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未来は見えない 6

 ジャスは書類を再度眺めながら城内を早足で歩く。

 どうしても心のわだかまりは晴れないが、余計なことをしてもウオールに迷惑がかかるかもしれないと思うと、何もしてはいけないのではないかと自問自答した。


 娘であるティアが病気にかかったのは五年前。

 それからウオールに向ける皆の目はおかしくなった。

 別に、その病気が人に感染するのだと誰かが根拠を見つけて発表したわけでもないのに。


 ジャスは長い髪を乱しながら苛立ちを払おうと顔を横に振る。

 自分がどう動いたところで現状は変わらないのだと、深いため息をついた。


 長い廊下の角を曲がろうとすると、曲がった先の扉がちょうど開いてそこからウオールの妻であるはずのチークが現れた。

 咄嗟(とっさ)の判断で、曲がりかけていた角に姿を隠す。

 そこから顔を出さなくとも、十分チークの話し声は聞こえてきた。


「じゃあ、よろしく頼みますわ」

「ああ、この任務でウオールは終わりだ」

「うふふ、そうしたら、私はあなた様の……」

「ぐふ、そうだな。ウオールを気に入っている邪魔な宰相も、わしの権力で黙らせた。監視もつけてある、問題ない」


 ジャスは角から出て行きそうになるのをかろうじて耐えた。

 チークの甘えるような、艶やかな声。

 そして相手は、姿を見なくとも声でわかる。王だ。

 王とチークは、おそらく愛人関係にあったのだろう。


 ウオールはこのことを知っているのだろうかと考えてみるが、気づいていたとしても、そのことをあの人が部下に知られるような言動をとるはずがないと思い直す。


「でも、私は心配です。ウオールは陛下も知っての通り豪傑。簡単にはいかないと思いますが」

「なあに、あやつが自分の弟子たちを大切にしているのは知っている。そやつらに攻撃されても、ウオールは反撃できまいよ」

「では、ウオールは死ぬのですね?」

「殺せなくとも、裏切り者としてこの国から追い出すことは出来るだろうよ」


 王とチークの魂胆はなんとなく理解できたが、ジャスはそれをどうやって行うのかわからない。

 二人の会話はそこで途絶え、再び扉が閉じる音がした。

 角から覗くと、どうやらチークも部屋の中に入ったようだ。


 ジャスは口元に手を当てながら熟考する。

 おそらく、自分のことはノーマークだろう。監視の目があるようには思えない。


 しかし、ウオールと自分が接触した場合、なにか王たちによる策が講じられるのではないかと、ジャスは推測した。


――そうなれば、必要なのはウオール先生に知らせることではなく、ウオール先生の味方を増やすことかもしれない。


 幸い、ウオールに三人の仲間を決めるように指示されている。

 ジャスは周囲に目を光らせながら、先を急ぐのだった。




 翌朝、出発の日。

 ウオールが旅支度をしていると、部屋の扉が後から強くノックされ、入室を促すと、三人の男が入ってきた。

 その人物たちを眺めて、ウオールは意外そうに呻って言う。


「君たちがついてきてくれるのか?」

「はっ、ジャス殿に拝命を受けました。本任務には我々三人にウオール殿をお守りするようにと!」

「なに? ジャスは来ないのか? これまた意外だ」


 ウオールがそういうと、三人は視線を少し逸らしてしまった。

 それに気づいたウオールが「どうした?」と問いかける。

 三人はそれぞれ不安そうな顔つきをし、明らかに何かあった様子である。

 隠そうとしているのかもしれないが、ウオールはそれを見て「下手だな」と思わず呟いてしまった。


「何か隠すなら、せめて表情にだすんじゃない」

「い、いえ。隠し事と言いますか、あの……」


 今まで三人を代表して話していた男が他二人へ視線を送る。

 送られた二人もうつむいてしまっていた。

 ウオールは少しさみしそうに笑いながら、「もういい」と手を振った。


「とりあえず、今回は君たちが協力してくれるんだな」

「は、はい。」

「あの! 発言よろしいでしょうか!」


 後ろで縮こまっていた二人のうち一人、背が少し小さい男が前に進み出て言う。

 ウオールが促すと、男は姿勢を正してウオールをまっすぐ見つめた。


「ウオール先生のジャス殿との戦い、見させていただきました! 自分も数年前にはウオール殿の訓練に参加していた身ですが、改めて感銘を受けました! ……い、以上です!」


 ウオールは呆気にとられていたが、なんとか首を縦に動かし、「あ、ありがとう」と戸惑いながら口にする。

 すると、男に触発されたのか、今まで口つぐんでいたあと一人の男も発言の許しを得ずに勢いのままに口を動かす。


「自分もです! ウオール先生を尊敬しています! ジャス殿との戦い見ました! まだ自分はジャス殿にも遠く及ばない騎士ですが、いつか追いついて見せます!」


 二人目となると、やや落ち着いて話を聞くことが出来た様子のウオールだったが、気持ちに身体が追いつかず、礼を言うだけで精一杯であった。

 三人を代表して話していた男も、おずおずと「自分もです……」と手を上げて言う。

 ウオールは嘆息して、三人を信用したことを示すように、一人一人と握手を交わした。

 仏頂面が少し緩んで、唇がつり上がる。

 ジャスがこの三人を選んだ理由はなんとなく分かった気がする。

 この三人なら信頼に値すると、ウオールも感じることが出来た。


「では、向かおうか」




 城下町を出れば、少しずつ建物の数が減ってきて、やがて畑だらけになったかと思えば、開拓の進んでいない森や荒れ地が広がる広大な土地に出た。

 そこに、ウオールと三人を乗せた大きな馬車が砂埃をあげながら進んでいく。

 四人とも鎧は城において、地味な布作りの服を着て、顔を隠すようにフードをかぶっている。


「ウオール先生、水です」

「ああ、すまんな」

「……この任務が成功すれば、また戦争が始まるのでしょうか」

「おそらく、そうだろうな。奇襲を仕掛けるつもりなのだろう。わざわざ私たちにこうして調査をさせているくらいだからな」


 嫌そうにウオールの後ろで戦争について三人が話し始める。

 彼らが今まで何度戦争に参加しているのかわからないが、この国の国属騎士たちは戦争に対しての認識は甘い。


 それはウオールも同じだ。

 自覚こそしているものの、そう思えるのがまだ救いなのではないかとウオールは思っている。


――この国の王は、戦争が好きすぎる。


 あまりに戦争が高頻度で行われ、さらに一度たりとも負けの歴史はないことから皆の認識は狂い始めている。

 戦争は緊張感があって、死と隣り合わせであるという考えこそあるものの、自分の死を間近に感じたことがある国属騎士は少ない。

 何故なら、国属騎士は指揮官。そして優れた戦士でもある。

 戦いとなっても、ほとんどの場合負けることはない。


 歴史を(さかのぼ)れば、この国も昔は小国であった。

 しかし、一代前の王から戦闘技術の向上に国力を注ぐこととなり、周囲の国を侵略することで他の産業技術を奪っていったのだ。

 故に、今回もなにか奪うつもりなのだろうとウオールは思い込んでいる。


「いやでも、あれだよな。戦争に行かなくていい立場に早くなりてぇよ」

「それは本当に思う。各地の領主にでもなれればなぁ……」

「まだ歳がたりねぇよ。そんなもんになるにはな。国属騎士なら、いつかなれるんだろうが……」


 3人の会話を聞いていれば、時間はどんどんすぎていく。

 若い頃自分もそう考えていただろうかと、頭の中で考えながら馬車を先に進ませる。



 荒れ地を過ぎて、もうすぐで森に入ろうとするところで、馬車の後ろから馬が一頭走ってきている音が聞こえてきた。

 鎧の金属音もしっかりとウオールの耳に届いている。何者かが騎乗しているのだ。


「ウオール先生! うちの国の鎧を着た奴が馬で走ってきます! 国属騎士です!」

「わかった、いったん馬車を止める」


 馬車をとめる。

 すると、後ろから走ってきた騎士が馬車の前に現れ、馬を止め、銀に輝くへルメットをとった。

 現れたのは、金髪のウエーブがかかった髪、整った顔立ちに、何よりも好戦的な赤い瞳。


「……エネか」

「はい、ウオール先生。これより、宰相様の命に従い、先生の護衛をすることになりました」

「宰相が?」

「はい」


 エネが屈託のない笑みを浮かべる。

 ウオールの後ろからその様子を見ていた三人は背中を走る悪寒に身を震わせた。

 「エネだ」「面倒な奴が来たぞ」と、身を寄せ合って小さな声で不満を口にする。


 エネはウオールの教え子で、ジャスの次、つまり二番弟子だ。

 剣術の天才だが、努力を怠り、不真面目な部分があったので皆から嫌われていた。

 そのことは宰相も知っているはず。

 エネを護衛によこしたという事実に、ウオールは違和感を拭いきれなかった。

 しかし、人手が少し少ないのもまた事実。

 何かあったら自分がなんとかしようと嘆息しながら心で誓い、「では、よろしく頼む」と口にした。


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