。学校の資金で何とかしてもらおう。


 私は深呼吸と共に、全ての犯人を見下ろした。


「新鮮な空気はやっぱり最高ね。あと、勝ち誇ってた奴を堂々と踏み潰してやるのも最高だわ、そう思わない? 昨日の山羊の獣人ちゃん」


 覗き見える赤茶色の髪。ボブカットの少女は、小さく悲鳴を上げた。昨日、私と白子が助けた山羊の獣人ちゃん。彼女こそが、私を閉じ込めた犯人なのだ。


「可愛い顔して、随分酷いことするのね。あの臭いは塩素ガス。あんまり吸いすぎると、中毒を起こして死に至るって言うわよね。怖いわ、この長谷川波色を殺そうとしてたなんて」


 私は鍵の部分ごと外れた扉を片手でどかした。そして、怯える彼女の背中に馬乗りになり、床に叩きつける。驚きと怒りに顔を歪ませる彼女が、事の発端と見て間違いないだろう。


「どうして私が脱出出来たのか? 毒ガスが充満しきった部屋に居たのに、何故こんなにピンピンしているのか? 愚かでずる賢いあなたが聞きたいことはそんなものかしら」


「なっ……」


「私、いじめられっ子だったの。獣人だし、笑わないし、生意気な顔してるものね。男女関係なく髪をひっぱってきたり、このツノを折ろうとしてくるやつが大勢いたわ。とっても不快だった、だから強くなった。そいつらを下せるくらいにね」


「何を言って……!」


 ぐっ、と手に力を込めると、その細い肩が微かに震えるのが伝わった。


「獣人はヒトより力が強い、本当は窓ガラスを全部叩き割ろうとも思ったけど、手間が掛かるからやめたわ。獣人は皆、それを気取られないように生きてるもの。あなたも獣人だから、ちゃんと知ってると思ってたけど……」


 赤茶けた髪を搔き分けると、そこには至って普通の小さな耳が隠れていた。昨日見たものとは全くの別物、それはどう見ても人間の耳だった。


「嘘ばっかりね、貴女。これでもう、獣人ちゃんとは呼べなくなった。答え合わせの前に、名前を教えてもらえると助かるんだけど。教えてもらえたらちょっと力を弱めてあげる」


「わ、私の名前はアカリです! どうしてこんなことするんですか、生徒会さん。私、ただここを通りかかって、生徒会さんの声がしたから開けようとしただけなのにぃ!」


 ねちっこく身体を擦り合わせ、少女は瞳を潤ませた。今更すぎる弁明に、呆れて物も言い難い。彼女がそれを望むなら、こちらは堂々答え合わせを行えば良いだけの話である。


「残念だけど、お人好しの白子とは違って厳しい担当なの、私」


 そう言って、私は悲鳴を上げる少女の腕を捻り上げた。


午前0時にもう一話更新します!

怒涛の伏線回収をご覧下さい。

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