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蝙蝠怪キ譚  作者: 芙山なす
第3章《酔狂の鬼殺し》
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第3章前日譚『七不思議エチュード』


 これはボク、氷雨レイの同級生にしてクラスメイトである彼女が、不思議に魅せられたお話である。

 この物語に登場するボクは、あくまでも脇役であくまでも引き立て役。お願いだから今回だけは、否、今回もボクに注目しないでほしい。


 そう、これは一人の少女の未熟な怪鬼譚なのだから。


 

 ◆◆◆



「──で、始まりはボクで良いのかよ」


 GWの前々日、ボクはいつも通り部室で首をひねっていた。あんな大それた語りを入れたにも関わらず、ここにはボクしかいない。ボクに注目せざるを得ない。


「酷いなあ、私の存在を忘れてもらっちゃ」


 訂正。部室にいるのはボクとその声の主だけ。声を上げたのはボクに付き纏う女幽霊、


「私はエコト。乾燥肌なの、よろしくね」


「はいはいよろしく」


 パリッ。


 彼女が微笑めば、割れるような音が続いた。長袖の見覚えのない制服に、顕わになったその生足にはびっしりと鱗が犇めいている。顔にも、手にも、首にも。気持ち悪いものだから、幽霊なのかもしれない。幽霊だから、遠ざけたくなるものなのかもしれない。


「それでも君が私を遠ざけないのは、君が優しいからなのかもしれない」


「やめろ、脳内に干渉するな!」


「でも本当、君には驚いたよ、生きてて」


「ボクがいつ死ぬって言ったよ」


「ほっといたら死んじゃうかなって」


「ボクはうさぎじゃねえよ!」


 ぬるり、とボクの首辺りに腕を回し、彼女はため息をついた。実体がないせいか、そんなことをされても赤面すらしなかった。心做しか、彼女の頬が赤い気がする。彼女は艶めかしいその指で、つぅっと机をなぞってみせ、


「私がほっといてる間に、恋文なんてもらっちゃって、隅におけないなあ、レイは」


「これはラブレターじゃねえし。言い方古いな、エコトちゃん。これ、不思議部に来た手紙だよ」


「へえ、そんな部活まだ続いてたんだね」


「始めたばっかだよ!」

  

 幽霊だから全部見てたんじゃないのかよ、というツッコミはさておき、自然と視線は手元に落ちる。机に置かれた、二つ折りの書類。エコトにはそう言ったものの、残念ながら、依頼の手紙ではないのである。

 警告文書、と言っても過言ではない書類である。


「さ、レイ紙を広げてー」


「そっか、触れないんだったな」


「さ、レイ読んでー」


「そっか、でも読めなくは無いだろ」


「レイは、私が何時代に死んだと思ってるのかな」


「さすがに文字は存在する時代だよな!?」


「さあね」


 冗談はさておき、ボクはその紙を広げた。憎たらしいほど真っ直ぐにタイピングされた文字。そしてその最後には、"生徒会"という三字が堂々とそびえていた。本当、何度見てもため息が尽きない。


「ふむ、最後通告か。れっきとした活動も人数も足りていない不思議部に、部活動として存在することを現状許さないということだね、生徒会は」


「要約するとそうなるな。まあ、ボクのところにも何通か警告文は来ていたけれど、いたずらかと思って無視してたんだ」


「君は学校の中枢機関に対して、随分と大胆なことをするんだね」


「生徒会の権力ってもんを舐めてたからな」


 まさかこんな事態になるとは。

 二人とも口にしてはいないが、実際のところかなりのピンチである。生徒会から送られた、不思議部を廃部にするための最後通告。これは不思議部存続の、今後類を見ない危機なのである。

 もう何回も直談判しに行っているが、悉くそのふざけた活動内容は却下されている。明日もう一回行ってみるか、生徒会。だが、悲しいかな。明日の放課後はつくしもはるかも委員会で不在なのだ。ボク一人で立ち向かう勇気はない。万に一つもない。

 だからこうして、授業をサボってまで考えているんじゃないか、部長として。


「やばいな、困った。依頼の感覚も月イチだし、これといってアピールできる魅力も無い。今部活動を存続出来てるのは、タオ先生のおかげだな」


 顧問がいることで、不思議部の部活度はぐんとアップしているのだ。でなければ、こんなふざけた部活は既に消えている。椅子にもたれ掛かると、エコトの腹にボクの頭が貫通した。


「きゃっ、えっち!」


「いや、何か変な感覚。でも、内臓が見えるわけじゃないんだな」


「まあ私、死んでるからね」


「どうしよう。ずっと考えてるんだけどいい案が思いつかないから、もう事件起こしちゃおっかな」


「そんな、コンビニに行くみたいなノリで言われても」


「キャッシュレス殺人事件でもしちゃう?」


「さあ、ツッコミが逆転しそうだから、そろそろ私が助言してあげるね」


「あ?」


 頭をぐらりと上に向けた拍子に、彼女と目があった。そっとボクの頬を包み込む鱗の手。真っ赤な血液を溜め込んだ様な双眸、若草色の前髪がさらさらとボクをくすぐる。すり抜けていると分かっていても、気分だけ、くすぐったいものだ。


 彼女の瞳の中、血染めのボクが呆けて口を開けている。


「レイ、私を救ってくれないかな」


 ◆◆◆


「改めて自己紹介をしよう、私の名前はエコト。この学園の八番目の七不思議を担当している、ただのユーレイだよ」


「は、八番目……!?」


 七不思議って言ってるのに、早くも矛盾が生じているじゃないか! 早速言及したいのを堪えていると彼女は、


「おおよそ四十一年間、私はこの学園の七不思議で居続けているんだ。誰にも解決されず、誰にも踏み込まれず、ずーっとね」


 ふっと出た数字はやけに重く、恐ろしく感じた。四十一年。古株どころの話じゃない。齢十六のボクにはまだ想像も出来ない年月だった。浅はかすぎて、踏み込むことすら躊躇いたい。ただ何となく、彼女が救ってほしいという理由は、分かったような気がした。励ますような笑みが、今は何かが喉に引っかかったように痛かった。


「簡単に言うと、殿堂入りってやつだね。私は七不思議に殿堂入りしたから、八番目として別格の席を頂いたんだ。いつの間にか、ね」


「そりゃ名誉なことなのか」


「死んでも受け取りたくないほど不名誉だよ、君も死んでみる?」


 温度を感じさせない声は、ボクの全身を木霊する。言葉は身体に染み渡り、嫌な汗が耳の裏を伝った。人生の先輩というか、世界の先輩というか、軽口すらも憚られる空気。八番目を相手に、誰が対抗できると言うのだ。


「誰も対抗しなかったから、今の今まで私がだらだらと死にそびれているんだね」


 誰も救ってくれなかったからね。

 悲劇のヒロインめいたセリフに、吐き気がした。同情じゃない、慈悲でもない、可哀想だと思ったからじゃない。ボクに失望したようなその目に、無性に腹が立っただけだ。


「じゃあ何だ、何なんだ、どうしたら良いんだよエコトちゃん。救って救ってって言うけどさ、金魚だってポイが無いと掬えないんだぜ?」


「──私は、成仏したい」


 糸目の件ではボクを散々痛い目に合わせてくれたくせに、今更純情ぶりやがって。彼女は、掠れた声でそう呟いた。怨念も、辛さも、希望も、絶望も。何もかもを入り混ぜたような言葉だった。彼女は頭を下げ、


「ハルちゃんのときはごめん、好きな子はいじめたいタイプなんだ」


「それはいじめじゃなく犯罪って言うんだぞ」


 おかげで臼居くんもボクも大怪我である。確かに流された情報に偽りは無かったのだけれど。


「何でそうやって情報をぺらぺら流すんだよ」


「君に好意的だからさ」


「ボクはエコトちゃんに非好意的だけどな」


「話が逸れたね。さて、私の不思議を解決してもらいたいんだけど」


「七不思議って噂みたいなもんだろ。じゃあその噂を止めれば、エコトちゃんは七不思議から解放されるとか?」


「無理無理無駄無駄、それが出来たら苦労しないよ。レイは噂を甘く見てる節があるね。人脈も無い君には、ハードルが高すぎるね。噂を消すのに百年もかかっちゃう」


「そんなことしたらボクまで七不思議になっちまうわ!」


「でしょ。で、打開策として私が思いついたのは、アレだ。七不思議を全て解くこと」


 彼女はボクの鼻に人差し指を立てて見せた。


「はあ」


「七不思議は、解いたら消える。席が空くんだ。そしてその席にまた新たな不思議が入る。そういうシステムさ」


 随分効率よく回っているものだ。この学園の七不思議が聞いたこともない不思議ばかりなのも、そういうことなのだろう。古い怪異は、忘れ去られか解決されて、やがて消える。そして、新種の怪異に席を譲る。待てよ。順番に解く必要があるということは、


「七不思議をコツコツ最後まで解いて、エコトちゃんの不思議まで辿り着けってことか?」


 彼女はけろっとした表情で頷いた。


「そうだね。私は、私がどうして死んだのかも、何の未練があってここに居るのかも知らない。だから君に突き止めてほしい。早く、私の近くに来てほしい」


 何てことだ。不思議部存続の危機が迫る最中、こんなおいしい不思議が転がっているなんて。これは流石に、目を輝かせて食いつくほかないだろう。ボクは立ち上がり、両手を大きく広げた。


「学校の不安要素である七不思議を解いたら、活動内容としては申し分無いんじゃない?」


「エコトちゃんってたまには良いこと思いつくじゃーん! 七不思議万歳! エコト大好き!」


「じゃあやってくれる? 七不思議、八番目まで攻略してくれる?」


「約束したろ、やってやるぜ七不思議! この不思議部の名にかけて、解いてやるぜ七不思議!」


「部長がチョロすぎて心配になるよ、私は」


「あ、お前は信用してないぜ、エコトちゃん。糸目のこともそうだけど、まだ聞きたいことはいっぱいあるんだ」


「そう、私はレイにとって都合のいい女だもんね」


「違う、お前は不思議部の幽霊部員として働いてもらう!」


「ごしょうがないなあ」


「後生が訪れないから困ってんだろ」


 なぜ急にギャグをぶっ込むんだ。まだまだ掴みどころの無い彼女に、ボクが声をかけようとすると、


 ガララララッ。


 木先遥佳、入室。


「あ、レイくん、また授業サボってたの?」


「遥佳! 聞いてくれよこいつが──」


「また独り言言ってる。レイくん最近多いよね、そうやって何にも無いところに話しかけてるの」


「え?」


「まあいいや、プリン買ってきたから食べようよ」


 何気なく座った遥佳。爆弾発言に、弾け飛びそうな身体。ボクは破裂しないようにゆっくりと動かし、背後に目をやった。そこにはやはり、変わらず、変化のない表情で、エコトが直立している。


「お前、ボクにしか見えない系幽霊?」


「ふふ、好きな子にしか見せない系女子だよ」


 ぱりっ。


 と、そんな音も、ボクにしか響いてないんだろうな。そう思うと、口の中がひどく乾いた。


「なあ、遥佳」


「ん、何? レイくんの分もあるよ、プリン」


「──七不思議とか、興味無い?」


 ボクはあえて、合コンにいる軽妙な男のノリではるかを誘ったのだった。



 

次話から、語り手は長谷川波色になります!

第3章はそこからずっと波色視点なので、レイとはしばしのお別れですね。

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