第2章12『隠し事』
これはボク、氷雨レイと、学校一くだらない部活動──不思議部の軌跡である。
今日蘇るこの話は、少女の呪いを解くために少年が勇気を出して依頼してきた、心震える怪祈譚だ。
張り巡り、やがて解け行く蜘蛛の意図。
今日は、三人と駆け巡った、あの物語を話そうか。
◆◆◆
「──エフ!」
「ユー!」
「シー!」
「アイ!」
「ジー!」
「アイ!」
『四人合わせて、不思議部見参!』
と、まあ。
各々が各々の決めポーズを戦隊物のように決めたところで。
「こんにちは。不思議部部長の氷雨レイです。今心配なことは、この珍妙かつ幼稚なオープニングで、どのくらいボクのファンが消えてしまうのかということですね」
幼稚園生でももう少しマシな自己紹介を考えるぞ、これは。序盤で離脱したボクのファンも何人か居るのではないだろうか。
薄幸少年、臼居くんに依頼をされてから早一週間。
シオンさんの手紙事件が起きてからも、ボクが各委員長と顔見知りになってからも、もう早一週間である。四月も、あと少しで終わりだな。
「いま振り返るとどうですか。黒歴史でしょう、あんな大勢の先輩の前で、レイ君が裸踊りを強要されるなんて……」
「いや待てつくし。そんな歴史はボクのどこにも無いぞ。ボクがしたのは協力要請だ。前回の捏造はやめてくれ。余計に蝙蝠怪キ譚を読み返したくなっちまうじゃねえか。それに、裸踊りは去年の水燃先輩の話じゃないのか?」
「そうでしたね! 気になる水燃先輩のすっぽん×2仮面事情は、番外編①でご確認を」
「待て待て待て、読み返しの方向に持っていこうとしないでくれ、もう引き伸ばさないでくれ」
あの堅物風紀委員長の醜態はボクもむちゃくちゃ気になったし、何ならあの後全委員長に当時の動画が無いか聞いてまわったが、今は後にして欲しい。
さて、ここは保健室である。
「なぁ、冒頭に登場したボクら以外の二人が、見当たらないようだが?」
ボクは隣の丸椅子に腰掛ける少女に、そう聞いた。
栗色の髪をハーフアップにまとめる、かわいらしい少女だ。黙っていれば、かわいらしい少女だ。
「──あー、遥佳さんとタオ先生のことですね。それだけの役でしたので」
「えー、オープニングだけでここまで来てくれたのかよ、何か悪いなぁ」
あの、ちゃちなアルファベットコールだけで、残りの不思議部メンバーを呼んでしまったのか。ボクは若干否めない気持ちになりつつ、同じく不思議部メンバーである少女──つくしの方を見た。
「ま、今日の当番はボクらだからな」
「ええ」
そう。今日はボクとつくしが当番なのだ。何の、と言われれば、
「おはようございます、レイさん、つくしさん」
「おはよ、シオンさん」
「はーい、おはようございまーっす!」
「うるせ」
「レイ君こそ、キモいですよ。“おはよ☆” にぞっとしました」
「あ、の、なぁあああっ! おとなしくしてればお前はあああ」
「あら、レイ君全然おとなしくなかったじゃありませんかっ!」
「何おうっ」
「ふふっ、仲がよろしいんですね」
「良くありません!」
「心外ですよ、シオンさん!」
「ふふふっ」
しとやかな笑みを浮かべたのは、寝上シオンさんだった。つくしよりよっぽど清楚な黒髪に、右目の小さな泣きボクロが魅力的である。だが、その頬も一週間前より大分青白くなっている気がした。
彼女はボクらとは違い、保健室の純白のベッドからその半身を起こしている。
同じ制服を着ていても、その違いは明確である。
何にしろ彼女は、病人なのだから。
「病気、というより“呪い”ですから。いささか病人という表現にはそぐわない気がしますが……」
「じゃあ、患者さんって言った方が良いのかな」
「ええ、お好きにどうぞ」
困り笑いで受け入れた彼女に、ボクらはさらに身を縮めた。当番制の聞き込み調査。それが、ボクらが一週間ほど前から交代で行ってきたものだった。シオンさんにかけられた呪いについての、調査なのである。
「依頼内容は、シオンさんにかけられた呪いを解くこと、か」
不思議部は先日、地味地味で苦労性のウスイ君に、そんな依頼を受けたのだが。
「これを、あなたが呪いだって決めつける根拠は?」
「痣、です。私の背中には、ひどく大きな奇妙な形の痣があるんです」
「アザ?」
「そうです、私も確認させてもらいましたけど」
と、つくしは足元の鞄をまさぐり始めた。そういえば、この前の聞き取りのとき、同性のツクシだけ背中を見せてもらっていたっけ。奇妙な形、ならなんだろう。ハート型とか? 星型とか? ボクはクッキーの型を脳内で思い浮かべていた。
彼女が明確に“奇妙”だということは、きっとたまたま“そう見える”わけではないのだろう。
「あ、ありましたありました。そのときちゃんと描いておいたんですよ!」
ほら、こんな感じの。
と、胸を張った少女の握る紙には、
「何だ、これ」
それは、クッキーの型にあるような、そんな単純な形じゃあなかった。
奇妙だった。繊細だった。不思議だった。まるでナスカの地上絵みたいな、意味のある、形だった。蚊取り線香のように渦をまいた円、その両脇からは何本か湾曲した線が飛び出していた。何を表しているのかなんて、ボクでも分かってしまった。そりゃ、こんなのが背に浮いていたら、呪いだと、そう思うはずだ。恐る恐る、少女の方に首を向ける。
「シオンさん、なあ、これは。まるで、蜘蛛みたいだな」
張り付けられた、蜘蛛みたいだ。
こんなにも可憐な女の子の背に、こんなにも残酷な痣が刻まれているのかよ。聞けば、シオンさんが痣を見つけたのは十三歳の頃で、最近になって痣が膨れ上がり痛み出したのだと言う。
つい最近まで、そう、去年や一昨年までは庭で飛び回るくらい、活気に溢れた少女だったのに。
今じゃ、体育の授業すらまともに受けられないのだ。走れば咳が止まらなくなり、大声で笑えば痣がそれを許さない。痛みに眠れなくなった夜が、幾度あったことだろう。痛む度に保健室に来てくれたのが臼居くんで、シオンさんを支えてくれたのが、
「症状は、風邪や喘息に似てるんだけど……病院の処方箋でも効果ゼロ☆ ぼくの治療もまったく効かなかったしね☆」
「こんにちは、清田さん」
「あ。何かと語尾に星をつけてくる、ウザかわ保健委員長、清田先輩!」
「あ☆ レイ君じゃーん☆」
ボクに向かって手を振ったのは、ここに居ることを許される第三者だった。
ふわふわとした金髪に中性的な顔立ち、声変わりすらまだしていないのか、彼はつくしより高いアイドルのような声で話している。もちろん萌え袖も忘れずに。この人も、影ながら臼居くんとシオンさんに尽力してきた功労者なのだ。
よくお姉さま方に囲まれているこんなむっつり萌え袖が先輩だなんて信じたくないが。
「ていうか☆ ぼくも皆と同じ三年生なんだけどねー☆」
「え……?」
「いやいや、普通に同学年だし☆ 皆と三年間過ごしてきたし☆ 何なら、遥佳君と同じクラスだったことあるし☆」
何さー、そんなに老けて見えたの☆と、膨れる彼を横目に、ボクらは硬直していた。はるかのやつ、最近出てこないし隠し事結構してるっぽいし、何でだ!
あの、清田さんがなぁ、同い年か。いや、老けては見えなかったが(なんなら小学三年生くらいにも見えるが)、
「だ、だって、他の委員長の皆さんと至って普通にお喋りしてたじゃないですか!」
「あのぐらい、臼居ちだってしてるじゃん☆」
「いやいや、それでも余程図々しくなくちゃ、鯔生先輩のこと“トドっち”なんて呼べませんよ!」
「うーん……☆ それはつくづく思うことなんだけどさ、皆同じ星の下に生まれてるわけじゃん☆ ただ、生まれるタイミングが違かっただけで☆ それなのに“年齢”で上と下を区切って、わざわざ敬語とか使って、ぼくそういうのおかしいと思うんだよねー☆」
「上も下もない世界だったら、人生の楽しみって減ると思いますけど……」
出世するために頑張る、とか。上司を見返すために、とか。彼の言い分だと、そんな諸々の意欲を奪ってしまいかねないと思うのだ。彼は、ボクの言葉にその宝石のように爛々と輝いていたその瞳を濁らせた。残念だなぁ、と。そう言わんばかりに。
「皆が欲しいのは、意欲より、楽しみより、ただ一時の救いなんだよ☆ まあ、ぼくが物申したいのは、社会っていうより学校制度だけどね☆ たった一年や二年そこらの違いで、どうしてペコペコしなきゃいけないのかなーってさ☆」
「は、はぁ?」
清田先輩──ではなく清田君は、そんな訳の分からないような理論をボクに投げつけてきた。学校での上下関係が煩わしく感じたことなどあまり無いけれど、それはボクが未だに学校生活における色々な組織に介入していないからなのかもしれない。
部活動だって、運動部ならもっと露骨に上下が表れてくるだろうし、委員会だってもしかしたら予想以上に厳しいこともあるだろう。
清田君だって、こんな風にあっけらかんと語っているけれど、もしかしたら、
「ぼくは、委員長になってますますそういうことを……って☆ 何の話をしてたんだっけ?」
「シオンさんの呪い……っつーか、蜘蛛の痣についてだよ、キヨタ君」
「おーっ☆ そうだったね! きよたん脱線し過ぎちゃった☆ ごめんごめん☆」
一人称とかもっと突っ込みたいことはあったが、本題はあくまでシオンさんのことなので、それはまたのお楽しみだ。痣を見つけたのが十三のときだから、
「そのとき、何か事故とか事件とかに巻き込まれたりしなかった?」
「い、いえ。特にこれと言ったことは。怪我だって、したことがありませんでしたし」
「こじ付けかもしれませんが、蜘蛛が関わるような、そんな事件とか!」
「───っ」
「どうしたんですか?」
そのとき微かに、そして確かに、彼女の瞳が揺らいだ。大きく、音が立ちそうなくらいぐるんと揺れて、
「いえ、何でも。少し、痣が痛んだだけ、ですから」
「そっか」
彼女はそれ以上何も言わず、静かにシーツの隙間に潜ってしまった。
蜘蛛に関わる何かに、彼女は遭っている。
あの反応なら、絶対に心当たりがあるはずなのだ。思い付く例として、なんだろうか。
昔、蜘蛛を潰しちゃったとか、蜘蛛を食べちゃったとかか。ボクの稚拙な脳みそじゃ、このくらいしか考えられなかったけれど、やはり本人に聞いてみるのが一番効果的で。明日ははもう少し粘ってみようと、ボクらは帰路に着いたのであった。




