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未来は見えない 7

 馬に乗ったエネと馬車が並んで進んでいく。

 一行は開けた荒れ地から暗い森に差し掛かり、動物たちのけたましい鳴き声が辺りから幾度と聞こえていた。


 ウオールとエネは表情を変えずに馬を操作していたが、ジャスに招集された三人は今までとは違う異様な空気に少しおびえている。

 一人が耐えきれなくなって、小さな声でウオールにささやく。


「う、ウオール先生。獣たちが、なにやら騒がしくないですか……」

「そうか? 動物の生態なんぞ知らんからな。歓迎されていないのは確かか」

「そ、そうですか……」


 焦ったように言う彼らに、ウオールは失笑する。

 確かに、城下町の近くでは聞くことのない動物の声が多く聞こえてくる。

 中には大型動物の声も混ざっている気がして、ウオールも少し警戒していた。


「ていうかウオール先生。エネ、信用できるんですか?」

「実力は確かだ」

「それはそうかもしれませんが、やつは先生の弟子の中でもかなりの問題児でしょう」

「まあ、長年やっていると問題児など十以上みてきたからな。かわいいものだ」


 ウオールが堂々と言い放つ。

 質問した騎士はこりゃだめだ、とでも言うように肩を落とした。

 再び三人が寄り添い、エネに関して愚痴に始める。


 すると、横についていたエネが急に馬を速く走らせ、少し先で止まる。ウオールも何かを察して馬車を止めた。


「何かいるか?」

「はい、大型の熊ですかね。こちらに気づいているようです。あそこに」


 エネが腰に差していた剣をぬき、剣先をまっすぐ進む先に向ける。

 ウオールが目をこらすと、唾液をだらだらと垂らし目を光らせた、大きな熊がこちらを見つめて興奮している様子が見えた。


「三人とも、周囲を警戒しておけ。エネがやってくれるだろうが、まだいる可能性もあるからな」

「え、エネ一人で相手をするのですか?」

「大丈夫だ。あいつは天才だからな」


 エネが馬を下りて熊にゆっくり近づいていく。

 熊はエネを凝視し、歯をむき出しにしながら喉から威嚇するかのような声を出す。


 エネとの距離が十メートルも無くなったあたりで、熊が先に攻撃を仕掛けた。

 四本足で駆けだし、エネに飛びかかっていく。

 余りの迫力に三人の騎士たちは寄り添い合った。


 その前足、鋭い爪がエネに届くかと思った瞬間、地面に鈍い音を当てながら、足が落ちた。


 熊が自身の腕の所在に気づく頃には、エネは剣を下ろしていた。

 傷口から血が噴き出す。

 熊が苦痛にのけぞり、大きな雄叫びを上げた。


「おお!」

「剣の軌跡さえ、みえなかったぞ」


 熊はバランスをとれず、そのまま前のめりに倒れ込んだ。

 その頭をエネは踏みつけ、何も語ることなく剣をその眉間に突き刺す。

 熊が身体に込めていた力が、一瞬の硬直後、抜けていく。

 踏ん張ろうとしていた後ろ足が地面に落ちる。

 絶命したのだ。


 エネが剣についた血を払って、腰にしまう。


 森のざわめきが、不自然なほどに沈静化した。

 ウオールが微笑みながら「見事だ」と褒めると、エネは当然と言わんばかりに熊を眺めながら鼻で笑った。


「この程度、問題になりませぬ」

「流石だな。では、先に進もうか」


 エネが馬に乗り、馬車よりも先行する。

 ウオールも馬車を発進させた。


 騎士三人は、エネの実力を目のあたりにして、少し恐怖心をあおられていた。

 顔色一つ変えずに熊を屠る力。

 何をしたのかもわからないほどのスピード。

 自分たちにあの熊が倒せただろうかと、ひそひそ話している。

 ウオールは聞こえてくるその話に、この三人のみでは護衛は務まらないのだろうと肩を落とした。

 宰相がエネを送ってきたのは正解だったのかもしれないと、じっとエネを見ながら悟った。


 もうすぐ森を抜ける。そうすればグリーフ国まで少しだ。




 カシンカシンと、鎧のこすれる音が城の廊下に木霊している。

 通りすがる使用人たちが、気づかれまいと顔を隠しながらも、じっと歩くジャスの姿を見つめていた。

 ジャスはゆっくり、と居室の並ぶ廊下を歩き、宰相の部屋の前で止まった。

 とびらの前に護衛かと思われる国属騎士が二人並んで立っている。


「……なにか?」

「宰相殿に話がある」

「どのようなお話ですか?」

「なぜそれを話さなくてはならない? お前には関係の無いことだ」


 並ぶ騎士たちがジャスを睨む。

 すると、扉が内側から開かれ、宰相が顔を出した。

 護衛の騎士たちを警戒するように一瞥して、ジャスを招き入れる。


「入るのである」

「失礼します」


 二人に見つめられながら、ジャスは促されるままに部屋に入った。

 宰相の居室なだけあって、部屋の中には豪華に彩られた家具で装飾されている。

 ジャスは客と話す場であろう、小さな机を挟んで向かい合うソファに案内され、座るように言われた。


「飲み物は?」

「結構です。すぐに出て行きます」

「ふむ、なにやら、緊張しているようであるな」

「いえ、実は」


 ジャスが何か言いかけたところで、宰相は手に取った小さな紙を突き出す。

 『外で聞かれている』、そう小さな文字でかかれていることがかろうじてジャスにも読み取れた。


 部屋を見回すと、外から覗かれないためか、昼間だというのにカーテンがしっかりと閉められている。

 宰相は真剣な面立ちで、ジャスに一枚の紙とペンを渡した。それに要件を書けといいうことだろう。


「それで、見習いたちの訓練はどうであるか。ウオールが今日はいないのであろう?」

「え? ああ、そうですね。ウオール先生は代わりの人を立てたそうです」

「そうであるか。」


 宰相は自身の紙にまたペンを走らせる。

 再びジャスに差し出された紙には、『そいつはもう殺された』と記されていた。


 ジャスの顔がこわばる。

 思わず声が出そうになるが、歯を食いしばって耐えた。

 ジャスも急いで紙に要件を記し、宰相に見せる。


『ウオール先生が王に命を狙われています。何か情報をもっていませんか』

「私の子供はどうかね。ウオールは才があるとは言っていたが、私のはそうは思えないのである」

「え、そ、そうですね。少し鍛錬が足りない様子は見られます」


 宰相は紙にペンを走らせながら唐突に話を振る。

 ジャスは冷や汗をかきながら応答するが、これは外で聞いている騎士たちに沈黙を怪しまれないようにするための手口だと気づいた。

 宰相が『王は以前から王族でないものに権力を持たせることに恐れを抱いていた。ウオールの娘が病気にかかったことでウオールにむけられた信頼を失わせようとしたのだ』と、紙に書いて見せる。


 ジャスが読み終えるとすぐにまた紙にペンを走らせ始めた。


「息子はなにより非力である。そこをどうにかすれば、なんとかうまくいくのではないかと思うのであるが」

「ウオール殿は個人での鍛錬にはなかなか口を出しませんから。今度、お願いしてみてはいかがですか?」

「個人での教育をであるか?」


 宰相がまた紙を差し出す。

 『ウオールに持たされた入出国許可証は偽物。グリーフ国にウオールを殺させようとしている。だが、そんなことではウオールは倒せないとも考えている』。


 ジャスは首をひねりながら紙に疑問を書く。

『どうするつもりなのですか』

 宰相は目を細めて、殴り書きをするようにペンを動かした。


『エネが王によってウオールについて行かされた。何かエネにさせるつもりに違いない』


 ジャスは目を見開いて顔を上げる。宰相は悔しそうに唇を噛んでいた。



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