表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝙蝠怪キ譚  作者: 芙山なす
第2章 《蜘蛛の意図決戦》
35/62

第2章9『木先未来の名の下に』



「開口一番にぃっ、何っ、言うとんのじゃぁぁぁっ、木先ぃぃぃぃいいいいいっ!」


「こ、さき?」


「──ええ、あの方が学園の生徒会長、木先未来先輩です」


 あれが、遥佳さんのお姉さんなんですよ。


 と。つくしは言った。


 木先ミライと木先ハルカ。


 ここからでは、弟である彼の表情は一切見えなかったが。似ても似つかぬ蒼穹のざんばら髪。明るさと希望に溢れたその瞳には、口をいの字に噛みしめるドヤさんが映っている。


 弾丸のようにヤギ先輩に話しかけ、ドヤさんに怒号を飛ばされて、もう無茶苦茶であった。彼なんて打ち上げられた魚のような顔をしているぞ。大気に堪え切れていないぞ、ヤギ先輩! もうすぐ白目まで向いてしまいそうである。


 ボクに関しても状況の把握までに、幾分かの時間を要して。つくしもまた、頬が強張っていた。はるかが今までボクに隠してきたその存在。意図的か、無意識か。その判別が、ボクには着いたもんじゃなかったが。いささか、腹の下をもやもやとした何かがうずめいていた。

 にしても登場した会長は、“少女”という言葉が本当に似合う人で、ますます、穏やかなはるかとは相対している雰囲気があった。あっけらかんとした彼女は、なぜか草や小枝の絡まる髪を払い、


「そうかそうか、今日は九徳が居なくて。ふぅむ。整美、保健、あと文芸は?」


 と、首をくるりと一周させた。小言を連ねていたドヤさんも彼女の言葉に、


「今日はまだ来てへんのよ。あいつらに限ってサボりっちゅうこっちゃないと思うけど」


「保健の清田(キヨタ)なら、この時間は定期治療に立ち会ってますよ、たしか。あの子に、まだ手こずってるらしいですね、カノン」


「……ぐすぅ」


「タヌキ寝入りも、いい加減にしてください! そうやって目を逸し続けるから、清田にも迷惑を」


「それ以上、寝上に話しかけるな、鯔生。《眠り姫》を問いただすなどあまりにも無謀な行為だ、見ていて反吐が出る」


「水燃だって、またそんなこと」


「──鯔生、水燃、カノン」


『──────』


三人は、苦い顔を恐る恐る上げた。


「臼居、それに集った委員たちも待たせて悪かった」


 どよめく室内の空気を一掃するように、会長の一声が響く。


「これより、委員長代議を始める。開始が遅れてしまったこと、委員が全員揃わなかったこと、この生徒会長、木先未来がこの場を借りて詫びよう。──迷惑をかけて済まなかった」


 腰を深く折った彼女に、一同も立ち上がり、まるで打ち合わせでもしたかのように恐ろしく揃った礼を返した。洗練された儀礼とともに、定員の欠けた委員長代議は始まったのだった。



 ◆◆◆◆


「今回は、今年度初めての代議ということで、やることは自己紹介と集印くらいかな」


 真ん中の、会長席にどっしりと構えた木先先輩は、紙片を見つめてそう言った。もちろん、これはウスイ君の用意した大事な大事な資料である。が、それが暴虐少女の手によってくしゃくしゃになっていたのも事実であった。


「集印? へいつくし、ニューワードだ。しゅういん、を、教えて」


 自己紹介はもう十分だったので、ボクはつくしの方を見た。彼女は、眼鏡をくいッと上げるような──裸眼がやるとかなりかっこ悪い──動作をして、


「集印。ああ、レイ君は知らなかったんですね」


 何気にボクのギャグをスルーした。そこはヘイs○liみたいに答えてほしかったんだけどなあ。ボクの思いは何かとスルーされがちである。さらに、こんな狭い空間で上から目線まで披露してくるのだ。頭を机にこすり付けてまでボクを見下ろしたいのか。


「印を集める? 条約とかの調印みたいなもんか?」


「いえいえ、あれは判子でやるじゃないですか、違うんですよ。ここの学園の委員長たちには、代々伝統的なものが受け継がれてましてね」


 ほら、アレです。と、指す先には、鯔生先輩の胸があった。


「何だ、あの高くそびえる双丘が伝統なのか?」


 素晴らしい。これこそ先百年に残していくべき伝統だ。


「何言ってんですか、このド変態が。気持ちの悪さが表現の仕方に現れすぎていて、より際立っていますよ、もういっぺん小学三年生から臼居くんとやり直してきたらどうですか」


「それでも臼居くんを引っ張るか! というか、胸の観察許可を出したのはつくしだろ!? ちなみに聞いておくが、あの双丘に挑むってのは──」


「──アウトですね。どうでしょう、一回ドヤ先輩にビンタを見舞ってもらっては。いいえ、委員長女子全員からの集団リンチでも受けてみれば。定期的に受けていれば、そのいやらしい脳みその中身も修復できるんじゃないですか。そうですね、今度全委員長に相談してみます」


「待ってくれ、そんなことされたらボクは年上好みのドMになっちまう!」


「年下好みのド変態が何言ってんですか」


 ごんっ!


「痛ぇっ」


 その視線と共に、その拳まで冷たく重かったのを、ボクはよく覚えている。 


「違いますよ。じゃあ水燃先輩でもいいです、ほら、胸ポケットに羽が刺さっているのが見えるでしょう」


「あー、なんとなく、悪趣味だなあとは思ってたけど」


 一角獣というキャラと合わせているのかと思いきや、そのロマンチックな羽はどの委員長の胸にも見えていた。つくしは出来る限り、隙間を指しながら言う。


「あれは、学園の委員長たちに代々受け継がれる“羽ペン”なんですよ。インクも専用の紙にしか対応できない特注の高級品。一度書いたら、その紙はもう二度と破れなくなるそうです。何でも、二百年くらい前から、まったく同じものが受け継がれているんだとか」


「そこまでいくと、羽ペンよりこの学園の歴史に驚きを隠せないんだが」


 二百年前からあるって、どういうことだ。寺子屋だったりしたのかここは。一言一言に突っ込むボクを忌々しげに見つめ、


「委員長たちの“集印”も伝統的な行為で、あの羽ペンで厚紙にサインするんです。直筆の名前とか、委員会名とか。まぁいわゆる、今年の委員会や生徒会への同意書みたいなものですね」


「普通の紙に羽ペンを使っちまうと、どうなるんだ?」


「別に、これといったことは起こりませんよ。もう二度と、破れない、消せない、抹消できない、そうなるだけです。あとは、インクの濃さが尋常じゃないので、べっちょべっちょになるってだけですかね」


「べっちょべっちょに」


 引っかかった。何かが、ボクの心に引っかかっている。つくしの言葉を口の中で何度も繰り返してみる。


 インクの濃さが尋常じゃない羽ペン。ドヤさん。鯔生先輩。《眠り姫》。長谷川ミナモ先輩。安楽先輩。ヤギちゃん。臼居くん。謎だらけの委員長たち。はるかの姉であり生徒会長。


 点と点が繋がりあって、星座が生まれていくみたいに。


 何もかもが、頭の中で清算されていく。そもそもボクらの目的は、依頼の内容は。


「差出人不明の、謎の手紙」


 ──臼居くんをモテさせてあげてください。


 ──とにかく私の友達を、モテる人にしてあげてください。


「つくし、同じクラスにさ、───の子っているよな」


 ボクは耳打ちをした。彼女は大きく首を縦に振る。


「じゃあ、その子って──の、──か?」


「そう、ですね」


 つくしは、それを聞いて目いっぱいにその瞳孔を開いた。分かった。分かってしまった。そういうことだったのか、と。


 軽く笑って、ボクは。


 ()()()()()()()()()()()()()


「木先生徒会長、および、委員長の皆さん!」


 彼女らにとっては初対面の、ボクにとってはある程度熟知し済みの。一同がざわめく。

 ドヤさんはしたり顔で笑い、《眠り姫》は埋めた顔を少しだけ傾け、鯔生先輩は目を見開き、ヤギ先輩は面倒そうに目を伏せ、水燃先輩は眉間に最大級のしわを寄せた。


「臼居くんと、この不思議部、そして──ある()()のために、皆さんの力をお貸しいただけないでしょうか」


 噛まなかった。ただそれだけのことに安堵する。


 今世紀最大の大声を出したボクは、真っ赤になっているであろう頬を手で拭った。視線が痛くて、大勢の居るこの空間が憎くて、足が、震えてしまって仕方が無かったけれど。それでも。


「兄ちゃん、待ってたでその言葉」


「あ」

 

 掛けられた言葉に、少しだけ、肩が軽くなった気がしたのだった。


「──さて、皆良く聞け。今日の代議で行う追加事項だ」


 一斉に、ボクの背後に居る生徒会長に視線が集まる。彼女は、肺にこれでもかと息を溜め込んで、


「全委員会全委員長、持てる限りの力を持って、不思議部に協力することを命ずる。異論は認めない、いいな」


 と、そう命じたのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ