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蝙蝠怪キ譚  作者: 芙山なす
第2章 《蜘蛛の意図決戦》
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第2章8『主役登板』

 


「あ、遥佳だ。おーい、遥佳」


「馬鹿なんですか! こんな小声じゃ届きませんよ。あ、遥佳さんあっちに座っちゃうんですね」


 ここからは、ボクたちの会話は蟻くらいの音量で繰り広げられていると考えていただけるとありがたい。


 委員長及び生徒会による今年初の代議。委員長でも何でもないボクらは、何故かこの場に取り残されていたのだった。空いている長机に二人隠れる形だが、正直なぜ見つからないのかは不思議である。ご都合主義とか、主人公補正とか、そういうのは触れてはいけない不思議だったな。危ない危ない。主人公の座を降りる羽目になるところだった。

 というわけで、ボクらは結構この状況を満喫していた。


「おお、来ました! 我らが放送委員会、鯔生(トドキ)先輩の入場ですよ」


「あれが。あの、サイドーテールの()がか? えええ、可愛いんですけど」


 つくしが指す方には、ややポニーテール寄りのサイドテール美少女が見えた。都合よく、机と机の境からは、案外何でも見えるのだ。


「──ドヤ、あなたまた代議開始三十分前に来たんですか? 本当に卑怯極まりないですね。こんな不正ありきの勝負で、わたしが勝てる訳無いじゃないですか。ねえ、ちょっと水燃もそう思いませんか?」


「思わん。早め早めの行動には異を唱えんのが風紀委員の方針だ」


「せやよ、水燃は賢いからウチの味方してくれるんや。鯔生、アンタに付くと負けが目に見えてるからな。おとなしく先輩の言うこと聞いとき」


「うわうっざ。そうやっていちいち先輩風吹かすのやめてもらえませんか? たった一年、たった一歳の違いじゃないですか」


「たった一年。されど一年や。一歳にはしゃぐもんも居りゃ、一歳に泣くもんも居るっちゅうこっちゃ」


「むきーっ! どうせニ月生まれでわたしと生年は変わんない癖に!」


「まぁまぁああ……ドヤさんも、トドちゃんも落ち着……ぐ、ぐぅぅぅぅぅ………」


「寝るな!」


 今の仲裁、効力ゼロだったな。

 聞いたことのあるいびきと共に入ってきたのは、《眠り姫》こと寝上カノン先輩のようだった。

 にしても鯔生先輩、つくしに似すぎじゃないか。口調と言い、勢いと言い、遠目からさらに目を細めて見比べればそっくりだとも言える。委員会長に委員は似るものなのだろうか。


 ボクも安楽先輩に似るのかなぁ。微妙だなあ。安楽先輩に似たら、どうせ学園ハーレムラブコメの主人公みたいになるんだろうなあ。

 案外、ドヤさんや鯔生先輩のような気の強い女子は、安楽先輩のようななよっちい男子を好むのだ。ゆえに、彼が意図せずとも周りに肉食系女子が寄ってきて。


「はぁ……ボクも委員会ハーレム作りたいなぁ」


「どういう流れでそうなったんですか。委員長ズの中には、ちゃんと男子も居るので安心してくださいね」


「えええ……」


 スポットを当てるのは、美少女委員長ズだけで良いじゃないか。わざわざ野郎にスポットを当てなくても。

 水燃先輩や安楽先輩より、他の美少女委員長を紹介してほしいものだ。


「ヤギ先輩のことですか」

 

「“ヤギ先輩”って女だったのかよ!」


 ニュアンス的に男子前提で話を進めてしまったぜ。


「まぁ、お察しの通り、ヤギ先輩は男子なんですけどね」


「何がしたかったんだよ、やっぱり野郎じゃねぇか」


 さっきから机の下の論争に無駄しか感じないんだが。

 だがまぁ、これだけボケツッコミを繰り返しても上に音が一切漏れていないのだ。しかもこの長机、何人入っても大丈夫な広々スペース。まだいくらでも委員長ズについて議論できるぞ。始まってないけどな、代議。


「女子と防音の密空間に二人きり。この状況なのに……素晴らしいですよ、レイ君。あなたの評価がやっと地上まで到達しました。ナイスガイです」


「それまでボクの評価はどこに居たんだ!? 地底かっ、奥深くか!」


「ええ、一周回ってモグラさんにこんにちはしちゃってました。レイ君の評価は群抜に低かったよ、って意味ですね、はははっ」


「やめて、解説まで付けないで!」


「おおお。ヤギちゃんやないの、どないしたん」


「や、ヤギ……っ!」


 噂をすれば何とやら。突如飛び出したそのワードに、ボクらはバッと振り向き、


「どけっ、どくんだつくし! ボクはヤギ先輩を見てみたいっ」


「さっきまであんなに“野郎に興味は無い”って言ってた癖にぃっ。私だってヤギ先輩見たこと無いのに!」


「誰だよ、ここが広々空間の大宇宙だって言ったやつはっ!」


「そこまで言ってないですし、言ったとすればレイ君ですよ」


「何てことを! っておい、今喋ってんの、ヤギ先輩じゃないか?」

 

 ボクらはぺったりと、机に耳を張り付けた。するとかすかに味気も生気も無い、青年の声が聞こえて、


「──ど、ドヤ()に、トド()まで。あぁ、皆居る……今日は、定時帰宅の予定だったのだが……」


「せやなぁヤギちゃん、ウチも定時までには帰りたいんやけど。にしても珍しいやんか。アンタが」


「そうですよ、ヤギが代議に顔を出すなんて。珍しいことこの上ない。前代未聞の珍事ですね」


「こんのぉっ! セリフ盗んなや、トド女ぁっ! 己は躾がなってないんか、このなよい兄ちゃんと一緒に一からやり直してきた方がええんとちゃうか、おぉ!?」


「はぁん!? 何言ってるんですか、臼居くんと同じ三年生からやり直すなんて、は、恥以外の何物でもない。先輩とは思えないほど大人げの無い、非道徳的な仕打ちですよ! いくらドヤでもやって良いことと悪いことがあるんですからねっ」


 と、鯔生先輩は、震えながら体を抱いた。何とも悲劇的な美少女である。ここにボクらという三年生が二人も居るのだが。ああ、匿いたい。そして養いたい。楽園を囲む柵のように、臼居くんが前に飛び出した。


「その前に物申す権利は僕にありますからねっ!? というか僕にしかないでしょうが! 言っておきますがまず、鯔生先輩と僕は一年しか変わりませんから。しかも、ご自分で一年という僅差について語られてましたよねぇ、えぇ?」


「え、わたしそんなこと言いましたっけー、ドヤ」


「うんにゃ、ウチ聞いてへんよ。鯔生はそんなこと言うてへん」


「華麗なまでの手のひら返し!?」


「ですよねー、ほら、ドヤ()()もそう言ってくれていることですしぃ」


「せやなー、鯔生チャン」


「ネー」


「共通の敵を得てライバル関係が薄れてる!? というか僕の味方はいないんですねっ」


 がっつり棒読みしてるじゃねえか。組み合った肩がぎちぎち泣いてるぞ。隙間から見えているんだからな、引きつった美少女の顔までしっかりと。


「ああ、ドヤ()とトド()に絡まれてる……あの………なよい子、名前なんだっけ……。まあいいや、ご愁傷様」


「名前だけでも覚えてほしいんですけどっ!」


「おい、臼居くん、ヤギにそれを言うな。ヤギは僕らの名前ですらこの間覚えたばかりなんだぞ。それこそ非人道的な仕打ちだ──さて、三年生からやり直したらどうだ、臼居くん」


「どうしてそうなるんですっ! というか僕、三年生ですけどね水燃先輩!」


「は、ハセガワ()。もういいよ、……そのくらいで。お、覚えてない俺が悪いわけだし。なよ()もごめんね……」


「“なよ家”っ!? 絶対覚える気ありませんよねぇ僕の名前っ」


 おいおいおいおいおいおいおいおい、確かにボクはツッコミ要員が枯渇してると何度も嘆いたが。嘆いたのだが、臼居くん。なんだこの丁度良くいじり易い絶妙なキャラ設定は。ボクとの被りどころか、皆今の今まで氷雨レイの存在忘れてたろ。

 ボクの心の中では、複雑な思いがぐるぐるとひしめき合っていた。嫉妬ではない、そんなに矮小な主人公じゃないのだボクは。誤解しないで。


「株上げに必死ですね。見直した評価を再度見直したいくらいです。さ、レイ君、一緒に三年生からやり直しましょうか」


「うん、異論はないよ」


「だって私たち三年生ですもんね」


 一向に始まらない代議を前に、ボクと同じことを思ったのか水燃先輩が口を開いた。彼と思想が被るなんて、もっての外だったが。


「──あと来ていないのは、会長と整美と保健と文芸と体育と生活委員長か。一年から五年のHR(ホームルーム)委員は揃っているな」


「はい。僕の方に全学年、点呼報告してくれましたよ。あ、九徳先輩の代わりさんはあちらに。先輩だらけが気まずいらしくって、HR委員の皆さんとあっちに座ってます」


「臼居くん、君は気まずくないのか。さっきから僕たちに遊ばれ……もとい、僕ら先輩たちと話していて」


「遊んでる自覚おありなんですね」


 仕事片手間に臼居くんは苦笑した。満更でもないように、彼は横目で一角をとらえ、


「いつも、あの会長に対応してますから。はぁ、胃が痛いぃ。あっ、水燃先輩、仕事に飢えてませんか?」


「意図が見え透きすぎているぞ、臼居くん。まぁ、手伝ってやらなくも無いがな、あの生徒会長の相手は体育科の浅尾先生でも受難だろう。どれ、見せてみろ、代議までは僕が手伝う」


「委員長の皆さんはお優しいですね。ドヤ先輩も手伝ってくださいましたし。性格に難があるのはさて置きの話ですけど。水燃先輩だって、“風紀と和を乱す冷血宰相”と呼ばれるくらいですが、そんなことないじゃないですか」


「僕はそんな風に呼ばれているのか。──あとで東条を問い詰めるか」


 風紀委員長の二つ名に“風紀と和を乱す”が入っているのが爆笑ものである。おまけにあの水燃先輩が顔の前で手を組み、そこに額を擦りつけていたのだ。指でツノを挟むようにして、まるで少女が前髪をいじるように女々しい仕草をしていた。


 こいつは相当落ちこんでいるぞ。きっと臼居くんに小声で、そして般若のような顔で、僕はそんなに怖いのか、とか延々と聞き連ねていることだろう。

 手伝うとか言っといて、これじゃあプラマイゼロじゃねえか。逆に臼居くんの邪魔になってるじゃねえか。


 うつ伏せで爆睡する《眠り姫》、ぶつぶつと自分を振り返る一角の“冷血宰相”、ドヤさんと鯔生先輩に挟まれる(まったく羨ましくない)ヤギ先輩、やっぱり三年生の臼居くん。


 この空間を治める生徒会長とは一体。


「気になるな、臼居くんも胃を痛めるほどの生徒会長」

 

 臼居くんの大物度は大分把握できたが、未だに見えないのが生徒会長である。つくしは薄暗い机下で口角を斜めに吊り上げ、


「そういえば、生徒会長って」


「──やあやあ皆さん! 遅れたなあ、悪かった。おおっ。ヤギじゃないか、どうした。何か嫌なことでもあったのか。お前が学校に来るなんて。ん、家に帰りたくない? よし、ヤギにそんな顔をさせる家を破壊しよう!」


「ぁ、こさ──」


「──開口一番にぃっ、何っ、言うとんのじゃぁぁぁっ、木先ぃぃぃぃいいいいっ!」


 胸を張って参上した背の小さめな彼女を貫いたのは、痺れを切らしたドヤ先輩の、そんな怒号で。叫ばれた名前は、ボクにとってはあまりに身近で、驚くべき真実を表していたのだった。


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