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蝙蝠怪キ譚  作者: 芙山なす
第2章 《蜘蛛の意図決戦》
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第2章23『非力同盟戦線』



「う、わぁっ!」


 体当たりをしようとした矢先、軽やかな音と共にドアが忽然と消えたのだ。体勢が崩れ、ボクはあの無機質な床に打ち付けられてしまった。

 強打した肩を抑え、


「っ、痛っだ!」


 立ち上がろうとしたが、上手く足に力が入らなかった。おかしかった。何かが。足が、上がらない。上がらないのだ、ボクの足が。


「う、うわぁあああっ!?」


 糸、それは透明な、まるで毛髪のような糸がボクの足に絡みついていたのだ。頬がぴりぴりと疼いていた。確か、干からびたユリィを見たときもこんな恐怖に駆られた記憶がある。ボクは焦ってそれを引き剥がそうとしたが、微塵も解けない。堅く、細く、それでいて強靭な糸は体をするすると這い、


「や、め……!」


 喉に巻き付いたのだ。

 ぎりぎりと、針金のようなそれは容赦なくボクの喉を締め上げ、呼吸することすら許さない。頭に血液が逆流し、吹き出してしまうような苦しさが襲う。

 

 まずい。

 情報を確認する前に先手を打たれた。

 だが。


「ボクの"首"を狙うのは、馬鹿のすることだぜ」


 声をあげる、声にならない、声をあげる。もちろん、それを拾ってくれるのは──、


「「キィ──────ッ!」」


 首元のスカーフが、幾多の奇声と共に膨れ、破裂する。ボクの愛すべき蝙蝠たち。声にならなくていい。囁くだけでいい。ボクらは、一心同体なのだから。


「キ、キィ─────!」



 ぶち、ぶちぶちぶちっ。


 太い糸が食いちぎられ、ボクの首はやっと自由に放たれた。


「はぁ────、はぁ、すぅうう、はぁあ……」


 深く息を吸い込み、手足をグーパーと動かす。そして酩酊しかけていた視界が、一気にはっきりとした。いっそ目に痛いくらいの白、白、白い部屋。そこに居たのは。


「────興味深い、思慮深い、慈悲深い。私の糸も食べちゃうなんて、面白い蝙蝠ね」


 糸目ハルサメ。


 麗しく長い髪は根元から一気に色が抜け落ち、外されたマスクの先には、頬まで裂けた真っ赤な口腔が剥き出しになっていた。

 そして彼女の五指からは行き場を失くした糸がぎゅるぎゅると彷徨っている。もう片方の手は、


「っ──────、う」


「臼居くん────!」


 いとも簡単に、臼居くんの首を掌握しているではないか。ボクの存在に気付いたのか、彼は薄目を開けた。が、


「う、ぁ、がはっ」


「ケクククククククッ」


 糸目はその左手に力を込める。

 嫌な笑い方だ。気味が悪かった。顔を蜘蛛に這われた時のように、心臓に糸が張り付いている時のように、呆然としてしまった。もがき生を求める彼を見て尚、ボクは、



「─────放せよ」


「ケクククククククッ、なあに? 蝙蝠使いさん」


「その手ぇ放せよ蜘蛛女ぁぁあ────っ!」


 ばちんっ、という鈍い音が彼女を弾いた。見たか、蝙蝠だって五匹も居れば相当なものだろう。顔面に蝙蝠を食らった糸目は、臼居くんを解放する他なかった。


「うぅ、ぅうう、クククク」


「大丈夫か、臼居くん!」


「けほ、けほけほっ、はぁ。大丈夫です、やっぱりこの人が」


「ああ、呪いの人面蜘蛛、糸目ハルサメで間違いないみたいだな」


 顔面を抑え彼女が呻いている間、ボクたちは即座にドアの方へと移動した。


「ドアが、開かねぇ!」


「さっきあの人が壊してましたよ。どうします? 僕の携帯はそこに転がってますけど」


 臼居くんは渋い顔で、ひび割れて暗転しているそれを指した。


「安心しろ、ボクの旧型ケータイも只今の衝撃に耐えられなかった」


「連絡の道は絶たれましたね」


「臼居くん、戦闘経験は?」


「ヒーロー物の見過ぎですよ。どこの生徒会が武闘派なんですか」


「生憎、ボクも純真なプリ○ュア育ちなんでな。残念だが、根っから非戦闘員だ」


「その分だと闘える解釈になりますけどね」


「無茶言うなって、臼居くん」


 非力&非力。見るからにひょろい二人がこうして揃った訳だが、どうするか。髪をかき上げ、ボクは息をついて。臼居くんは諦めたように笑った。


「非力らしく、頑張りましょうか」


「やるしかねぇな、ボクら非力同盟で」


 つくしを連れてくればよかった、なんて密かに思いつつ、ボクらは拳を突き合わせた。そのときだった。


「──────痛ぁっ!?」


 鋭い何かが頬を掠めたのだ。

 

「氷雨くん、血が!」


 確かに、触れた手が赤く濡れた。来たか。ボクらの背後から、あの笑い声がした。


「ケククククククク。この血のにおい、味。あなた、ケクク、素晴らしいわ」


「はぁ────?」


 何事かぶつぶつと呟く彼女は、どこか様子がおかしかった。

 足が、土色に変色していくのだ。それどころか膨らみ出し、分裂をし始めた。瞬きをしている間にも、それは完成していた。いや、不完全になったと言うべきか。まるで、一匹の虫の成長を間近で見ているような気分だった。露出した腹には、シオンさんを苦しめているものと同じ痣がある。

 上はヒトは下は蜘蛛。やっと、シオンさんの言葉の意味が分かったような気がした。


「あぁ、あの人の言う通りだった。まだ、ただの男の子じゃないの。この子が、持っているのね」


「氷雨くん、本当に面識無いんですか? 何か言ってますよ」


「いや、無いよ。ボクが、持ってる? 何をだよ」


 生まれてこのかた、自分が何かを持ってるなんて思ったことは無い。だから分からない。恍惚と笑う彼女の心が。


「噛みつけ───!」


「「 キィッ、キキィ─────! 」」


「あなたは自分を知らないの。その価値を、唯一無二の心臓を分かってない」


 向かわせた蝙蝠たちに微塵の興味も示さず、彼女が見つめるのは、紛れもないボクだった。銀鱗の瞳が、万華鏡のようにひび割れて幾つものボクを映し出す。


 時が、止まったようだった。


「お前は、ボクの何を知ってるんだ?」


 伸びる糸、無数のそれは全てコウモリちゃんが齧っていく。いくら太くても、堅くても。ボクに届かないのは、知っているはずなのに。

 頬の傷口から、ぽたりと赤い雫が落ちた。


「いつかあの人が言ったの。本物の人間になるには、本物の命が要るんだって。本物の血が、肉が、心臓が必要なんだって」


「─────な」


 蝙蝠たちが、()()()()()()()()。気を取られるのも束の間。すぐ鼻の先に、蜘蛛の顔があって、


「氷雨くん、危ない────!」


「──あなたが、本物の命を持ってるのね」


 驚きに声も出なかった。

 視界の端で動いていた臼居くんが、ボクに近づいた彼女にタックルしたこととか。蝙蝠たちが苦しそうな声を出してることとか。それでも、


「────ボクはお前を、倒さなきゃいけない」


「ッククク!」

 

 と、土色の足を掬いあげた。もちろん両手でだ。非力なボクでも、自分より細い足を持ち上げることくらいは出来た。臼居くんもそれに応えるように、彼女の半身を床に叩きつける。


「───────クハッ」


 重心が崩れ、ひっくり返った蜘蛛に馬乗りになり男二人で抑えつけた。いや、聞こえは悪いが正当防衛。こちらも必死なのである。臼居くんは、ヤーッとかエイーッとか言いながら対抗しているのだ。

 そんな状況でもまだ、糸目は凄惨な笑みを浮かべていた。



「ケクッ……ククッ、ケククク」


「何がおかしいんだよ」


「形成逆転、みたいな顔して……可愛いわね。呪いの解き方も、知らないくせに」


「っ」


「私を脅す? この先死ぬしかない私が、怯えてあなたたちに情報を吐くと思う? それに私の毒でダウンしてる蝙蝠たちだけど、あなた達の武器ってそれしかないんじゃないのかしら」


 糸に毒が仕込まれていたのか。ここからどうするかなんて、彼女の言う通り考えてもない。冷や汗がぞっとする程、湧いて。口を開く前に、臼居くんの声が聞こえた。


「──あなたの目的は、何なんですか? シオンさんを呪って、一体どうしたいんですか。あの子はあなたのせいでずっと苦しんできた! その気持ちが、あなたに」


「────苦しむべきなのよ、あの子は」


「うっ────」


 ずぷ、という音。

 臼居くんの声が、不自然に途切れた。


「私よりずっと、苦しむべきなの」


「臼居くん……? なあ、おい、返事しろよ!」


「あ、あ」


「何のための、時間稼ぎだったのかしらねぇ」


 ボクの視線は、自然、右側へ向く。

 赤く透き通ったドリルが。呆気なくも簡単に。彼の太腿を貫いていたのだ。


「う、ぅうぎゃああああ────!」


「ほらほら、反撃しちゃうわよ? 糸は無数に出せる。こんな風にたくさん集めて武器にすることだってできる。蜘蛛は一芸だけじゃないのよ」


「止血……! 早く、止血しなきゃ」


 目をひん剥いてのたうち回る臼居くんの太腿を、ボクは夢中でハンカチで押さえた。


「ぃ、いだいっ! ゔぁあ、痛いっ! 痛い、痛い痛い痛いっ!」


 ぎゅうぎゅうと患部を縛り、流れる汗を拭っていると、


「っだ、大丈夫、はぁっ、大丈夫で……だからひさ、氷雨くんは、糸目を」


「────そうよ、油断はだめ」


「は─────っ、うぐ」


 つむじに、今度は酷く重い痛みが走り、視界が回転した。上から顔面に全体重をかけられ、鼻から奇妙な音が鳴る。


「っ……! ゔぅぉおお!?」


 どくどくと鼻から流れる血液。じたばた暴れてもビクともしない。怪人は相変わらず笑っているようだった。ようやく理解した。ボクの両足は、とうの昔に糸で拘束されていたのだ。この分だと、臼居もだろうな。ぐいっと髪を掴まれ、仰向けに無理やり起こされる。

 垂れ流しの鼻血で出来た血溜まりを、彼女の何本もの足が踏みつけた。彼女は手から出る糸をドリルのように鋭く固めている。そして、つぅーっとそれで首筋をなぞり、顎のすぐ下でそれを止めた。


「ねえ、酷いと思わない?」


「……ぁ」


 喉に血が張り付いて、喋りにくかった。ボクは咳混じりに声を発した。ああ、吐きそうだ。

 すぐ傍に、臼居くんも倒れている。痛みと、焦りと、苦味をかき混ぜたような顔で。倒れているくせに、噛みつくように彼女の足にしがみついているのだ。


「あなたなら、分かってくれるでしょう?」


 うわ言にも似た独り言。ボクは反旗を伺いながら、ただそれを聞いていた。

 



2022年、最速初更新ですね。

今年もよろしくお願いします。

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