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蝙蝠怪キ譚  作者: 芙山なす
第1章《ミイラ取りを愛したミイラ》
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第1章5『捨てミイラ』



「ただいま」


 家に帰る、という行動自体が、ボクにとっては随分と久しぶりなものだった。家の扉の重厚さに、そしてそのあまりの鍵の多さに、驚いたものである。一回ごとに開けて、鍵を閉めて、こんな面倒くさいことを皆やっていたと思うだけで、拍手喝采だ。尊敬し過ぎて取り敢えず頭が上がらない。

 まぁ、成り行きで挨拶もしてみたものの、こちらはただ空しさが倍増するだけだった。


 今日も疲れた。


 ワイシャツのボタンをはずすのにも、もう慣れたものである。階段を昇りつつ、ブレザーを脱ぎ、髪紐を解き、埃が付かぬよう落ちた衣類を右手でさらう。

 一人だからとはいえ、ズボンはしっかり穿いておく。流石にベルトまでは我慢できなかったが、ほぼ半裸の状態で角を曲がり、廊下を一直線に進んであとはボクの部屋に、



「って、窓開けっぱなしじゃ──う、うわああああっ!?」



 絶叫。


 まだ部屋に爪先しか入っていないけれど、絶叫。


 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいぃぃぃぃ!

 絶叫した。とにかく叫んだ。意識をしっかりと保つために。大声で。幾年ぶりかの大絶叫で。ええええええええええええええ、気持ち悪っ。


 開け放たれたボクの部屋の中央。

 思わず、制服を落としてしまったではないか。あと少しで、ズボンもまるごとずり落ちそうである。危ない危ない。意識的にはセーフだが、もうなんかいろいろとアウトだった。

 そう、中央に置かれた謎のダンボール箱。中は予想しなくともやばい物だろう。というか、予想せずに葬り去りたかった。が、しかし、そうもいかないのだ。だって、開けっぴろげの段ボール箱の口からは、



「白い……み、っ三つ編みか!? これ!」

 


 ()()()()()()()。少し大きめの段ボール箱から、蛇のような白い三つ編みたちが。無数に。洪水のように溢れ出ていたのだ。しかも、たいそうに長めの三つ編みさんだ。髪質はかさかさで、つやもないし色も無かったが、これが作り物でないことだけは分かった。


 つまり、人毛ってこと。


 ダンボールの中に人が入ってるってこと。


 それが。ボクの部屋の。ど真ん中に。


「──ああああああああああっ、やだ怖いムリ! 何! 新手の転校生いじめかっ! ついに来たかこのときが、悪かったよっ! 今までもこれからも誤るから! 違う、謝るからああああ許してぇぇぇぇぇっ」



 発狂、および沈黙。

 嵐のあとの静けさよ。


 さて、冷静になろうか、ボク。


 思えば今の全部独り言じゃないか。むちゃくちゃでかくて恥ずかしい、痛い独り言じゃないか。

 いくらボクが謎の部活に入って、部長にまで任命されてしまったからって。いきなり起こらなくたっていいじゃないか、怪事件。


 窓からの侵入者。そいつが持ってきたと見られる死体(仮)。髪だけ人間のもので作られた、精巧な人形という線もなきにしもあらず。どちらにしろ嫌だ。ムリだ。生理的に受け付けない。


 考えるのはよそう。


 よし、勇気を出して、見なかったことにして捨てよう!


 まだ外も暗いし、庭に埋めれば気付かれないだろう。こういうときばかりは、こんな屋敷に住んでいて良かったと思うものだ。基本、誰も近寄らない。最高の隠し場所じゃねぇか。いけるぜ。これでボクの完全犯罪が──、


「──アホなんですか」


「お?」


「うん、アホだね。なんで自分の庭に埋めるのかな、バレたら終わりじゃん、レイ君!」



 部屋の入口でつっかえているボクは、後ろからぎゅうぎゅうと押されたのだ。見知った二人に。


 白野つくしと、木先遥佳に。


「おいおい、お前さん方、何でここに居るんだい?」


 何がなんだかしっちゃかめっちゃかである。どうした。ここはボクの家だぞ。学校じゃない唯一のプライベート空間なんだぞ。


「Are you OK?」


「ぶん殴りますよ?」


「ごめんなさい……って! なんでボクが謝らねばならんのだ!」


「あのねぇレイ君、ここに来ることは前もって話したでしょ。ほら、今日のことだよ。思い出して!」


「ええ、今日……?」



 遥佳にそう言われ、ボクはざーっと今日を振り返ってみる。今日、今日、今日は。そんな話をしただろうか。体育があって生物があって英語があって、そして昼時。


「あ」


「思い出した?」


「思い出した」


 思い出した。覗き込んでくる彼は、その愛らしい瞳を輝かせている。そうだ。それは、今日のランチタイム。つまり昼休みのときのことだった。確かつくしが、


「レイ君の家って、そこらのゴミ屋敷とは比べ物にならないくらいに汚いんですよ。草もなにも生やしっ放し、挙句には玄関すら埃の山。いやあ、《幽霊館》が《埃館》と呼ばれる日もそう遠くはないですね」


 とまあ。好き勝手に、それも饒舌に語ってみせ、


「えええ、このままじゃレイ君があまりにも惨めだから僕たちで掃除しに行ってあげようよ、つくしちゃん」


 と、優しい優しい遥佳がそう言ってくれたのだ。今振り返ると彼も彼で中々の物言いである。ここに住んでるボクってそんなに惨めか。


 それで来てくれたのか。

 こんな時間に。

 即日実行。


「あれ、なんか間違ってないか?」


「気のせいですよ」


 違和感はつくしの眼力によって捻り消された。気のせいらしい。それより、間違いそうになったのはこのボクの方である。


「つくし、遥佳。ボクが来た時点ではもうこうなっていたんだ。と、止められない殺人だったんだ。どうか、こんなボクを信じてほしい!」


「まるで、間違いを犯した人のようなセリフですね」


「レイ君、今のでより一層容疑が深くなったよ、半裸だし」


「ふざけた、ごめん。お願いだからボクを信じて! マジでやってないのっ」


「容疑者味がどんどん濃くなってきてますよ、半裸ですし」


「うん、信じてるよ。たとえ全人類がレイ君の敵になっても、僕たちはその敵の味方だから、半裸でもね」


「は、遥佳ぁぁぁ……」



 なんとなく文がおかしいが、まあ目を瞑ろう。おそらく、どんなときでも味方だよってことを言ってくれてるんだと思おう。


 そんなおべんちゃらはさて置いて。


「──白野つくし、とりあえずこのダンボールをお掃除してくれ。そのために来てくれたんだろ?」


「うっわ。女の子に死体遺棄させるなんて。なんてクズっぷりなんでしょ、このゴミカスがっ! 《埃館》ごと燃やしてやりましょうか」


「物言いがいちいち物騒なんだよ、お前は本当に女子なのか。絶対背中にチャックついてるだろ! そんでもって中に筋肉だるまが入ってるんだろ、お見通しなんだよこっちは!」


「な────! ごりっごりの女子ですけど?」


「ごりっごりのゴリラだろ」


「遥佳さん、ガスボンベとマッチの用意は出来てますね?」


「うん、いつでも大丈夫だよ~」


「遥佳ぁぁぁあああっ」



 というか、いつの間にかボクの棲み家が《埃館》に改名されてるし。よく見ると遥佳の手には、お土産ならぬ、想像を絶するくらいのマッチが入っているし。その細身の裏側にはおっきなガスボンベが隠されているし。どこでそんなに買ってきたんだ。え、誰がこの天使にこんなものを与えたんだ。小悪魔のいたずらじゃ済まないぞ、これ。



「ボクを令和の永沢君にするのはやめてくれっ」


「まずはちくわの中身を覗いてみましょう」


「ボケをスルーしつつ新たなボケを組み込むな!」


「はーい。じゃあレイ君、入って入ってー、ダンボールの中身を見てー」



 なんだか、こいつらと居ると恐怖心が薄れていく気がする。良い意味でも、悪い意味でも。ボクは急いで服を着直し、ベルトを締めた。このままでは公然わいせつ罪も追加されかねないので。改めて近づく。腐臭も死臭もしない。恐る恐る、ボクはそれを持ち上げ、ゆっくりと中身を覗き込んだ。


「ひぃっ!」


 ことんっ。



 軽やかな音と共に、それがボクの手から落ちた。 

 落とした。蛙を見たときの、乙女のようなひきつった悲鳴を上げて。慄き、落としてしまった。三つ編みたちが弧を描いて、埃だらけの床に散らばった。


「な、何が入って、いたんですか?」


 不思議部部員であるくらいだから、当然、ある程度覚悟はしていたはずなのだろうけど、背後にいる彼女も、少し声が強張っているのが分かる。少年の方は、息すら忘れているように、静かだった。

 静か、だった。


「こ、ここには、この、ダンボール、には」


 口に出すのにも、抵抗があった。落ち着こう、落ち着かせよう。何度深呼吸を繰り返しても、目に焼きついた一瞬は、消えない。消せない。衝撃映像のように、繰り返される。

 ボクはなるべく時間をかけて、振り返り、言った。



「白髪の、三つ編みの、あの、いわゆる()()()ってやつが、入ってたんだよ!」



 四月某日、春先に巻き込まれた最初の不思議は、訳の分からぬまま、あっさりと幕を開けたのであった。

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