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蝙蝠怪キ譚  作者: 芙山なす
第2章 《蜘蛛の意図決戦》
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第2章6『同じクラスの臼居くん』



「依頼ですか。おお、ちょっと内容を読み上げますね」


手紙を覗いたつくしは、こほんと咳払いした。


「“どうもこんにちは、不思議部の皆さん。今日はお日柄も良く、何とは無しに良いことが起こりそうな感じがしますね”」


「おい、つくし。そんなこと本当に書いてあんのかその手紙に」


「ありますもん。では、続けますね。“不思議部さんのことはいつもかなり近くで見ています。もう、同じ歯ブラシを使い合う仲と言っても過言ではないでしょう。いえいえ言い過ぎましたね。ですが、それだけ近距離で私はあなたたちを見ているのです。いつも、どこでも、どこまでも。それはさておき、私は今、解決できないような不思議を抱えています。だから、不思議部さんならきっと解決してくれると思い、この手紙を出しました”」


「ねぇ、これタオ先生が差出人だったっていうオチじゃないよね」


 字も雨に濡れたように黒く滲んでいるし、使われるギャグのセンスがスカンクの放屁並みに低レベルだ。遥佳の言う通り、そんなオチだったら許さないぞ。

 これだけ前半を引っ張っておいてどこらへんが蜘蛛の意図編なんだ。意図も何も、事件の片鱗すらお目見えしてないぞ。やっぱり不思議部顧問、倒生先生は本物の黒幕なんじゃないのか。


「そんなこと言わないでよ。一体タオ先生の何を見て黒幕だなんて言えるのさ」


「態度、服装、髪型、中身、全てだよ!」


「あの人はそれがアイデンティティなの! タオ先生から“だらしない”を取ったら他に何が残るっていうのさ。ね、何も残らないでしょ!」


「遥佳、自分で自分の首絞めてるぞ」


 あの人の味方をするのはどんな聖人でも至難なことだろう。庇いたくなる要素ゼロの中年だぞ。

 人当たりは良いかもしれないが、その分謎が多すぎて迂闊に味方できないのだ。ニコニコしていながら背後から刺殺されそうである。どこをとっても仲良くなれそうもないのが、不思議部顧問、倒生ランジという男だった。


「そんなこと言わないであげてくださいよ。タオ先生だって、レイ君に良くしてくれるじゃないですか。それに何と言っても教師なんですから、いつだって生徒の味方をしてくれますよ」


「生徒を厳しい校則で縛り、挙句最近は“大人の都合”とやらで行事の範囲まで縮小化する奴らが味方だって? つくし、ボクらの自由を奪うのはいつだってその教師たちなんだぜ」


「急に不満が爆裂しましたね。なんなら七日間くらい私とストライクでもして見ましょうか」


「ストライクなんてしたこともねえよ。人生基本ガーターのボクは、ボーリングだってしたこと無いんだぜ。というかお前はボクの味方なのか」


「ええ、私はタオ先生の味方で世の大人の敵です。つまり、敵の敵は味方方式です。さて、丁度セーラー服も纏っていることですし、機関銃をドンキで調達して学校をストライクショットしましょう」


「言い間違いじゃなかったのかよ!?」


 そんな大規模な破壊を望むほど不満が溜まってんのか。つくしの何をも映そうとしない空洞のような瞳が全てを物語っていた。最近の大人って、頭ごなしにボクらを否定するよな。これからを創っていくのはボクら若者の方なのにな。

 というかドンキにそんな物騒なものが置いてある筈無いだろう。R指定済みの際どいセーラーならまだしも、流石に機関銃は、


「──持ってるよん」


「ぎゃああああああああっ」


「出たあああああっ」


 にゅっと脇から飛び出したのは、ボクの腕より二周りも太い黒光りした壮大な銃口で、


「出た、なんて心外だねぇ。(わたし)だよ、わ・た・し」


「つくしぃぃいいいいいっ! 通報だ、通報するんだ! たった今、黒幕が確定した!」


 ショルダー付きの銃をどっしりと構えて現れたのは、何を隠そう倒生先生その人だった。いつも通り、気の抜けるような笑みを浮かべながら。いつの間にか、ボクの背後を取っていて。この不思議部部室という密室に、突如として現れた脅威は口を開いた。


「黒幕? ああ、これはね──」


「い、言い訳は大丈夫です先生! 一緒に本当のこと話しに行ってあげますから。な、つくし」


「えええと遥佳さん、面会って月一でしたっけ。週二でしたっけ」


「あああ、つ、つくしちゃん。通報って一一九だっけ、ゼロイチにーゼロだっけ」


 とまぁ、口を開くのはボクらが全力で阻止したが、


「これは水鉄砲です! 皆の士気が少しでも上がればいいなって思って買ってきたのにぃ」


「は」


 ボクから、やけにあっけの無い声が漏れた。気の抜けた風船にも似た音だ。そういえば、物騒にも、彼の背中にはまだいくつもの機関銃とおぼしきものがさげられていた。丁度数えて四つ。先生も含めて、ここにいる人数分である。


 少しでも皆の士気を上げるために水鉄砲を買ってきた?


 ん、んんん? いまいち話の脈がつかめないぞ。ボクだけか。つくしは、びっくりさせないでくださいよっていう空気に呑まれているし、遥佳も安心したと胸を撫で下ろしているし、どうした。

 水鉄砲は十六歳の心を振るわせてくれるための道具だったっけ。違和感しか残らなかったが、目の前の三人が楽しそうなので良しとしておこう。


「じゃあさ、我と水遊び、しよ」


「いや、しませんよ。そんな甘ったるい声出しても、誰がタオ先生に誘惑されたりなんかするもんですか。所詮は中年ですから」


「はーあ。全国の中年たちからお髭すりすりされれば良いのに」


「最悪だ!」


 下手したらヤスリよりもきつい仕打ちだ。これからは中年を敵に回さないように生きよう。


「それより、不思議部は今、依頼を受けてる最中だったんですよ。ほら、話を先に進めましょう」


「“だった”ってことは過去形でしょ。過去のことは過去のこと。もう振り返らずに水遊びしようよ」


「かまちょかよ! 部活動の顧問がまさに部活動の邪魔をしてどうする!?」


「いいじゃん、どうせ最初に登場した新キャラがまた犯人なんだから。はい、もうオチが見えたから依頼は放っておこ。さあ水遊びしよー」


「当てずっぽうなこと言わないでください。その原理でいったら水燃先輩が犯人ってことになりますよ」


「それじゃあ、水燃くんが犯人ってことで逮捕して終わりにしよ、とりあえず終話とか書いとけば皆納得してくれるって!」


「そこまでして水鉄砲使いたいんですか!」


「うん」


「元気でよろしいなあ! じゃ、早く依頼を片付けちゃいましょうよ」


「そうだね」


 大分無駄な口論に時間を割いてしまった気がする。血の気が引いて幾分か冷静になったのか、先生はしゅるりと銃をおろした。いや、水鉄砲をおろした。携帯をしまったつくしも、変わらぬ口調で続きを読み出した。


「“私が抱える不思議。それは、私の友人についてなのです。私の友達は人一倍苦労性で、人一倍優しい人です。なのに、誰にもモテないのです。なんなら友達だって私しか居ないんじゃないでしょうか。その様が不思議でたまらず、不思議部さんに依頼を出しました。手段は一切問いません。とにかく、私の友達を、モテる人にしてください。追伸、彼の写真はこの紙の裏に貼ってあります。とにかく、とにかく彼をモテさせてあげてください”」


「つくし、脚色入れて読んだか?」


「いいえ、今回ばかりはそのまんま読みました」


「え」


「ありゃりゃ」


 一同、絶句。場を取り繕うように、つくしは手紙を裏返した。


「あ、写真ついてました!」


 セロハンテープで安易につけられていたのは、手紙に記載してあった彼の写真で間違いなさそうだ。


 ぺらり。


「あれ、この人って──」


「この方、生徒会の、あの」


「それに、おい。この子、ボクらと同じクラスじゃなかったっけか」


「ええ、そうです。この気の弱そうな、そして幸の薄そうなタレ目、ええっと」


「名前、何だっけ」


「思い出してやれよ!」


 かといって、ボクも覚えていないのだが。

 写真の中に居た青年は、どこかぼやぁっと見覚えのあるような、ないような、淡い雰囲気だった。モテないんだろうな。これも、彼のオンリーショットであるにも関わらず、顔の三分の二くらい見切れていた。きっと、卒アルとかで載ってないのにも気付かれないくらい、影の薄い人なのだろう。


 確か同じクラスだったような気がしなくも無いが、なんならボクの座っている列の一番前に彼が居たような感じもしてきたが、その存在は曖昧だった。クラスの在籍歴ではボクより少し長いはずの、つくしやはるかまで首をかしげている。逆にこの中でボクが覚えていたら讃えられるだろう。まあ、思い出せないけれど。だが、


「さすがに担任なら覚えてますよ。ね、倒生先生」


「ああ、も、もちろん。そ、そ、その子は。なーんてね。ちゃんと覚えてるよ。その子、臼居くんだよね」


 コレをご覧よ、と彼はドヤ顔で背中からノートパソコンを取り出した。密室からの出現といい、ノートパソコンといい、この人の体は異次元につながっているのだろうか。


 彼は机にそれを置いて、数秒で目当てのページを開いてみせた。そこには、手紙に付いていたのと同一人物とおぼしき顔写真。しかもその臼居くんの生年月日、趣味趣向、性癖、つむじの向き、黒歴史まであらゆる情報が記載されていて、


(わたし)のパソコンにはね、全生徒の住所、電話番号にLEINのアレ。さらには足の大きさやスリーサイズまで、いろいろな情報がどこからとも無く入っているんだ」


「アンタいま、むっちゃくちゃ怖いこと言ってるぜ!?」


「ほら見てご覧、他人のLEINのやりとりまでばっちりさ」


「おい、おいおいおいおいおいおい」


「タオ先生、それ僕たちのグループだよね?」


「さらには最新ウイルスでツビッターの乗っ取りまで可能」


「ウイルス、今、ウイルスって言いましたよね!?」


「もう教育者なんかやめちまえ!」


 目まぐるしく飛び出した液晶には、不思議部のLEINの会話歴や、さらにはボクがこっそりやっていたツビッターまで、一秒も経たずに切り替わっていった。

 本当、何でこの犯罪者、教師できてるんだろう。そう聞きたくなるくらいに話が逸れたが、初の依頼のターゲットは、この三年A組の臼居くんで間違いなさそうだった。



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