第一話 『記憶喪失早々詰んだ』
さて、どうやら俺は記憶喪失というものらしい。そう自覚するや否や、まず気になるのはここはどこか、というありふれた疑問ではなく...
そう、自分の容姿である。
実際これは重要な問題だ。なぜなら、俺は自分の事すら綺麗さっぱり忘れているのだから。
できるだけ早急に確認しておきたい。すごくすごく気になる。ブサイクだったらどうしよう...いや、マジで。
そんな切実な不安を抱え、ベッドから出ようとしたのだが、足に力が入らなく、そのまま床に倒れこんでしまった。
(...痛い...肘打った...わけがわからない...泣きそうだよ...)
本当に泣きそうになった。いや、泣いた。俺はこの時、思い出せる限りでは、生まれて初めて泣いた事になる。
「うぅ...ひっ...ぐすっ...」
なんとも女々しい男泣きである。こんなところをさっきの少女に見られてしまえば最悪ドン引きされてしまうだろう。
そんな矢先、こともあろうに扉が勢いよく開き、
「おう、ぼうず!目が覚めたか、って...あ?なに泣いてんだ!?」
年齢は三十代後半といったところだろうか。ガタイがよく、暗い茶髪をオールバックにした、身長は百九十を超えてそうな男が狼狽ながら立っていた。
「す...すいま、せん......なんだか.........本当にわけがわからなくって...」
(あれ?さっきより全然声が出る...!!)
「おい、あまり無理すんじゃねぇ。俺はカルロスってんだ。さっき、ここへ来た子は俺の娘のセラだ」
低くたくましい声だが、どこか温もりを感じさせる。多分いい人なのだろう。
それにしても、あの美少女はセラっていうのか。親子なんだよな?全然似てないんですけど。
まぁ何はともあれ、この人は恩人だ。まずはお礼を言わないと、
「倒れていたところを助けていただいたみたいで...その、本当にありがとうございました」
声はまだ掠れるが、もう問題なく喋れそうだ。
「へっ、礼なら娘に言ってやんな。それでよぉ、ぼうず。お前さんは何があってあんなとこに倒れてたんだ?」
正直、それは自分が一番知りたいところであるが、とりあえずは現状を全て報告する事にした。
一通り話し終えたところで、セラさんが朝食を運んできたので、今は三人食卓につき、今後についての話をしていた。
どうやら俺は、運ばれてから三日三晩眠り続けていたらしい。
そして、鏡を見せてもらい自分の顔にすら見覚えが無いことを確認した。年齢は二十歳くらいだろう。なんというか、ブサイクとまではいかず安心したのだが、あまりにも痩せ細り、今にも死にそうな顔をしていた。
そして、カルロスさんの話では、ここはアーノルド王国より、ずっと南に位置するルイス村とのことだ。だが、そんな事を聞いたところで今の俺にはさっぱりなのだが。
「ご家族の方もきっと心配しているかと思います...お父さん、早く探してあげましょう!」
「あ、あぁ...それはそうだが、俺も仕事があるからなぁ。セラ、とりあえず今日はぼうずの事、頼んでいいか?」
「はい、わかりました!」
セラさん、俺はあなたが女神様のように見えますよ...こんな得体の知れない男にまでご慈悲を与えてくださるなんて...セラさん、バンザイ。
「そういえば、名前がわからないのではみんな何と呼べばいいかわかりません。そこで、仮の名前をつけるのはどうでしょう?」
名前、たしかにそうだ。名前が無いのは不便だもんな。名案だ。よっ!流石セラさん!
「では、ポチはいかがでしょう?」
えっ
「なぁ、セラよ...その、流石にそりゃねぇだろうよ...」
「そうでしょうか?すっごくぴったりだとおもったのですが」
俺は勘違いをしていた。彼女がなぜこんなに親切にしてくれるのか。それは、俺が捨てられた犬か猫のように見えていたからだ。
だが、そういうプレイとして、彼女に名前を呼ばれるのは正直やぶさかでも無いが、これが定着してしまえば、カルロスさんや他の誰かにもその名前を呼ばれる事となる。もしも、今後自己紹介をする機会があれば、俺は自分のことをポチとして紹介しなければならない。どんな羞恥プレイだそれは。
これはなんとしても否定しなくてはならない。
「あの、ポチというのはあまりにも、
「ポチ、私もちゃんと自己紹介するのはまだでしたね。私の名前はセラ。セラ・カーディフといいます。よろしくお願いしますねっ」
そう言って、彼女は微笑みながら手を差し伸べてきた。
やばいだろこいつ。助けてもらった手前こっちは強く出られない事を知っている眼だ。
くそ、どうする。カルロスさんに助けを求めるしかーー
「ごちそうさま、セラ。仕事に行ってくるよ。じゃあな、ぼうず。あまり無理はすんなよ!」
急ぎ気味に扉を開け、彼は出て行ってしまった。
「...あの...自分、ポチっていいます...その、よろしくお願いしますセラさん...」
「ふふっ、セラでいいですよっ」
そう言って笑った彼女は、どうしようもなく美しかった。