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「前々からアホなやつだとは思っていたけど、そこまでアホなやつだとは思ってなかったわ」


 昼食の弁当の磯辺揚げを箸でつまみながら、大塚おおつか和樹かずきは呆れ顔で言い放った。


「うるせー。こういうの、初めてだからテンパったんだよ」

「……学校の昇降口で余命宣告を受けるのが初めてじゃないやつが居たら是非とも会ってみたいわ」


 午前中の授業は余命宣告ラブレターの一件であまり集中できなかった。特に古典、あれはもう催眠術を使った拷問なんじゃないかと思うくらいひどいものだった。……あれ、余命宣告関係なくね? そんな心ここにあらずな俺を見かねたクラスメイトであり弁当フレンドでもある大塚が「悩みあるなら聞くけど」なんて、超絶柄に合わない台詞を吐くものだから、思い切って打ち明けてみたのだ。


「お前今失礼なこと考えてなかった?」

「そんなことないって」


 厚焼き玉子を食べながら、もう一度余命宣告(ラブレター)に目を落とす。大塚の言うとおり、これを正真正銘のラブレターに変換しようだなんて確かにアホかもしれない。それも、重度の。


「でもさぁ、裏の絵のたぬきはどう説明するよ? たぬきなんて、正に暗号の定番だと思わない? 〝た〟を抜くと、意味のある文章になるタイプの」

「小学生のなぞなぞかよ。仮にそうだとして、〝一ヶ月後にあなは死にます〟ってどういう意味だよ」


 ぐぬぬ。痛いところを突かれてしまった。そうなのだ。メッセージから〝た〟を抜いたところで〝あなた〟が〝あな〟に変わるだけなのだ。


「……例の雪の女王の映画を一緒に見に行きたいですっていうお誘いかもしれない」

「いくらモテたことがないからって、0%の〝可能性〟と読んで良いのかすらわからない何かに縋るその姿……見苦しい、見苦しいぞ関……」

「モテたことがないは余計だ!」


 これを認めてしまうのは非常に、非常に不本意ではあるのだが、大塚はわかりやすくイケメンで、女子からの受けがとても良い。小学校の頃から続けているというサッカーではエース的な存在感を放っており、勉強も全国模試で常にトップ10に食い込むという化け物っぷりを発揮している。なんだお前、どこかの異世界から転生してきたのか?


「大塚の元いた世界って、やっぱり魔物がいたり魔法が使えたりしたのか?」

「は? 何言ってんだお前。それよりも、この手紙どうするつもりよ?」


 大塚は空になった弁当箱を片付けながら、半ばどうでも良さそうな顔で俺に問いかける。


「どうするも何もなー……。まぁ、どうせ誰かのいたずらでしょ」

「なんだよ、暗号だのなんだの言ってるから、ただのいたずらでしたという残酷無慈悲な現実を受け止められないのかと思ってたぞ」


 そう、いたずら。書いてある言葉はなんの意味も根拠も持たず、ただの嫌がらせ。なんとなく、そう思いたくなくて抗ってみたけれども。


「さすがにこれ以上の解読作業は無意味だって、自分でもわかってるよ」


 仮にこのメッセージがそのままの意味を伝えたかったとしても、一ヶ月後の未来なんて誰にもわからないし、わかっていいはずもない。大病を患っているという覚えもなければ、自殺する予定もない。遠回しの殺人予告の可能性もあるけど、殺人予告なんてものは基本的にミステリ小説の中だけのものだし、そもそも犯行現場をうっかり目撃したこともないし、資産家の息子というわけでもない。平々凡々の高校生である俺が殺人予告を受けるだなんて、逆におこがましさすらある。


「まぁ、あんまり気にするなよ。また何かあったら相談してくれ。笑ってやるから」

「大塚に相談した俺が馬鹿だったか……」

「冗談だよ、冗談。俺、そろそろ昼練行ってくるわ」


 大塚が部活用のバッグを持ちながら席を立つ。


「練習を見に来ている女子の目の前で転んでしまえ」

「くくく、僻むな僻むな。……そういえば」


 ふと、何かを思い出した表情で大塚が口を開く。


「この間練習を見に来てた女子たちが、これと似たようなこと話してたな」

「あれ、実は大塚も余命宣告受けてたりするの?」

「ちがうちがう。確か、ネット上に掲載されている小説の話だわ」

「小説……?」

「人の死を予知できる女の子が、自分の好きな男の死を予知してしまう。女の子は、その男の死を回避しようとあの手この手で奮闘して——なんやかんやで結ばれてめでたしめでたし、になる話だったかな。今女子たちの間で話題になってて、今度映画化されるから一緒に見に行こうって誘われたからなんとなく覚えてたわ」

「さりげなく俺モテるだろアピールを入れてくる大塚さんマジぱねえっす」


 女子と一緒に映画だなんて、春が青過ぎて爆発してしまえ。


「そんなんじゃないって。その小説、ちゃんと読んだわけじゃないからなんとも言えないけど、関にもそんな展開が待ってるといいな。んじゃ、昼練行ってくるわ」

「……なんだそりゃ。おう。練習、頑張って来いよ」


 大塚は足早に教室から出て行った。うちの高校のサッカー部は県内でも有数の強豪校なので、練習が忙しいらしい。帰宅部エースの俺からすると、昼休みを返上してまで練習だなんて想像を絶する苦行だ。


 それにしても、いくら俺が青春に飢えた青春ゾンビのような存在だとしても、小説みたいな展開になることを期待するほどご都合主義者ではない。フィクションとノンフィクションの区別はできている。……それでも。最後のミートボールを噛みしめながら、こう思わずにはいられない。


 ――小説のタイトル、聞いておけばよかった。

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