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蝙蝠怪キ譚  作者: 芙山なす
第2章 《蜘蛛の意図決戦》
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第2章17『ママが居ない』



「紹介が遅れたね。この二匹は、ボクの友達なんだ。全部で六匹いるんだけど、今来てもらったのはコーンとコモモって言って──」


「か、かわいい! かわいいですね! コウモリさんたち。うわあ、いいなあ」


「それはそれは」


 再度登場した蝙蝠たちを、シオンさんは何の抵抗もなく両手でふんわりと包んだ。清楚な美少女に触れられて、蝙蝠たちも心なしか嬉しそうである。無論、ボクも嬉しい。かわいい子と、愛しいペットが戯れているなんてこれ以上の眼福は存在しないだろう。

 最近は“コウモリ”というだけで不潔のレッテルを張り付ける人も多いのだ。まったく、このもふもふの毛並みを堪能できないなんて、人生の三分の一は損をしているぞ。


「じゃなくてだな。君たちにはしてもらいたいことがあって呼んだんだ」


「キ、キキキィ?」


 コーンもコモモも何やら不穏な雰囲気でこっちを見ている。ここからは翻訳しよう。


『い、いくらレイでもそ、そそそんなお願いを聞き入れることは紳士としてNGなのです!』


「あ、あのな! まだお願い言ってないし、どういう解釈をしてるんだコーン!」


 日本語と蝙蝠語の間で、翻訳バグが起きてるのかもしれない。コーンはわたわたと真っ赤になった頭を振っていた。何だかボクが卑猥なお願いをしたように見えるじゃないか。

 ちなみに、シオンさんには蝙蝠たちの鳴き声しか聞こえていない。つまり、


「あ、あの、氷雨さん。これ、私が聞いてても大丈夫なやつですか」


「大丈夫ですよ! 苗字呼びに果てしない距離を感じるなあ!」


 シオンさんにかなり警戒されてしまった。


「茶番はここまで。シオンさん、脱がなくていいんで背中向けてもらえるかな」


「……」


「変なことしないから!」


『レイが脱がすとか言うからよ』


「コモモさんコモモさん、言ってないからそんなこと」


 シオンさんは渋々体の向きを反転させた。呪いをかけたその大元は生きている。いまだふんわりとしたままの、確証もないボクの言葉。これを決定付けるためには、あることが必要だった。


「二匹とも、この中から()()の気配はするか?」


 二匹は同時、首の代わりに頭を横に振った。


『百パーセント、純性の蜘蛛ですよ、ここに張り付いていますのは』


「そっか。じゃあ、シオンさん。あなたが昔遊んでたその、半人半蜘蛛のことだけど。その蜘蛛は饒舌だった? 話が出来て、会話が出来るくらい、饒舌に喋れていた?」


「ええ、普通の女の人みたいに話していましたけど」


 きょとんとしたような彼女に、ボクはうんうんと頷いた。じわじわとピースが嵌まり、完成に近づいていくこの感じ。脳髄から足の爪先まで、快楽物質が堪らず噴き出すようなこの感覚。ああ、不思議部に入って良かったと、初めてボクは体感した。


『へ、変態の顔してるんだけど、レイ』


「部長の顔、って言ってほしいな、コモモ」


「何か分かったんですか、レイさん」


「ああ。君の背中に居る蜘蛛は手下。というか、言語能力のままならない赤ちゃんみたいなものかな。コウモリちゃんも言ってたけど、その蜘蛛には“ママ”が居る。“殺す”とかそういう言葉も、“ママ”が言っていた言葉を真似してるんだろう」


 最初は、膨らんだ痣の中に大元の蜘蛛が入っているもんだと思っていたけれど。蝙蝠たちのおかげで違いに気付くことが出来た。

 半人半クモである“ママ”は生存している。そしておそらく、あのときのように彼女の体を乗っ取ろうとしている。

 

「あの、人が、まだ、生きて……?」


「そうだ。彼女は、死んでいない」


 殺しきれなかったのか、はたまた亡霊なのか。本当にあのときの彼女なのか。それとも、半人半蜘蛛の家族とか、子孫とかなのか。分からない。幼き少女が犯した、何よりも大きな罪は、消えない。その手が作ったのは、鮮やかな。


「シオンさん、逃げないで。辛かったら、言ってください。自分の痛みから逃げないで、隠さないで」


「ごめんなさい。わ、悪いのは、自分なのに。分かって、るんですけど、怖くって……」


「ここには、コモモを残していくから。何かあったら、知らせて。“ママ”は、ボクたち不思議部が絶対見つけてくるから、だから」


「ええ、よろしくお願いします。不思議部さん」


 彼女はそう言って、力なくボクの手を握った。軽くその手を握り返し、コモモの頭を撫でてやる。ボクの蝙蝠たちは癒し効果も抜群なのだ。きっと、大丈夫。


「任せたぞ、コモモ」


『任せられたわ。ふふっ、レイも、ヘマしないように。あと、ハルカとツクシに迷惑かけないように、あとはー、毎日ちゃんとお風呂に』


「わ、分かってるから!」


 コモモなりの応援を胸に、ボクは歩き出していた。


 ◆◆◆◆


「今日遅くなるって言わなかったからなあ、ユリィ怒ってるかな……」


 腕の時計に目を向ければ、もうとっくに二十時を回っていた。ふくろうも鳴く時間である。スカーフの中の蝙蝠たちも、夜の匂いにつられてモソモソと動き出している。早く帰らないと。そう思ったのはいいが、学校ともボクの家とも真逆の方向にあるこの場所からでは、


「《幽霊館》、もとい、ボクの家まで一時間はかかるな。一応、ユリィにメールを──ってあれ? あっ! あれぇっ、無い! 無い無い無い」


 体中、ポケットの中カバンの中、全身をくまなく探りまわっても、無い。携帯電話が、消えていたのだ。うわあー、やらかした。多分、学校の机の中だ。キヨタに急かされて置いてきてしまったのか。


「しょうがない。取りに行くか」


 つくしたちも連絡を入れてきているかもしれないしな。というかつくしの通知でメールボックスがパンクしてないかが心配だ。この前はLEINも一文字ずつ送ってきたし、既読スルーしたら電話かけてきたし、怖いのだ。既読すら付いていない今、もしかしたらメリーさんのようにボクの家まで来ている可能性が……。

 あいつはボクのメンヘラ彼女か。

 何に時間を使っているんだ白野つくしは。と、ツッコミたくなったところで路線変更。ボクは素直に学校に向かうことに決めたのだった。


 夜の、学校に。


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