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蝙蝠怪キ譚  作者: 芙山なす
第2章 《蜘蛛の意図決戦》
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第2章4『伝説のドヤ』



「寝上カノン先輩だったんですか、レイ君の髪の中で寝てたのは。はあ、理解しましたよ。初めて生で見ました。あれが噂のカノン先輩でしたか」


「なんだ、そんなに有名なのか」


 昼休み。ボクらは珍しく部室で昼食をとっていた。今朝のことを話しながら。嘆息と頷きを繰り返すつくしを見るに、《眠り姫》さんは相当な有名人らしい。

 それより、改めてみると“髪の中で寝る”って、字面ヤバくないか。本当に読んで字のごとく、髪の中で寝られてしまったのだが。ボクは手持ちのクロワッサンをかじった。もちろん、既製品である。ユリィの手作り弁当は禁止している。いわずもがな。


「で、どうなんだ」


「どうもこうも!」


 彼女は身を乗り出した。


「すごいんですよ、あの人! 浅尾先生の体育でも寝ちゃうんですって」


「あの浅尾先生の、って!? おいっ、それは珍事だぞ!」


 それはこの学園の歴史に残るくらいの偉業だ。いや、チャレンジャーだ。今時もう古い、ジャージに竹刀びんびんの、法律ぎりぎり体育教師──浅尾先生の授業で寝るなんて想像もつかない。その前に、体育の授業で“寝る”というのが想像もつかないが。


「ちなみにそれはサングラスオフのときの浅尾先生か?」


「おそらく、そうだと思われます」


 きゃーっと、二人して叫んでしまったじゃないか。機嫌がいいときはサングラスをつけている。悪いときは付けずに眼力を発動している。これが先輩たちの言う、浅尾先生の鉄則だった。

 寝上カノン先輩、もはや勇者先輩と呼ぶべきか。あの浅尾先生に楯突いても生存しているなんて。水燃先輩や波色と幼馴染という時点で、もうすでにそのメンタルは出来上がっているのかも知れない。


「そして、二つ目。あの人、図書委員長なんですよ」


「はあ──っ!? ぐふっ」


 息巻いたつくしに、パンが気道に詰まった。息が、詰まった。


「ぶふっげほっげっほ、ごほごほごほっ」


 いい機会なので説明しておこう。

 この学園は“完全実力主義制”。委員長も生徒会長も、学年関係なく実力のあるものが就任するシステムなのだ。

 頭が良い、人望がある、統率力がある、など。

 ボクはまだ参加したことが無いが、全校一斉選挙が行われるらしい。委員長である。生徒会長である。というのはつまり、“本当に実力があり、皆に選ばれた者”という証にもなるのである。


 話を戻そう。


「あ、あの《眠り姫》が、委員長だって言ったか!?」


「言いましたよ。だから私も知ってるんです」


「あ、あ、ああ、あの、物忘れや物の管理がひどいし、授業はほぼ寝ているようなあの《眠り姫》が」


「そ、そそそっそうなんですよ」


 なぜか勢いのあるたどたどしい話し方になってしまった。しかも図書委員長だなんて、あの膨大な本の管理が《眠り姫》に務まるのだろうか。つくしが続ける。


「カノン先輩は、成績優秀にして顔の広いお方、目覚めた彼女が味方に付けばそれはもう無敵の布陣と言っても過言ではないんですって」


「四六時中眠ってるあの人は、どこで人脈を広げてるんだ!?」


 起きていても人脈の広がらないボクって何なんだ。叫びたくなる衝動を抑え、ボクは頭の中を整理してみた。まず、《眠り姫》ことカノン先輩があの図書委員長で。しかも人望も厚いし成績優秀と来たか。


「有り得ない!」


「まぁ、彼女が委員長になれたのは、水燃先輩が裏で色々手を回したからっていう噂も流れてますけどね」


「ああ、それは色々と察する」


 水燃先輩の友人いうポジションを使えば、票集めなんて歯を磨くより容易いことだ。だが、あれほど冷徹な彼が、カノン先輩に献身したと思うと驚きである。


「変えたいんですよ、きっと」


「変わらなかったんだな、多分」


「──どーん! シリアスな雰囲気をぶち壊す僕がやってきたよー」


「遥佳じゃないか」


 別にこれと言ってシリアスな場面でもなかったが、木先遥佳、登場である。イタリアの郊外を歩くベリッシモな人を思わせる、フルーツやフランスパンでも詰まっているかのような大きな茶袋を抱えたはるかが、見えていたのだ。ドアの隙間から──爪先と声だけ。


「ううう、開けてぇー」


「分かった分かった」


 ボクは戸を開け、見事に両の手の塞がったハルカを部室に通した。


「よーいしょっと」


 どすんっ。と彼は袋をガラス台に置いた。袋が破裂しそうなほどに膨れている。ボクとつくしの押さえがないと、雪崩が起きそうなものだった。恐る恐る、中を覗いてみると、


「雑誌に、デザートに飲み物に文房具まで。まったく使わないだろ、ミニトマトの皮剥き機とか。一体どこの百均で買ったんだ?」


「それにこの量、まさに避難時に持ち出すセットですね。あっ、ちゃんとミネラルウォーターも入ってますよ。遥佳さん、ホームセンター巡りするなら言ってくれれば良かったのに」


「ホームセンター? ううん、違うよ」


 これほどの浪費に微塵も悪気を感じていない顔で、彼はボクらを交互に見つめた。


「じゃ、百均?」


 これにも首を横に振った。ノーらしい。


「じゃあどこなんだよ」


 堪らずボクは回答をせがんでしまった。


「ココだよ」


「ああ、会員制のコ○トコってやつの略称か」


「違うってば」


「じゃあドラ△もんと頻繁にコラボしてる、包み焼きハンバーグのおいしいファミレスの略称ですね」


「違うよ、それに関しては何であと一文字を言わないの」


「それにあそこ食い物しか売ってないだろ」


「何てこと言うんですか、コ○ス様に失礼でしょうがっ」


「違うよ二人共、カレーの美味しいお店なワケないでしょっ」


「誰もコ○壱だなんて言ってねえよ!」


「だから、購買で買ったんだってば! つくしちゃんだって知ってるでしょ、今日は()()さんが担当だったから購買に行ったんだよ」


「それはそれは、お疲れ様でした。激戦だったでしょう」


「げ、激戦……?」


 おいおい、購買の話だよな。


「もー、これだけ買ってくるの大変だったんだから。ふう、疲れた」


 と、彼は座るなり、ぐるぐると肩を回した。


「もうね、購買がすっごい人でごった返してて、売り切れ続出。購買委員の人たち、総出で整理券配ってたもん。早くお昼食べたい」


 彼は、袋にその細い手を無理やり突っ込んで、いくつかのパンを引き抜いた。どれも、円盤のように変形している。おいおいせっかく買ったのに。これじゃあ、他の物も出してしまった方がいいかもしれないな。ボクは紙袋の中を無作法にも漁った。


「へー、()()先輩が来てたんですかぁ。なら私も行けば良かったなー」


「やっぱりあの人、口が上手いね。あの訛りの所為かなあ。もぐもぐ。んん、口上に乗せられて、物が飛ぶように売れてったよ。というか、人が飛んでたよ」


「えー、私もドヤウェーブ見たかったですぅ」


 何やらボクの未開拓の話題が挙がっているらしく。()()、という聞いたことも無い名前まで聞こえてくる。しかも何だ、“ドヤウェーブ”って。想像する限りドヤ顔で体を揺らすおっさん集団しか出てこないぞ。ボクは、耳だけ傾け手元の作業に集中していた。

 全自動さといも剥き機。剥き機系多いな。さして料理もしないだろうに。ユリィにプレゼントしてあげたいくらいだ。


「もぐもぐもぐ。今日の放課後にね、代議があるんだって。そこで、HR委員長の僕も行かなきゃいけないらしくって」


「代議って、委員長ズの皆さんと生徒会長さんたちでお話するやつですよね」


 そうか、遥佳はHR委員だったのか。しっかり者だからな、抜けてるところはあるけど。委員長ズってことは、カノン先輩や水燃先輩も出るってことだ。見てみたい気もするが、見たくない気もする。流石に、全員が全員あんな委員長じゃないと信じたいが。つくしはやけに興味津々に食いついていた。


「で、代議の内容は?」


「ん、うん。今年の初回だから顔合わせだって。ドヤさんも来るしカノン先輩も居るみたいだし、僕大丈夫かな。頼れるのは水燃先輩だけだよ」


 ついに血迷ったか、遥佳。


「うわぁ、ドヤ先輩に加えて、放送委員長の鯔生(トドキ)先輩が会ったら色々と終わりそうですね。整美委員長安楽(アンラク)の先輩じゃ弱そうですし。まあピンチヒッターの体育委員長、九徳(キュートク)先輩なら──」


「明日いないんだってさ、九徳先輩」


「どんまいです、遥佳さん」


 ぽんと、つくしがその肩に手を置いていた。そうか。九徳先輩はピンチヒッターなのか。

 さすが体育委員長、皆からの信頼も厚そうなイメージだ。そしてイケイケなパリピのイメージだ。

 ドヤ、鯔生、安楽、九徳。何だか本当に実在するのかすら曖昧な苗字たちである。もはや誰がどの委員長かなんて覚えていないぜ。

 

 そんなことを考えてる間に、


「──やっと、仕分けが終わった。遥佳、昼食い終わったか」


「うん、今丁度ね。わ、ありがとレイ君」


 膨大な浪費の残骸(購入品)がやっと整理できたところだ。掃除は自信が無いが、整理整頓にかけては自信しかない。食品、本、雑誌、雑貨、文房具、調理器具、の六項目に仕分けてみた。机の上に所狭しと積み上がっているこれらを見ると、あの紙袋をもっと称えたいものである。


「それとさ、これ何だ? 一つだけ分類できなかったんだ」


 言うなれば、全自動サトイモ剥き機よりも難解で、分別しがたかったそれを、ボクは袋の隙間から取り出した。袋の上に乗っかるようにして置いてあったので、他のものより破損は少ないが、くしゃっとしてしまっている。彼は思い出したように、口を両手で覆った。


「あ、その手紙ドヤさんから貰ったんだった!」


 ドヤさん、恐るべし。ボクの手の中の、少し花の香りの漂うようなそれは、見まがえることなく“手紙”と呼べる代物だった。


 


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