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未来は見えない 8

  一行は、荒れ地を通り、暗い森を抜け、再び荒れ地を進んでいた。

 もう一夜が明け、朝焼けの空が地を見下ろす。

 三人の騎士は一人一人交代しながら眠り、ウオールは馬を操作し続けていた。

 エネも顔色一つ変えずに馬車の隣をついてくる。


 そのまま暫く進んでいると、荒れ地に草木が生え、緑が目立つ大地にさしかかる。

 他の馬が通ったのであろう足跡や、人が歩いたと思われる道が辺りに複数見える。

 少し離れたところには、自分らとは違う様相の馬車が走っていた。


 ウオールはそれらを見回しながら、グリーフ国が近いことを悟る。

 小袋にしまっておいた出入国許可証を確認し、手に持ったまま国の入り口まで進んでいく。


 報告の通り、グリーフ国の周囲には石造りの高い壁がそびえており、上ることは特殊な機器でも無い限り難しそうに見える。

 しかしウオールの目には、この壁があまり強固なものには見えなかった。

 破壊しようと思えば、手段をいくつでも考え出すことが出来そうだと推測する。


 行く先に一つの門が見える。

 そこには多くの馬車や馬、数人の徒歩で来たのであろう人までが長い列になって並んでいた。

 その最後尾に並ぶしか手段はなさそうだ。


「よし、エネ。ここまでご苦労だった。その鎧を着ていてはグリーフ国の中に入るのは無理だろうから、帰国していいぞ」

「そうですか?まあ、門の中に入るまで見届けさせていただきますよ。少し離れたところで見ています」


 エネが手綱を操作し、馬を加速させる。

 馬車から離れ、小高い丘からウオールたちを見下ろす。

 その様子を見届けて、ウオールは後ろでうつらうつらしている三人を大きな声で起こした。

 びくっと飛び上がるようにして、目を覚ました三人の衝撃で馬車が揺れてしまう。


 「なにをしているんだか」と、少しあきれてため息をつきながら、ウオールは長蛇の列となった門へ続く馬車たちの最後尾に馬車を並べた。


「こ、こんなに入国する人は多いのですね」

「だな、小国と聞いていたから少し意外だ。何か理由があるのかもな」

「それを調査するための我々、ですよね」


 ウオールは首肯する。

 そして、すっかり固まってしまった肩を回そうといったん馬車を三人に任せ、少し離れた場所で一人立って身体を伸ばした。


 長い列に並ぶ人々を見ていると、商人らしい人影も確かにあるが、やけに軽装な旅人らしき姿を見えた。

 引っ越してきたにしても荷物が少なすぎるその様子に、この国は難民の受け入れでも行っているのかと考えてみるが、ウオールにその答えがわかるはずもない。

 調べることが多く、任務が長引きそうな予感がしてウオールは辟易した。


「はい、あなたはどういった目的で入国ですか?」

「あの、この子を……」


 余りに長い列だからか、並ぶ人々の入国許可証などの確認して回っているようだ。

 グリーフ国の警備隊らしき、軽装であるが戦闘用の装備らしい防具を身に纏った者が数人、聞き込みを行っている。

 一人一人に話をしているの男の腰には剣が下げられており、他の隊員は槍や剣を手に持って、いつでも攻撃が出来るように身構えていた。


 ウオールが見ていると、今話をしている余りに着の身着のままである女性は入国証を見せず、背負ったフードをした子供を警備隊に見せた。

 すると、警備隊は納得したように頷き、次に並んでいる馬車の主人に入国証の確認をしようとする。


――なぜだ?


 不自然な対応に女性を凝視していると、少しつよい風が吹き、旅人たちの服や髪をたなびかせる。

 ウオールが見つめていた女性の背中に背負われた子供のフードがめくりあがり、その顔が一瞬見えた。

 ウオールが、その姿に驚き、呼吸を忘れて硬直する。


 その子供の顔には、ウオールの娘、ティアと同じ病気である証、紫の線が刻まれていたのである。


 ウオールは衝動のままにその親子に近づいた。

 余りに大きい図体にその母親は怯える様子を見せたが、ウオールは緊張した面立ちを隠すことができない。


 今はそれどころでないのだ。

 じっと子どもの顔を見つめながら問いかける。


「その子ども、病気か?」

「は、はい……。ですから、この国へきたんです」

「この国に連れてくれば何かあるのか?」

「えっと、この病気を研究してるお医者様がいらっしゃいまして、その方に見せれば、症状を和らげるお薬がもらえると聞いております」


 ウオールは驚きに唇を震わせながら絶句した。


 今まで、発症してから5年間、あの病気のせいでどれほど苦しみがあったことか。

 自分も立場を失い、ティアは監禁されてしまった。

 しかし、この国に連れてくれば、対応策が見つかるということに、ウオールは少しずつ顔をほころばせた。


「あの……大丈夫ですか?」

「問題ありませぬ。自分の娘も、同じ病気でして。教えていただき感謝します。今までどうしていいのかわかりませんでした故」

「なんと、そうでしたか……ぜひ、連れてきてあげてください。少しでも早く」

「この病気は、人にうつることはないのですか?」

「あるにはあるのですが、感染者の血液でも飲まないかぎりあり得ません」

 

 肩の重荷が下りた気がした。

 ウオールはその母親に深く頭を下げ、背中に背負われた子どもの頭を撫でる。

 くすぐったかったのか、うなり声をあげて顔を逸らしてしまった。


「嫌われたかな?」

「ふふふ。娘さん、良くなるといいですね」

「本当に感謝します。そちらこそ、良くなってくださいね」


 ウオールは再び頭を下げ、何度も振り返りながら離れていった。

 もうすぐ自分たちの馬車まで警備隊がやってくる。


「ウオール先生、入国証はお持ちで?」

「ああ、持っているから安心しろ」

「さっき聞いたんですけど、入国証偽造はグリーフ国において最も重い罪のひとつらしいですよ」

「ほお、なぜ?」


 すると三人とも顔を見合わせて首をかしげる。

 また調査するべき内容が増えてしまった。

 しかし、ウオールの顔は明るい。

 今は娘のことしか考えていないようだ。


 騎士たちも先ほどよりも気分が良さそうな様子に気づき、それがどうしてかひそひそと話している。


「おい、大男。入国証と目的をいえ」

「ああ」


 ウオールは上機嫌に入国証を警備たちの一人に手渡す。

 余りに身体が大きいからか、警備隊の面々は少し睨むようにしてウオールを見つめていた。

 まあ問題ないだろうと、ウオールはおとなしく座って確認を待つ。


「薬草を売りに来ました。馬車に乗っているのはすべて薬草です」

「……」


 入国証をもって長く眺めている警備隊の男が、顔をなかなか上げない。

 ウオールは眉を寄せて「なにかありましたか」と尋ねた。


 すると、その問いには答えることなく、男は入国証を破り捨てた。


「ぬ」

「偽物なんぞ、我々が見分けられないと思ったか!大男め、この場で死んでもらう!」


 周囲を囲んでいた警備隊が一斉に攻撃を仕掛けてくる。

 ウオールは馬車から飛び降り、流れるような動きで警備隊の一人から剣を奪い取った。

 しかし、切りつけてしまっては大事になる。ここは逃げるしかない。


「逃げるぞ! 馬車を捨ててエネのところまで走れ!」

「は、はい!」


 馬車から三人が飛び出す。

 彼らも国属騎士のはしくれ、武装していようが、数人の警備隊などにとらわれる者ではない。

 軽い身のこなしで包囲をかいくぐっていく。


 ウオールも援護し、彼らに向けられた槍の穂を目にもとまらぬ早さに切り取り、攻撃手段を無くしていく。

 それでもつかみかかってくる警備隊の執念に感服しながら、その攻撃を紙一重でことごとく躱した。


「な、なんと!」

「まったく当たらん!」

「人を増やせ! あと槍もだ!」


 三人が騎士たちの追跡を中断しグリーフ国の門へ向かう。

 ウオールは轟音とともに彼等の前に一瞬で移動し、先に進ませまいと立ちはだかった。

 睨みをきかせるウオールの気迫に押され、警備隊の男たちは後ずさってしまう。


 ふと、エネの方を見れば、もう騎士たちが丘の上にたどり着くところだった。

 これで逃げてくれれば問題ない。

 エネにふっと笑いかけるウオールだったが、エネから帰ってきたのは冷笑だった。


 エネは何も言わず、腰に差していた剣を取り出す。


「まさか、やめろ!」


 ウオールは叫ぶが、もう間に合わなかった。

 エネが馬を急発進させ、三人の騎士をかき分けるようにして駆け抜けていく。

 一拍おいて、騎士たちがエネをほおけた顔で振り向いた時、首から上が地面に滑り落ちていった。


 ウオールたちの様子をざわめきながら見つめていた旅人たちや商人が悲鳴を上げる。

 警備隊も、状況を把握しきれずにいた。


 エネは満足そうに笑いながら馬を停止させ、呆然とみることしか出来ない民衆の前で三人の首を拾い上げる。

 そのまま空に放り投げ、一瞬でバラバラに切り裂く。

 もはや真っ赤な液体と化したそれらを、エネは光悦の表情のなか目を閉じて浴びる。


 異常な行動に、人々は声さえ出せなかった。

 ウオールも何が起こっているのか理解できず、思考が止まってしまっている。

 目を見ひらいて笑うエネをただ見つめる。


 そのまま、エネは何も言わずに馬にまたがると、ウオールを一瞥しその場を離れていった。


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