第■■章3『らぶれたーでぃあゆー』
それは本当に、罰ゲームと呼んでいいくらいのものだった。
絶句して、それを落としてしまいそうで。気持ち、悪くって。いや、すぐにでも手放したくて。触れた瞬間、脳内で警鐘が鳴り響いて。
だって、中に入っていたのは、二枚の紙で。
一つは、ただのお手紙で。
もう一つは、一枚の絵だった。絵、というより、写真と呼びたくなるようなレベルの、リアルなもの。
怖気が立った。
その画力に、ではない。
そこの描かれていたのは、紛れもない、ボクの後ろ姿だった。上半身裸の、ボクの姿だった。ボクの背筋、肩甲骨なんかも。びっしりとはっきりとくっきりと。普段は隠れている部分まで鮮明に、描かれていたのだ。
これをおかしいといってはいけないだろうか。
こういうものをもらって、喜ぶのが普通なんだろうか。慣れていないボクには、まだ早すぎる刺激である。全身の皮膚という皮膚が、きりきりと悲鳴を上げながら、剥がれ落ちてしまいそうだった。描かれていた、黒いズボンに半裸のボク。
分からせたくもないし、見せたくもない。そんな部分に、彼女はいとも容易く踏み込んでいた。そもそも、あの子とは、今日がまったくの初対面じゃないか。学年が違って、クラスが違って、部活が違って、委員会が違って。何の接点も無いじゃないか。見たことも無い少女からの不気味な告白。もう、それだけで十分すぎる。
手が震え、ボクは逃げるように手紙のほうを見た。呪いの手紙を思わせるような、虫が這うような字。黒く埋め尽くされるボクの長所。前髪が少し伸びたとか、まばたきの回数が変わったとか、ボクでも気づかないような些細な変化が。無数に張り付いていて。
「(……やべえ、今すぐ捨てたい)」
人生初の呪いのラブレターを葬り去ろうとした瞬間、
「──はい、ストップ。さすがに中身まで破るのはマナー違反だよ。レイ君」
タオ先生によって阻止されてしまった。告られた経験なんてボクより乏しそうな独身が、どこか分かったような風をかもしながら、語るのだ。
「冗談かもしれない、嫌がらせかもしれない、呪いかもしれない。でも、本当の告白かもしれないじゃないか」
「あ……」
「これが彼女風の愛の伝え方かもしれない。だから、一時の嫌悪で、その想いを無碍にしちゃあいけないんじゃないかな」
字だって、壊滅的に下手なだけかもしれないでしょ。と、彼は少し先生らしいことを言っていた。
この人は本当、不思議部の顧問なんだなあ、と思ってしまう。とたん、手紙を持っていた手が軽くなった。そうだ。こんなボクに告白してくれたんだ。選りすぐりなんてしてはいけない。思えば、何の接点も無くたってボクはあの不思議部の部長だし、壁新聞も何回かジャックしているのだ。さらにさらに、整美委員の副委員長も任され、今やちょっとした学園の有名人。
告白のひとつやふたつに三つや四つ、なんらおかしくないじゃないか。
なあんだボクって、後輩にメチャクチャモテる影のスーパーアイドルだったりして。
「レイ君、ガッツポーズしているとこ悪いけど、やっぱりこれ呪いの手紙じゃない?」
「いきなり何てこと言うんですかタオ先生」
「だって、よく見たら気持ち悪くなってきちゃって」
「さっきと言ってることが違う!?」
「それに、レイ君ってクラスで浮いてるし、モテるわけないなって」
「アンタ、ボクの担任でしょうがっ」
それを言われたらボクはおしまいだ。
もともと、クラスで浮いていたボクをならしてくれたのは、あの二人だったし。今の救いはタオ先生くらいなものだ。まさかその担任にまで、指摘されるとは。見直しかけた評価をまた見直すことになるとは。この人に至っては、逆行でもなく退行でもなく足踏みをしているだけなのかもしれない。
「でもさ」
彼はいきなり、そう切り出した。
「本当の告白だったら、レイ君はどうするの」
「え」
口は“エ”の形のまま、固まった。
答えは、出さないままにしておけない。本当の告白である可能性が完全に消えない限りは。頭の隅には置いておかなきゃならないことだ。
いくらボクでも、そんなことは分かっていた。
付き合うの。付き合わないの。
急かすように言葉が降る。
ボクは。
ボクの脳裏をよぎるのは。
亜麻色の瞳をした少女の、弾けんばかりの笑顔だ。目を瞑っていても、その輝きはボクの中に強く残り続けている。異体同心、水魚之交、同じ釜の飯を食った仲。友達以上夫婦未満の仲良しコンビ。そんな彼女の方を見る。もう、目すら開けてくれない、彼女の方を。
「我は、別に良いんじゃないかって思うけどね。変態的な画力も、斜め上な思考もぴったりで」
「いやいやいや、その子はボクより上ですって! 別格ですって」
「逆にフったら怖そうだよ。ストーカー行為も悪化して、上半身だけだったヌードもやがて、下半身に……」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや、そこは想像じゃ描けないでしょう」
「描けるさ。実際に見れば良いんだから」
「ははは、笑いたくない冗談だなぁ。ははは」
ははは。一気に体温が下がっていく。ははっは。決めた。本当の告白だったら断ろう。絶対断ろう。にしても、
「あの子の名前、まだ聞いてなかったな」
名乗ってもくれなかったし。タオ先生は、口の裂けた封筒を取り出してボクの前に、
「ほら、ここにあるのがそうじゃない?」
と、指してみせた。
「え」
文字の羅列の一番最後、ボクの目に留まったのは、潰れた漢字四文字だった。
「コウコウ……サイハネ」
うん。読めなかった。